先輩…?
「そういえば、先輩方はこの部活でどんなことしてるんですか?」
再び席に戻り、一心は二人にそう尋ねた。一心の腕には、三毛猫が抱きかかえられている。猫は、気持ちよさそうに目を細めて大人しくしていた。一心はそんな猫を優しく撫でる。
すると、その質問に目を輝かせて我先にと話しだしたのは玉吉だった。
「おっ、よくぞ聞いてくれた一心っ!俺はね、俺はねっ!ジャジャーンッ!生き物飼ってまーすっ!」
玉吉はそう言うと、すぐ後ろにあったケージを手で示した。手をハタハタと振って、ケージを煌びやかに見せようとする。しかしそのうち、成正にわざとらしすぎると怒られた。
一心はそれを見ると、後ろを振り返ってケージへと少し近づいた。そして覗き込んでは玉吉に尋ねる。
「これは……?」
するとその時、ケージの中に敷き詰められていた木屑がガサガサと動き、その中から小さな生物が姿を現した。それを見て、一心は少し驚いて小さく声を上げた。そんな一心を見て、玉吉が微笑む。
「見ての通り、ハムスターだよっ!可愛いだろーっ!ジャンガリアンの一太郎って言うんだーっ!」
玉吉はそう言うと、網の間に指を一本入れて少し動かした。すると、ハムスターの一太郎がそれに気づいて玉吉の指をその小さな両手で掴んだ。玉吉が嬉しそうに微笑む。
「可愛いー……」
それを見て、一心も顔を綻ばせた。
「そうだろっ!可愛いだろっ!うんうん、一心は話がわかるやつだなーっ」
玉吉がそう言いながら、指を小さく動かして一太郎を撫でた。
「先輩は、ハムスターが好きなんですか?」
一心は、そんな一太郎と玉吉を見ながら尋ねた。すると、玉吉が小さく首を振る。
「ううん。確かにハムスターは大好きだけど、それだとちょっと違うかなっ?正しくはね、俺は小さい生き物が好きなんだーっ」
「……小さい生き物?」
一心がそう尋ねると、玉吉が嬉しそうに頷く。
「うんっ!手のひらに乗るか乗らないかが基準だねっ」
「そうなんですかー……」
一心はそんな玉吉を見て、少し不思議そうに答えた。そしてまた向きなおして座る。猫を少し撫でた。
「じゃあ、成正先輩は何をやってるんですか?何か飼ってるんですか?」
一心はその後少し小首を傾ぎながら尋ねた。すると、成正がそんな一心を見て少し困ったように溜息を吐きながら言った。
「残念ながら、そこの馬鹿みたいに生き物は飼ってないんだが……」
その後、成正が席を立ち何かを持ってくるとそれを机の上にボンッと置いた。見ると、そこには分厚い本が数冊。見るからに難しそうだ。
それを驚いたように一心が眺めていると、その時成正が嬉しそうに話しだした。
「これは……?」
「題名にある通り、錬金術関連の本だっ」
「錬金術……?」
一心がそう首を傾げると、成正が嬉しそうに口を開いた。
「あぁ。錬金術というのは、狭義には、化学的手段を用いて卑金属から貴金属を精錬しようとする試みのことだっ。その過程で現在用いられている硫酸、硝酸、塩酸などが発見され、その成果は現在の化学に受け継がれている。いわば、化学の元となった学問とも言えるだろう。このことから、錬金術師は金を量産しようとする卑しい人物のように誤解されることが多いが、しかしそれは違うっ。錬金術師は不浄な人間である己を浄化し、神に近い人間へとなることが目的だったんだっ。錬金術には、広義に、金属に限らず様々な物質や、人間の肉体や魂をも対象として、それらをより完全な存在に錬成する試みというものもある。例を上げると、それがかの有名な賢者の石やホムンクルスの研究のことだ。賢者の石には不完全な物体を完全な物体に変えるという効果があるとされ、それが卑金属から貴金属に変える方法や、人間を不老不死に変えるとされていた。ホムンクルスは、無生物から作り出される完全な人間であり、それを作ることによって、自らが神になろうとしたんだ。生命のエリクシルという物質もあるが、それは後で話そう。そう、錬金術師は己を浄化し、完全である神になろうとしたんだっ。なんと高貴で素晴らしい学問だろう。そうは思わないか?オレはそんな錬金術が好きなんだっ。オレは錬金術を学び、そして錬金術師となって、賢者の石や生命のエリクシル、なんといっても一番はホムンクルスを創造したいっ。そして名前にも入っている通り、オレは完全なる者、神になるっ!それがオレの活動目的だっ。そしてその原動力となるオレの尊敬する師が、先ほど少し名前の挙がったパラケルススだっ。本名を、テオフラストゥス・フィリップス・アウレオールス・ ボンバストゥス・フォン・ホーエンハイムと言って、医科学の祖と言われている人物だ。パラケルススは、ホムンクルスの創造に唯一成功したと言われている偉大な人物で、この人の生き様と言ったらそれはもうかっこよすぎるんだっ。その時代の常識にとらわれない独自の方法を取った人で、それが原因でバーゼル大を追放されて最後にはザルツブルクでなくなるんだが、このパラケルススはあの時代では治すことのできなかったガンなどの難病も治したと伝えられるものすごい偉大な人物なんだ。女子供は好きじゃないと言う、一匹狼な生き様もなんとも惚れる。錬金術師として有名なのは、他にクリスチャン・ローゼンクロイツだ。古代の英知を守り伝え、人類を正しい方向に導くため密かに活動しているとされる薔薇十字団の開祖と言われ…………」
一心は、止まらない成正の話を最初こそ真剣に聞いていたが、途中から段々と困り始め、そして少し泣きそうな顔で玉吉の方を振り返った。すると、玉吉も呆れたように首を振る。
「せ、先輩……っ。これは、どうすれば……」
「あぁー……。成正はいつもこうなんだ。錬金術のことになると止まらなくなって……。なんていうか、こいつって、中身がかなり残念なんだよね……。本気で神になりたいと思ってるから、こいつ。なんていうか……その……。……中二病?」
「はぁ……。なんだか、残念です……」
一心はそんな玉吉の言葉と、目の前の嬉しそうに話し続ける成正を見て、ガッカリしたように溜息を吐いた。人は見かけによらないって、本当なんだな……。なんか、ショックだった。