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③ ミッシング・ムーン・キング

               : ∴* ∵+ ∵

         +  ∴ +::∴∴;…*

      *∴ : ∴;…+

   *∵+ ∵*

 ★*


 昔々、月には王様がおりました。


 王様は月から見える蒼い地球を眺めるのが、何よりも楽しみにしていました。

 地球はとても美しく、その美しさはどんな宝石よりも美しいものでした。


 しかし、そんな美しい地球に住む者達―人間―の心は、ひどく汚れていたのです。

 その汚れた心のままに、

 

 人間は――青き海を、黒く濁った水で。

 人間は――澄んだ空を、灰色の息で。

 人間は――遥かなる地を、覆い尽くす骸で。

 地球を汚していったのです。


 王様の心は痛み、暗く沈みました。


 そして月は、王様の気持ちを反映するかのように、徐々に欠けていったのです。


 しかし人間は、地球を汚すことを止めることはできませんでした。止めようとしましたが、それが新たな汚染の火種となり、地球に猛々しい音と声が響き渡りました。


 汚れいく地球を見るに耐えかねた王様は、どこかへと姿を晦ますと、月も姿を消したのです。


 月が消えたことにより、地球に多くの災いが降りかかりました。


 人々は月が失って初めて、自分の愚かしさを知ったのです。

 そして月の王様が帰ってくるのを望みました。


 その望みが叶えられる時が訪れるのは、美しい地球になった時に、月の王様は帰ってくるかも知れません。


 *   …   ゜

     : ∴* ∵+ ∵

       +  ∴ +::∴∴;…*

              *∴ : ∴;…+

                   *∵+ ∵*

                       *★


     ***


 ルナはページをパラパラとめくり、絵本を読んでいた。

 読んでいたというより、本に描かれている挿絵を見ていたのであった。


 文字が読めなくとも、絵である程度の話しの内容は何となく理解できた。


 読み終えたと同時に、湯気が立ちのぼる二つのカップとフォークを両手に持って、ライトが部屋に戻ってきた。


「おまたせ……あれ、それ読んでいるんだ。面白いだろう。ミッシング・ムーン・キング」


「みっしんぐ、むーん……?」


 ルナは絵本からライトの方に視線を向け、久方ぶりに声を出した。その事にライトは若干驚きながら、ルナが興味を持った絵本について話を続けた。


「ミッシング・ムーン・キング。なぜこの世界から月が消えたのかを描いた寓話だよ。月には王様がいて、その王様が居なくなったから月も消えたっていう。俺はそれを見て、昔の地球の空に月が在ったことを知って、月に興味を持ったんだよな。まぁ、今となっては子供向けの子供騙しの絵本だけど、俺の宝物だよ」


 ルナはライトの話しの最中にも関わらず、視線を再び絵本『ミッシング・ムーン・キング』に向けた。


「というか、君は知っていた? かつて月という星がこの地球の空の上に在ったことを? 名前はルナって言うし……」


「……」


 無言で返すルナ。

 しかし、そんなルナに慣れてしまったのか、ライトは気にすることは無く話しを続けた。


「今から百年ぐらい前には、地球の近くに月という銀色の丸い星が在った。夜には月の姿を拝めたらしいけど……突然、月は姿を消してしまったらしいんだ。なぜ月が消えてしまったのか……。現実的に考えて、どこかの誰かが壊したのかも知れない、突如出現したブラックホールで吸い込まれてかもしれない。だけど誰も真相を突き止めることは出来なかったらしい。今もまだ月が消えたのは謎のまま……」


 ライトはルナが手に持つ絵本に目を向ける。


「だけど、その絵本に描かれている通り、本当に月には王様がいて、汚れていく地球が嫌になって姿を晦ましたんじゃないかと思ってしまうよ。まぁ、月に関する伝承には、月にはウサギやワニ、トカゲ、カニとかが居たと言うし、王様も居たんだろうな。しかし、オリオン座とかの星座は今も変わらず在るのに、なぜか月だけが消え去ってしまったのか……」


 口を休むこともなくペラペラと語るライト。人間が自分の興味あることを語る時は、妙に饒舌になってしまうものだ。そんなライトの口を止めたのは、ライトの腹の虫だった。


「おっと、ゴメンゴメン。つい話し過ぎた。はい」

 ライトは片方の手で持っていたカップをルナに差し出す。


「これカップラーメンってやつなんだけど、食べたことがある?」


 思わずカップを受け取ったルナは、おもむろにカップの中を確認すると、食欲をそそる海鮮の匂いが醸し出される白濁スープが注がれており、細い麺と小さな剥きエビやカマボコ、そして小口切りされたキャベツが入っていた。


「月が消える前は、こういったものを好きな時に好きなだけ食べられたらしいけど、今となっては貴重な食べ物で、ご馳走なんだぜ」


 自慢げに語ると、ライトはそそくさと麺をフォークに絡ませて口に運ぶ。先ほどの長話の所為で麺は少し伸びていたが、美味しそうに食する。


 ライトが所持しているカップラーメンは両手で数える程度にしか残っておらず、特別の時にしか食べないと決めていた。今回は、久しぶりに人と会えた事、そしてぶつけてしまったお詫びも兼ねて、大奮発して二個も振舞うことにしたのだった。


 その内、最後の一個で特にライトの大好物の“シーフード味”をルナに譲ったのだが、ルナはフォークも動かさずに、ただ黙していた。


「もしかして、こっちのチキン味の方が良かった?」


 ルナは静かに首を横に振り、ルナは名残惜しそうにも無い無表情でカップラーメンをライトに返した。


「え……」


 そんなルナの行動汲み取り、今は食欲が無いのかなと判断した。

 食料を入手することが難しいこの時代。

 折角の気遣いとシーフード味のカップラーメンが無駄になってしまうのは勿体無いというので、

「それじゃ、それ。俺が貰っても良いか?」


 ルナは何も語らず黙したまま、そっぽを向いた。

 自分の誠意が足蹴にされたようで少し気分が悪かったが、一日で二つのカップラーメンを食べる贅沢を存分に味わうことで気持ちを良しとした。


 ルナはカップラーメンよりも自分の横に置いた絵本――ミッシング・キング・キング――に目を向け、ポツリと。


「月には王様ではなく、愚かな女神がいたのよ……」


 その呟きは、あまりにも小さな声だったので、カップラーメンに夢中になっているライトには聞こえてはなかった。

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