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⑦ 望~ミッシング・ムーン・キング~ -2-

 発令所は潜水艦の操舵に関係する機器や計器が集まっている、言わば司令制御室である。


 その場所で、ミサイルの発射も制御しているのであり、ここからでないと発射を起動させることが出来ないのだった。


 ロケット(ミッシング・ムーン・キング)の中から起動を出来れば良かったのだが、既存のものを使用した方が失敗する確率が少なくなるという理由で見送ったのである。


 発射準備は全て整っている。あとは、発射スイッチを押すだけだった。


 ライトは発射スイッチに触れて、一度深呼吸した。


「これを入れれば……もう後戻りは出来ない。大丈夫だ。絶対に上手くいく……」


 静かに、そして、強く。発射スイッチを入れた。最終ロックが解除され、発射までのカウントが開始される。


「さぁ、これで一時間後には、発射リフトオフだ」


 ライトは踵を返し、ミサイル発射管室へと駆け出した。


     ***


 ミッシング・ムーン・キングのキャビンに、既にルナが乗り込んでおり、席に座っていた。

 やがてやってきたライトも席に座り、ベルトを締めた。そして飛び上がる時まで、ここで待つことになる。


 ライト達は、宇宙服などの与圧服は着てはいない。服装は、今まで着ていた服。キャビンには空調や減圧を調整する設備などは無い。


 この服装で宇宙に飛び出したのなら、無重力を味わったと思ったら減圧で頭痛がし始める。そして凍えるほどの寒さに震え、次第に呼吸不全となり窒息死で絶命してしまう。


 しかし、それで良かったのだ。


 死ぬために宇宙に行くのであって、宇宙遊泳して生きて地球に還ってくるのではない。だから、宇宙服は必要無かったのだ。


 そもそも宇宙服が無かった。


 何度もふぅーと、息を吐くライト。体を小刻みに動かし、右足も際限なく揺する。どこか落ち着きが無かった。


「ただ真っ直ぐ空へと飛んで、大気圏を越えて宇宙まで到達してくれれば良い。ただ、それだけで良いんだ。まぁ、不安があるとしたら、途中でエンジンがオーバーヒートして爆発することだな。宇宙に行く前に、死にたくはないしな……」


 体を存分に動かせない代わりに口を動かし、ノートパソコンのモニターに映るカウントをチラチラと何度も見て、発射時刻を確認する。


 一秒経つのが非常に遅く感じ、まだ四十五分もある。ライト的には、もう一時間は経っている感覚だった。


 そして、自分の手が震えていることに気付いていなかった。隣に座っていたルナは、その手をそっと触れた。


「えっ……あ、ルナ……」


 ルナは黙したまま、ライトの手を優しく包み込んだ。


「あ……ありがとう、ルナ。やっぱり、緊張してるな……俺。昔の宇宙飛行士もこんな気持ちだったんだろうな……。だけど、あの頃の宇宙飛行士は宇宙に行って、生きて還って来ないと行けなかったんだ。そう考えると幾分かは、気が楽……」


 気がつくと、ライトの手の震えが止まっていた。ルナは、いつもと様子が違うライトに気を遣ってくれたのだろう。


「ねぇ、ライト。あの絵本……ミッシング・ムーン・キングの話しをしてくれない? 私、字が読めなかったから、具体的にあの絵本がどんな話なのか解からないの……」


「ああ、解かった。発射時間もまだあるしな。えーと、昔々――」


 何度も読み返した絵本ミッシング・ムーン・キング。ライトは内容を一字一句間違えず……とまでは行かなかったが、ほぼ覚えていた。ライトは、噛み締めるかのようにじっくりとルナに話してあげた。


 そして語りが終わると、発射開始まで一分を切っていた。



――五十秒前


 ライトの心臓音が、隣にいるルナに聞こえるかも知れないぐらいに高鳴る。


――三十秒前


 そして、ルナの手を強く握り締め、


――十秒前


 一息吐き、目を瞑った。


――五秒前


 閉じた瞼を開き、モニターに映るカウントを見た。


―― 四秒前 


―― 三秒前 


―― 二秒前 


―― 一秒前 


―― 0


「行けーーーーーーーー!」と、心の中で叫んだ。


―― +一


―― +二 


―― +三


―― ……


 カウントが0になったにも関わらず、エンジンが点火せず、ロケットは飛ぶ気配が無かった。


 それ所か、カウントはどんどん加算されていく。それは『失敗』を意味していた。


「な、なんで……くっそーーーー!」


 ライトの怒鳴り声は、狭いキャビン内で激しく響き渡る。


「折角……折角、ここまでやってきたのに……。いや、失敗と決め付けるにはまだ早い!」


 ライトはベルトを外して席を立つと、固く閉めた扉のロックを外す。


「どこへ、行くの?」


「もう一度、発射スイッチを入れてくる。途中でショートして落ちたかも知れない。またスイッチを入れれば、今度こそ点火するはずだ。ルナは、ここで待っていてくれ」


 扉を開くと、ライトは勢い良く外へ飛び出した。駆けて行く足音が遠ざかっていった。

 そして開けられた扉は、扉自体の重さで勝手に閉まった。


 キャビンに一人残されたルナは、そっと瞳を閉じた。


 ロケットが飛ばないのは、自分の所為だと感じていた。まだ、自分の罰は許されていないからではないかと……。


 身体が酷く重く感じる。

 ふと平和な日常の時のアランとの語らいを思い出す。


『身体が重く感じる? ああ、それは地球の重力が月よりも重いからだよ。確か、地球の重力は月の六倍だよ。

 そうだ、ルナ。知ってるかい。重力は引力でもあるってことを……って知らないよね。

 その引力が僕達、地球の生き物をこの大地に縛り付けている。

 人が空を飛べないのは、この所為だよ。そして、その引力は、どんな物にでもあるんだ。僕やルナにも。もしかしたら、僕がルナに逢えたのは、この引力のお陰かも知れないね……』


「地球の引力は、私だけじゃなくて……このロケットまでも縛り付けるの……」

※07/19 迷信だった部分(血液が蒸発~)を修正いたしました。大変失礼いたしました。

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