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飛行船ネコ  作者: ksk
3/3

2 少年、希望の少女ニナを見よ

 飛行船の中は上層・中層・下層の三つの層に分かれている。上層は生き物係と植物係が主に暮らしている。彼らによって、豚に鶏などの畜産と魚の養殖がされていて、自然が多くある場所である。生活に必要な素材の生産が行われているのだ。また、自然を生かして利用する施設も上層にあった。わたしがこれから向かうのがその施設の一つだ。中層は、他の二層から集められた物品を売り買いする“モール”という商業エリアがあり、お店係が自身の店を出している。他には役所係のいる中央ネコ町役場もある。下層は機械係が主に住んでいて、飛行船の整備に新技術の開発、家具の生産などを行っている。三層はそれぞれ役割分担されていた。

 三層を行き来するエレベータから降りると、どこからか吹いた風が頬を撫ぜた。

 わたしは風が運んできた若草の香りに目を細めた。胸一杯に吸って、その香りを堪能する。新鮮な空気がおいしい。エレベータの中に缶詰だった時間が長くて、息が詰まっているところだった。風が人工に作られているものとは、とてもじゃないが信じられない。

 目の前に広がるのは植物係が丹精込めて作った植物達だった。色とりどりの花と実をつけた畑と、金の穂をつけて垂れた稲のある田んぼ。動物の餌の牧草に、遠くには立派な木の立つ林。ところどころにある小屋は、係の子が寝泊りに使うものだろう。

 わたしはあぜ道を歩いて、ある程度建物が密集している場所に向かった。

 建物は倉庫ばかりだった。その中で一番大きい倉庫の扉が開かれていた。中を覗くと、カラフルな野菜に切り分けられた肉・魚が並べられていて、売り買いされていた。この市場は、中層でわざわざ食料を調達するのは面倒という事で作られた場所だった。

 その前を通って倉庫群の一角、牧草の植えられた地帯に隣接する場所に、わたしの目指す施設はあった。

 頂に鐘を吊り下げた塔を持つ、三角屋根の教会だ。

 鉄の門を越え、閉じられた両開きの扉から顔を出すと、中には真剣な顔をして祭壇に(まつ)られた女神像に祈りをささげる人々の姿があった。彼らの奥で、シスター服に身を包んだ少女が、説教台の上に本を置いて祝詞(のりと)を読んでいた。

 そこまで見てわたしは扉を閉めた。神聖な儀式の邪魔をするつもりは無い。扉から離れたところで教会の壁に背を預けて、祈りの時間が終わるのを待った。

 しばらくすると、扉が開かれて中から信者達が出てきた。皆が皆、満ち足りた顔をして、蔭になっているわたしには気が付かずに去っていったが、最後に出てきた少女は違った。

 彼女はまるで隠れている事を初めから知っていたように、わたしの方へ歩いてきた。彼女は教壇に立っていたシスターであり、わたしの尋ね人でもあった。

 名前はニナ。彼女は全体的に控えめな印象を持つ少女だった。顔のつくりに何等自己を強調する部位は無く、鼻は低く、唇は薄い。しかし、清楚な雰囲気が顔の美醜をうやむやにしていた。わたしから見てニナは美人だった。

「熱心な信者はわたしのことなんて見もしなかったのに」

 わたしが感心しながら言うと、ニナは両手で自分の胸に手を当てて微笑んだ。

「あら、簡単よ。生き物はみんな、私の音を持っているもの」

 自分の胸に手を当てると、しっかりとした振動を感じる。わたしがそこに耳を当てられたならば、トクントクンという音が聞けただろう。

 ニナはわたしの胸に耳を当てる事無く、生命の鼓動を聞いたのだ。

 ニナのセンスは“心臓の鼓動”だった。彼女の耳には自身の心臓の音に加えて、他者の心臓の鼓動がまるで、心音を聞き取る医者のようにはっきり聞こえるのだ。半径10メートル程度なら、目をつぶっていても心臓の鼓動だけで人の場所がわかるらしい。隠れていたわたしを見つけたのも納得だ。かくれんぼの鬼では無敗を誇るだろう。生き物は死ぬ以外に心臓は止められない。

「今日はもう終わり?」

 教会の中に誰も居ない。

「そうね、アリスも来てくれたし。それで、何の用かしら、まさかお祈りを上げたいわけじゃないでしょう?」

 ニナは被り物を取った。すると、中から短く切りそろえられたクリーム色の髪が出てきた。なんてこと無い髪の色だけど、どこか派手に見えてしまう。

「今日、係の活動で地上に行って来たんだ。それで」

「まぁ! おみやげを持って来てくれたの!?」

 ニナがわたしの言葉を遮り、わたしの手を取った。ニナはこういうスキンシップが激しく、いつも驚かされる。

「え、えぇ。これなんだけど」

 首から下げたカメラを渡そうとするが、その前に取られた手を引っ張られる。

「せっかくだから、みんなに会って行って!」

 ニナの強引さには負けた。

 わたしはニナにされるがまま、教会の敷地の奥へと連れて行かれる。

 驚きの連続でわたしの心臓が高鳴っているのを、彼女は聞いているだろうに、まるで知らん振りだ。天然なのか小悪魔なのかわたしにはわからないが、ニナの事は嫌いじゃなかった。

 ニナと知り合ったのは戦争係で、彼女が班長でわたしは班員という関係だった。今の彼女を見て、元戦争係だと考える人は誰もいないだろう。

 センスは皆が生まれつき持っているが、この飛行船に居る子どもが全員超人的な身体能力を持っているわけではなかった。人を傷つける目的のセンスを持っている者だけに、超人的な身体能力は芽生えた。

 わたしはハサミのセンスを持っているが、わたしと同じセンスを持っていて戦争係に所属していない子がいる。その子は中層で散髪屋を営んでいるお店係だ。彼女とわたしの違いはセンスの解釈だ。わたしはハサミを武器として解釈している。彼女は髪を切る道具としてハサミを解釈している。この違いが、戦争係と他の係との差なのだ。

 ここで驚くべき事は、ニナに戦争係としての才能があった事だ。彼女は心臓の鼓動を武器として解釈していたのだ。今はどうあれ昔は。

 もしかして、利用されている?

 ニナに翻弄された時にいつも陥る思考。でも、毎回楽しそうにしているニナを見て、そんな考えは吹き飛ぶ。彼女とは友達だし、わたしも楽しいのだからどうでもいい、と思うのだ。

 裏庭には教会に世話になっている子ども達が居た。五、六歳の小さい子達だ。

 彼らはわたしを見ると、目を輝かせた。わたしは特別、彼らにしたわれているとは思っていない。

 その証拠に、彼らの視線は首から下がるカメラに注がれている。カメラを首から外し、片手に持って体から遠ざけると子ども達の視線はそちらに向いた。一斉に見るものだからおかしい。

 わたしは彼らにカメラを放り投げた。近くに居た男の子が危なげに受け取ると、皆に見えるように高く掲げた。子ども達はこぞってカメラに手を伸ばして触れようとする。カメラが彼らの上で踊る。

「これなんだー?」

「中に何か入れるみたい」

「このボタンを押せばいいのかな?」

「小さな鏡がついてるぞ!」

 子ども達は持っている知識でカメラを解釈していく。

 ほほえましい光景を眺めていると、ふと視線を感じた。子ども達の群れの奥から、少年が視線をこちらに向けていた。感情の無い無機質な視線だった。

 彼はわたしと目が合うとフイッと顔を逸らして、子ども達に混ざって、興味なさそうにカメラを見た。

「ニナ、あの子は?」

 微笑みをたたえて子ども達を見ていたニナに、少年について聞く。わたしは彼を見た事が無かった。

「あの子は滅多に外に出てこないから、アリスとは会ったこと無いかもしれないわね。カー、ちょっといらっしゃい」

 少年は名前をカーというらしい。他の子がニナに呼ばれれば駆けて来るのに、カーは歩いてきた。他の子に比べて落ち着きがある。

「カーはここの古株。私が教会を開いた時から居るのよ」

 となると三年前から居る事になる。ニナが戦争係をやめて、教会を開いたのは三年前だ。

 カーはこげ茶色の髪をしていた。顔は中性的で、目は髪より明るい茶色。体つきはひょろっとしていて、少し不気味だった。

 ニナに促され、カーがわたしに挨拶した。

「アリスさん、はじめまして」

 わたしはその大人な口調に驚いた。落ち着いた子だとは思っていたが、こんなにませているとは思っていなかった。

「よろしく、無理にさん付けはしなくていいよ」

 他の子はわたしの事をアリスと呼んでいて、中にはアーちゃんなんて呼ぶ子もいる。逆にさん付けはくすぐったかった。

「ニナさんの事もさん付けですから」

 カーはそう言って首を振った。わたしは彼の見た目と合わない態度に興味を持った。

「カーは今、何歳?」

 カーは少し考えた後、

「八」

 と言った。

 自信なさげな声だった。それも当たり前だろう。

 ネコでは年齢未詳の子がほとんどだ。なにせ皆、いつの間にかここにいたのだから。

 新しい子は月に一度か二度現れる。飛行船の中は広いから、誰も見ていないところで、ポンッと出現する。まるで無限に湧くゲームの雑魚敵のように。

 そういう子は共通して、ポップアップ前の記憶が無いが、自分の名前は覚えていた。そして見た目から年齢を推定して、自分の年齢を言う。だから年齢は自称なのだ。わたしが知る限りそうだ。わたしもショウもニナもエリーも、きっとカーも。

「八か、合ってそうだね」

 周りの子より背は大きいし、しっかりしている。わたし的にはもう少し上でもよさそうだったが。

「それで、カーのセンスは何かな?」

 わたしはできるだけ優しく言ったつもりだった。この話題についても、タブーというわけでもなく、他の子は尋ねたら快く教えてくれる。センスは自分が本当に興味があるものであるから、その事について話すのは等しく楽しいらしい。

 けれど、カーは黙っていた。いや、それどころかわたしを軽蔑したような目で見た。そして背を向けて、教会の中に入っていった。

「あの子は自分のセンスが何かわからないのよ」

 呆気に取られるわたしに、ニナが言った。

「わからない?」

 そんなバカな! と続けようとして、やめた。ニナが辛そうに顔を歪ませていた。

「あの子の悩みをどうにかしてあげたいのだけど」

「ニナがついていれば大丈夫だと思う」

 彼女のセンスがあれば人の悩みなど簡単に解決する。言い方は悪いが、彼女は人の懐に入るのがうまい。

 しかし、わたしには引っかかる事があった。

 彼は本当に悩んでいるのだろうか、というものだ。

 センスが無いのは珍しいから、十分悩みに値するのだけど、軽蔑の視線をよこす余裕があるのか。

 悩んでいるのはニナの勘違いじゃないのか、と思ったが彼女に限って間違えるはずが無い。カーが何か偽っている事があるなら、彼女にはわかる。彼女のセンスは人の嘘を見分ける事が出来る。

「ニナお母さん、これ、ふぃるむってやつが入ってないよ!」

 わたしを思考の渦から掬い上げたのは、子ども達の声だった。

 見ると、一人の女の子が誇らしげに胸を張っていた。カメラがどういうものか知っていたのだろう。

「あら、それじゃあ写真は撮れないわね」

 困ったわ、とニナが頬に手を当てた。

「わたしが買ってこようか? モールには用があるから」

 ポケットに入っているフィルムを現像しに行きたかった。そのついでにフィルムを買ってくるくらいたやすい。

「お願いしようかしら」

「まかせて」

 カメラを子ども達に渡したし、ニナにも会った。カーの事が少し気になるが、ここらでお(いとま)しよう。わたしは子ども達に別れを言って、庭を去った。

 ニナは子ども達を残し、わたしを見送りに来てくれた。

「お母さんって呼ばせてるのは、恒例だね」

 嬉しそうに子ども達がニナをそう呼んでいた。ニナもまた呼ばれて嬉しそうだった。

「そうよ。なんならあなたも」

「遠慮しておくわ」

 ニナが言い切る前に、即答した。小さな子ども扱いはイラつく。

「あら、反抗期って奴かしら」

 ニナも親について地上の本で勉強している。けして薄っぺらい、一時の感情で母と呼ばせてはいない。実のある母親事業。

 わたしはとっさに言い訳を考えて言った。

「ニナとわたしは対等な関係、友達なんだから。今の関係を崩したくない。それに……」

 今更親なんて欲しくない。

「いえ、なんでもないわ。それじゃあ、またね」

 わたしは教会に背を向けて、次の目的地へと歩き出す。

「ええ、教会の門は誰にでも開かれているわ。困った時は尋ねて来なさい」

 後ろからニナの決まり文句が聞こえた。相変わらずな彼女にわたしは笑って、後ろ手に手を振った。


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