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第36話 日常と戦場のはざまに


「…………」


「よっ、一実!今日も今日とて眠そうじゃん。……夜なべしてプラモでも組んだか?」


 ある日の教室。うつらうつらしている一実に、愛奈が声をかけた。


「ん~、これでも結構眠れてるんだよ。でもバイトがなかなかに辛くてね。休息が追いついてないのかな……」


 一実はあくびをしながら答える。魔法少女関係の話は、バイトという形でまとめてぼかしてある。実際、組織からは少なくない額の報酬が出ているので、まったくの嘘ではない。しかし、一般的な法律に照らせば一発でアウトになりそうな労働環境であるため、曖昧にするしかなかった。


「そのバイトホントにしなきゃなの?まだ中学生だし、ほどほどにしないと後に響くよ」


「うーん、こっちにもいろいろ事情があってさ。そう簡単に辞められないの。やりがいはあるし……もう少し、踏ん張りたいなって思ってる。でも、心配してくれてありがとうね」


 なかなかにマジトーンな愛奈の言葉を、一実は受け流すことになる。耳の痛い話だった。中学生と魔法少女の二足のわらじは、実際、一実にとってかなりきつい。

 中学生としての日々も当人にとっては人生をかけたものだし、魔法少女としての活動には他人の命すらかかっている。どちらも普通以下を自認する彼女には、壮絶な負担になっていた。ややこしいのは、必要になったときに切り捨てるのが、バイトの方ではなく学校の方だということだろう。複数の人命がかかっているのだから、当たり前だ。

 しかし、一実は学校の方にもしがみつきたいと思い始めていた。少し前、中学生でいることが苦痛でしかなかった頃にはありえなかったことだと、彼女自身も思っている。

 学校に行きたいと思っている悠夜のことは尊重したいし、彼のサポートで勉強の方も改善してきている。そして今の彼女には、愛奈という友達もいる。昔より学校に行く理由が増えたし、これからも良くなっていくかもしれないという希望が、一実にはあった。


「うーん……そっか……難しいこともあるもんだね」


 愛奈は話の裏に、安易に立ち入ってはならないプライベートな問題があることを察し、そこで身を引いてくれた。


「部活に誘ってみようと思ってたけど、それじゃ……難しいかな……」


「ん?それって美術部の話?」


「そうそう……食いつくってことは、興味あるの?」


「うん。うちの美術部って中高合同でやってるんだよね」


「そうそう、音楽部と同じ感じだね。高等部の先輩に指導してもらえるよ」


「ん~、ちなみに私はド下手もいいところなんだけど、基礎からやらせてもらえる?」


「そりゃもちろん! 芸術と向き合うことが一番大事なのですよ。うまい下手は関係ありません!」


 一実の食いつきにテンションが上がったのか、愛奈は気取った言い方をしていた。


「う~ん、実はね、高等部の先輩もいい部活がないかな~って探してたの。いい機会だから、その人と見学にでも行ってみようかな~~……」


「ん!?高等部!?まさか、まさか一実さん!その先輩っていうのは……」


「そのまさかです……」


「おおっ!ついに、このモブの青春にもドラマの風が!!」


「ああ!その人、穏やかに過ごしたいって感じの人だから、あくまで普通にね?私の関係者っていうのも秘密でお願い……」


「おお……地味系無キャ風に構えておいて、隅に置けませんな~~このこの~~」


 眼鏡をいじりながら、愛奈は肘で一実を小突いてきた。一実は冗談を言い合える関係になれてよかったと思うのと同時に、その鋭い感性を恐ろしく感じていた。

 そもそも、一実と悠夜の関係を当人たち自身がどう扱うべきなのか、測りかねている。あまり騒ぎが大きくなると、悠夜が望むものを見られなくなるかもしれない。一実は彼と学校で関わることで起こるかもしれない波乱を恐れつつも、その波に乗ってみたいとも考えている。そんな矛盾した思いを抱えていた。

 そんな中で、愛奈のような存在にかき回されるようなことがあれば、どうなってしまうか一実には想像もつかない。

 それでも、一実は愛奈と深くかかわりたいと考えていたし、悠夜の要望にも美術部という場所は合致していた。


※話は数日前、自宅で交わした会話にさかのぼる。


「部活に入ってみたい?」


「うん。僕たちの場合、授業を受けるのも興味深いところなんだけど、やっぱり機械だし、ほどほどでいい部分はあるわけで。学生生活っていえば、やっぱり部活動かなって」


 ある日の放課後、一実と悠夜はそんな会話をしていた。

 社会勉強として高校に通い始めた2人の勇者。国語や歴史の授業などは楽しんでいるようだが、やはりというかなんというか、数学などほとんど学ぶことがないと思える科目もあるのだという。(そういう関係上、2人は文系である)

 そんな中、すでに得意な英語や数学と、比較的苦手な国語や古文などをクラスメートと教え合い、関係を築き始めていると一実は聞いていた。ならば、次は部活動へと興味が向くのも当然だと言える。


「部活って、やっぱり野球とかサッカーとか?」


 一実はいつもフェンス越しの別世界として眺めていたグラウンドの運動部のことを思い出す。


「ううん。運動部は難しいかな。ほらやっぱり体の勝手が違うし、手加減するのもどうかと思うしさ」


「そっかー」


 機械のパワーで大活躍! などと考えていた彼女は、若干恥ずかしくなった。確かに彼の求めているものは、もっと穏やかで素朴なところにあるのだろうと、彼女にも分かった。


「となると文化部か……うへへ、お恥ずかしながらそっち方面に気を割く余裕がなかったし、余計勝手が分かんないかも……でも、何かいいところないか私でも探してみるね!」


 完全に別世界として捉えていたせいで、知識が乏しいことを自嘲する一実だったが、悠夜のためならいくらでも積極的になれると感じてもいた。


「ホント! じゃあさじゃあさ、なるべく中高合同の部活がいいな! どうせなら2人一緒に活動したい……せっかく一緒の学校にいるのに、ほとんどの時間を離れて過ごすのも寂しいって思ってたんだよね!」


「え……私?」


 キラキラとした目で追加の要望を出してくる悠夜に、一実は面食らってしまう。確かに彼女も、一緒に過ごす時間が少ないことに寂しさを感じないわけではなかったが、2年生になってから部活に入ってみようとは考えてもみなかった。途中からという意味では悠夜と同じだが、こう、なんというか……最初からクラスに人間関係のないことが前提の転校生とは勝手が違う、というのが彼女の本音だった。


「あ、ごめん。嫌だった?……そうだよね、ただでさえ訓練で忙しいのにそんな余裕ないよね……」


 一実の反応が芳しくないのを見て、余計なことを言ってしまったと悠夜は慌ててしまう。


「ううん、大丈夫だよ悠夜!いい機会だし、私もやってみる。悠夜のおかげで勉強の方は余裕ができてきたし……!」


 ※


 そんなこんなで、一実の方も部活を探していた最中だった。そんな中での愛奈の勧誘は、渡りに船だと言える。


「高等部の人も入れそう?」


「もちろん! 大歓迎! よっしゃ! これで新入部員2人ゲット! ……部長に連絡しとくね。後でスケジュール合わせよ」


「うん。よろしく!」


 そんな、どこにでもあるかもしれない友達との会話。穏やかな日常の時間が流れた、そのすぐ後の授業で事は起こった。


“ブー!ブー!”


 一実が身に付けていたOIDO支給の端末が振動し、通知を知らせる。


(来たか……)


 周りにバレない程度に体を跳ねさせた一実は、全身を強張らせる。彼女はミサト教官から忠告を受けていた。鋼魔は人間の事情などお構いなしにやってくる。一実にとって、日常と戦場の境は曖昧になる。いつでも戦いに臨めるような心構えをしておけ、と。


(覚悟が決まってるとは……言えない。でも……)


 ワンテンポ遅れて、鋼魔の出現を伝える警報が学校中に響く。警報が鳴るのは初めてというわけではないものの、周りがにわかにざわつき始める。

 そんな狂騒の中、一実は黙って席に座り迎えを待つ。そして、迎えが来るまでに、早鐘を打つ心臓と動揺を何とか抑えようとしていた。


評価・感想が作者の1番の燃料です!あたたかい感想をお願いします!


Skebなんかもやってるのでそちらもよろしくお願いします。興味があればプロフからどうぞ。


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