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第11話 願いについて

素組でもカッコいいプラモすごい。


「これ、全部愛奈が?」


「うん、そうなの……引かれるかなとか思ったけど、大丈夫?キモかった?」


 愛奈がそう卑下する部屋には、棚いっぱいに多くのプラモが並び、壁には絵が貼られていた。それらは勇者と魔法少女だけではなく、他のロボットアニメのものもある。本当にロボットが好きなのだということが伝わってくる。彼女の言う通りなら、それは彼女が組んだものであり、描いたものなのだろう。


「そんなことないよ! めっちゃすごい! 絵も、プラモもめっちゃきれいだしカッコいい!」


 美術部に所属しているだけあってか、愛奈の絵は精緻で上手い。それだけではなく、題材となっているロボットたちの力強さというものがよく表現されていた。プラモにしても、素組みに毛が生えた程度が限界の一実からすれば、塗装まで施された作品はまぶしいほどの完成度だった。


「そこまで褒められると照れちゃうなぁ……あーっ、ドキドキしたー!」


「……何かドキドキしちゃうようなこと、あった?」


 愛奈の言葉の前後の文脈がつながらず、一実は首をかしげる。


「いやねー、前に女の子の友達を呼んだら思いっきり引かれちゃって……また同じことになるんじゃないかって不安だったんだー……」


 確かにこの部屋は、ぱっと見て男の子のガチオタの趣味部屋という印象がある。そういう界隈に詳しくない場合、馴染めないこともあるだろう。


「それでもさー……1人で黙々と組んだり描いたりするのも寂しいなーって思ってて……今日一実と話して、この子しかいない! この子と絶対に友達になろうって思って……今日は来てもらったの……」


(そっか、永見さんも人と関わるのが怖いって思ったりするんだ……)


 グイグイくる様子から、愛奈という人間は人と関わることを恐れないのだと一実は勘違いしていた。ある意味で自分とは別種の人間だと思ってしまっていた。

 でも愛奈は、自分と同じように、人との関わりの中で傷ついてしまうことを恐れることがあるのだと親近感が湧いてきた。それと同時に、そんな恐怖を乗り越えて自分に話しかけてくれたことが、つくづくありがたいことだと思うようになった。


「今日は誘ってくれてありがとう!私も友達が欲しいなと思ってたから、とっても嬉しいよ!」


 それは芝居がかっていてぎこちない言葉だった。友達というものに慣れていない一実は、湧き上がる感謝を伝えるための自然な言葉が分からない。直接言葉にするのは恥ずかしいとも考えたが、恐怖を乗り越えて自分に踏み込んできてくれた愛奈の勇気に応えたいと思った。


「な、何そんな恥ずかしいことを急に……でも、なんか分かる気がする……仲良くしようね!」


 愛奈の方も一瞬困惑するものの、その気持ちを受け止めてくれたようだ。


「それにしてもこの数……本当に勇者が好きなんだね。どんなところが一番好き?」


 相手が同好の士だからか、話も弾む。


「そりゃもちろんカッコいいから! ……っていうのは半分冗談で……」


 かっこいい、というのはそれだけで好きになるのに十分だと一実は思ったけれど愛奈には他の理由もあるようだ。


「OIDOの話を鵜呑みにするならさ、勇者ってのは心があって、そこからくる感情の力で戦ってるらしいじゃん……機械っていう、人間とは全く違う存在が人間のことを守りたいと思ってくれるなら、なんかいいなって思うし、こっちも応援したくなるっていうか……」


「分かる……分かるよ……人間も捨てたもんじゃないと思えるし、好きだって思ってもらえるように生きたいって思うよね」


 一実は食い気味にうなずいて同意した。一実にとっても魔法少女と勇者は、現実では懐疑的に見られがちな人の価値だとか善意を肯定してくれる存在である気がして、それだけで前向きにさせてくれる存在だった。


「ホント!?あんたはやっぱり私が見込んだ通り話の分かる女だ!」


 愛奈は酔っぱらったおっさんのような物言いで喜んだ。

 そんなこんなで意気投合した2人は向かい合って座り、プラモを眺めながら、主にビジュアル面などで魔法少女と勇者の好きなところを語り合っていた。


「……ああ、そうだった!今日ここに呼んだのは見せたいものがあるからなんだ!」


 何かを思い出した様子の愛奈は、一度立ち上がって机に向かい、ノートパソコンを持ってきた。彼女はPCを操作して、とある動画を見せてくる。


「この動画はネットに流れてたやつなんだけど、これに映ってるのが魔法少女と鋼魔の戦いの中に現れた謎の人物……めっちゃ速く動いて、逃げ遅れた人を安全なところまで連れて行ったりしてくれるんだって……。勇者かどうかは分からないけど、影で人助けをする謎の人物……私としてはすごく興味深いね」


 動画の中のものは、鋼魔の近くにいた者がスマホで撮ったもののようで、画面には時折シンセリーとエクスマインが見切れていた。

 撮影者は好奇心に囚われているようで、逃げるよりも撮影の方に夢中になってしまっているようだ。そういう人間は魔法少女たちの邪魔になるので基本的にいない方がよいのだが、そんな人間がいるからこそ一実のような者が安全圏から追っかけができているのだから、複雑だ。


『や、やっばっ……!?』


 大丈夫だという慢心が仇になったのか、礫のようなものが画面に飛び込んでくる。戦闘の余波か何かが飛んできたのだろう。画面の中の世界は回転して、一実は撮影者の命も危ういのではないかと不安になってきた。しかし、回転が収まると、吹き飛ばされているというより何かに担がれているような画面の挙動に変わってくる。


『うわぁ……!?何、誰!?』

 

  撮影者の困惑した声が聞こえたころ、急に画角が地面に近い位置に変わった。そして、何者かの細い脚が見え、余計なことをしないで、早く逃げなさい、とどこか冷たい声が聞こえてきたところで映像は途切れた。


「どう? 何か思い当たることとか、ない?」


(十中八九、悠夜さんだこれ……)


「う~ん……やっぱり分かんないや……ごめんね!」


 一実はやっとできた友人に、早くも嘘をつかなければならないことが辛かったが、こればかりはしょうがなかった。


「うん、こっちこそ変なこと聞いてごめんね……」


「でも、すごく気になるね。他にはどんな情報があるの?」


 一実にはうまく嘘をつく自信がない。だから、あえて自分からこの話題に踏み込むことにした。その方が、何かを取り繕っているよりボロが出にくいと思ったからだ。そして、彼のことが知りたい。そう思う気持ちは嘘ではなかったから。


「んー、なんかねー、自分は勇者もどきだーとか名乗ったとか、OIDOの服を着てたとかいう話もある。それでOIDOに問い合わせた人もいるっぽいけど……うんともすんとも言われなかったらしいよ」


「勇者もどき……」


(私と初めて会った時は、勇者ってはっきり言ってたはず……)


 一実は悠夜の情報のかけらを自分の中で掛け合わせて、彼の輪郭に触れようとする。しかし、それはぼんやりした影でしかなく、彼女の求める答えを導き出すものではないのだろう。


「普通、魔法少女と勇者以外の人間は危ないから、戦いが終わるまで人員は動かさないはずだし、ただものじゃないのは間違いない。ぱっと見、ロボットには見えないけどね」


 核心を知っている一実自身も、あのときの悠夜の状況には腑に落ちないところが多い。


「そんな謎の人物が、満を持して魔法少女と一緒に現れたらしいんだけど。運命の出会いでもしたのかな……」


「運命……」


 一実の頭に浮かんだのは、精神リンクをしたときに感じた、まるで長年の夢がかなったかのような万感の思い。あのときに彼はもどきではない、真の勇者になったということなのだろうか?


「変なこと聞くかもだけど……やっぱり勇者とか魔法少女も、ヒーローでいたいとか、なりたいとか思うのかな……」


 一実はほとんど勝手な想像だったが、日の当たらない場所で下積みのような人助けをしたのかもしれない悠夜の思いについて、考えずにはいられなかった。それを肯定してもらえるかどうかこそ、彼女の知りたいことだったから。


「そりゃ思うでしょ。あんなにカッコよくてすごいんだから、てかそうじゃなきゃなれないっしょ……」


「それでいいのかな……」


「んー?今してるの、ヒーローを目指す奴はヒーロー失格だーっ!系の話?」


「そうかも……」


 愛奈は一実の歯切れの悪い反応から、そういうコンテンツでよく問われがちな命題について聞きたいのだと察してくれた。


「これはアタシの自論だがね。そういうのは、ちやほやされることばっかに夢中になって、ヒーローってものが何なのか忘れちゃった奴に言う言葉だ」


 愛奈は腕を組んで、評論家にでもなったような仕草で語ってきた。


「アタシの知る限り、そういう魔法少女と勇者にそんな奴はいない……一実はそう思ってないの?」


 ずいっ、と一実の顔を覗き込んでくる愛奈の眼鏡の奥の目が、好きなものを否定しかねない相手への苛立ちを伝えてくる。


「そんなことない!絶対に違う!」


 一実は即座に否定する。初めての友達から向けられた怒りが彼女に湧き起こした感情は、困惑でも恐怖でもなく罪悪感だった。


(そうだ、翼さんは自分のために戦っていると言っていた。それでも、あの人がヒーローで、私の心を照らしてくれたことは絶対に変わらない)


 一実は、自分が自身の大切なものを否定するようなことを考えてしまったことを反省する。愛奈の怒りも当然だと感じた。


「んふ、ならばよし……ごめんね、急に怒ったりして」


 愛奈は表情筋を緩め、怒りを解いてくれる。


「謝るのはこっちの方。本当に変なこと聞いちゃった……愛奈が怒るのは当然だよ」


 そう言いつつも、彼女の内心では必要な質問だったと思っていた。自身が決心するために必要な一かけらを、その手に掴めた気がしたからだ。


「というかありがとう。愛奈の言葉で、頭の中のもやもやが晴れた感じ」


「そ、そう? なんだか分からないけど、参考になったならよかった……」


 一実にとっては踏み込まれたら厄介なところに話題がいきかけていたけれど、愛奈はそれ以上は訊かないでくれた。

 気を取り直した2人は、それからしばらく勇者と魔法少女談義に花を咲かせた。

  

   ※


「それじゃあ、今日は帰るね……誘ってくれて本当にありがとう。めっちゃ楽しかった」


 外も暗くなって少ししたころ、一実は玄関であいさつする。


「私もめっちゃ楽しかった。また明日、学校でね」


「うん。それじゃ、さよなら」


 一実は、名残惜しさとあり余る感謝と、愛奈には明かせない胸の内の興奮を別れの一言に込めた。道路に出た彼女の背中に、夜道に気をつけて!と声がかかる。

 一実は、やっとできた友人を全力で大事にしたいと思った。2人をつないでくれたものと一緒に。



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