弘徽殿太后の煩悶
注意※光源氏の君が好き、という方には不快な表現があります。ご容赦を。
大臣の一の姫として生まれ、桐壺帝の一の宮(朱雀帝)・姫宮を産み参らせた、わたくし弘徽殿太后が、いったいどんな悪事を働いたと人は誹るのだろうか。
定めを大きく変えたのはやはり、桐壺の更衣とその子、二の宮(光源氏)の存在だと言えよう。低い身分に関わらず帝の寵愛を独占したかの女は、二の宮が幼い内にその生を終えた。
更衣の死について、蔭で人はさまざまに噂した。噂自体は後宮ではよくある駆け引きの一つに過ぎぬことだ。大貴族の姫に生まれ、未来の国母となる事を期待されて育ち、わきまえていないはずが無い。
わたくしには背負う一族がある。かの女とは違うのだ。
光源氏は本当に憎らしい。そして危険極まりない男だ。
朱雀帝の御世を祈る、神聖な存在の賀茂の斉院(朝顔の姫君、源氏のいとこ)と文を遣り取りしていただけでなく、わが妹六の君(朧月夜の尚侍、朱雀帝の寵妃)との縁談を断った上での密通などなど――思い出しても腹が煮えるというものだ。
なんの因果か、母のこの煩いを朱雀院は無視し続けている。あろうことか、準太上天皇の地位にまで登りつめた源氏と仲が良く、何かにつけご相談なされているようだ。忌々しい。
「我が侭も程ほどになされて下さい、母上」とは、院の口癖であるが、瑣末な事ではないか。生み参らせた宮さまたち――息子、娘のため、わたくしはひたすらに生きた。口惜しくも権勢から外れた今、やっと自由なのだから。
(あなたさまも、いずれお解かりになられますよ朱雀院。親の辛さと、かの男の本性がね)
(終)
【謝辞】この作品を、Mさん(了解を得ていないので、仮名)に捧げます。
拙作「桐壺更衣~」への貴方の感想がなかったら、この作品は完成すらしなかったと思います。
■余談:弘徽殿さま、位のつけ方に非常に迷いました。
女御 → 皇太后 → 太后 と変遷。
桐壺の更衣も、おそらくは「御息所」の方が正しい気もするのですが、すわりが悪い(?)のでそのままに。