不眠症は悪である。
睡眠。
それは心と身体の健康を担う存在。
ゆえに不眠症とは悪である。
◇ ◇ ◇
「眠れん……」
俺──米斗理人は、ある日女神に召喚され、壁石を集めたり、魔王を倒したり、なんやかんやでこの異世界で暮らすことになった。
それで俺はこれから始まりの村で飯屋を出すことになったのだが、店の名前をなにするか考えていたら、悩みに悩んで昼夜逆転し、夜が眠れなくなった。
そんなわけで俺はいま、ひどい不眠症に悩まされていた。
「眠れないの?」
役立たずの女神ことフーディが言った。
「あぁ、もう半月近く睡眠時間が四時間だ。しかも朝方にしか寝つけんし」
「十分じゃない。私なんか毎日オールよ」
「お前は女神だからな」
人間の身体と、神様的な身体を同じにしないでほしい。
フーディが丸太に座りながら話を続けた。
「じゃあ、魔物でも狩ってきたら? 身体を動かして、いっぱいご飯食べたらぐっすり眠れるわよ」
「それは毎日やってんだろ。それでも眠れないんだよ。マジもう限界。お前、眠りの魔法とか使えないの?」
「使えるわ。でも、一生眠りつづけることになるけど、それでもいい?」
「よくないです」
永眠魔法かよ。
不吉な魔法を発動しようとしていたフーディを止めると、ふいに彼女はポンと両手を合わせて言った。
「よし! それなら、幻のスーピーを狩りに行きましょう!」
女神は大きく頷くと、なにやら移動魔法を発動させた。
いや、スーピーってなに?
◇ ◇ ◇
そびえる山。その中腹くらいか。
俺はいま、女神の鶴のひと声ならぬ、女神の世迷言で山を登らされていた。
「おい、フーディ! けっきょくスーピーってなんだ!」
「山の頂上! そこにっ、スーピーの巣があるわ!」
「だからっ、スーピーってなに!?」
叫ぶ俺とフィーディー。
さきほどからなぜ声を張り上げているかというと、山の断壁を、ロッククライミングしている最中だからである。
もう、下からびゅうびゅう風が吹くわ、手がプルプルするわで最悪の状況だ。
離したら最後、暗い谷底までまっしぐら。
本当に勘弁してほしい。
「スーピーはっ、鳥の魔物よ! その歌声を聴けば、どんな不眠にも効果てきめん! 一発解消間違いなし! 税込み十万フーディで取引される幻の睡魔なの!」
「睡魔って! そういう意味で使うのかっ!?」
確かに魔物なんだろうけどさ。
だいたいその胡散臭い謳い文句は何なんだ。
変な通販CM見た気分なんだが。
なによりその十万フーディって……。
この世界、お前の名前が通貨なの?
とはいえ、しかしまぁ……。
「つまり、そいつを捕まえて飼えばいいってことだな! そうすれば俺も! 不眠とおさらばってことか!」
思わず岩を掴む手に力が入る。
ふっ、これで俺は毎日すやすやライフだ!
「あ! 料理人、うえ!」
下から女神の声が響く。
「は? うえ」
その瞬間、俺の頭上に影が落ちた。
上を見ると、ばさりと羽ばたくデカイ鳥がいる。
「なっ……まさか……」
黄色い口ばしに、赤い羽毛。
鳥の額には、まるでトサカのようにつんっと緑の毛が風に流れている。大きさは、
「でか! 鳳凰サイズ!」
まぁ鳳凰なんか見たことないんだけどさ。
イメージとしてはそんな感じだろうか。
「あれがスーピーよ! 攻撃される前に早く逃げて!」
「どこへ!?」
断崖絶壁なのだ。
逃げる余地などない。
俺はスーピーの羽ばたきひとつで宙へと放り出された。
「うわぁぁぁぁぁ!」
「リトー!」
落ちる俺。
叫ぶフーディ。
おい、お前魔法か何かで助けろよ、とか思う暇もなく、俺は深い谷底へと落ちて行った。
◇ ◇ ◇
「た、助かった……」
木にぶら下がりながら俺は安堵の息を吐いた。
どうやら運よく助かったらしい。
谷底に生い茂る草木がクッション代わりになったようだ。
「いや……むしろこれのおかげか」
木から降り、服についた木の葉を落とす。
この自前のコックコートはオルハリコンの金糸で編まれている。
ある程度の衝撃など問題ではない。
「さて、上に行くか」
高い岩壁を見上げる。
こうも高いと雲がかかってよく見えない。
ため息ひとつに下を向くと、ふと空洞を見つけた。
「洞窟か?」
壁に手をはわせ、奥へと歩いていく。
中は螺旋階段のような作りになっていた。
「ん? よくわからんが、これを登っていけば頂上につく……?」
あの駄女神め。
最初からここを使えばよかったものを。
ぶちぶちと文句を口にしながら、俺は頂上まで続くであろう階段を登った。
◇ ◇ ◇
「すぴーーーーー」
あ、馬鹿が眠ってる。
頂上についた俺の目に入ったのは唄うスーピーと、すやすやと眠るフーディだ。
しかし寝相悪いなアイツ。
さっきからごろごろと激しく転がっている。
「ぐぇぇぇぇえ!」
スーピーが俺を見て鋭い嘶きをあげた。
なんか目が血走ってる。怖っ……。
「んん? あら、リト」
フーディが目をこすりながら起き上がった。
盛大にあくびをしてやがる。
「おい、なんかあの鳥、えらく怒っているんだが」
「あぁ、スーピーはね。起きている人を見ると、怒り狂うのよ。なんで眠らないんだって」
「なにその理不尽」
「眠りの魔物だもの。そういうものよ」
ふわーっと、もうひとあくびをしてからフーディは立ち上がり、何かの構えをした。
戦闘始まりますって感じか?
「さぁ、リト! 狩りなさい! スーピーの香草焼きはぐぅ絶品なのよ!」
「はいはい、ぐぅ頑張りますよ」
フーディの謎のかけ声に、俺は毎度お馴染みのフライパンを取り出す。
そう、オルハリコン製のフライパンだ!
「これで終わりだ、スーピー」
「ぐぇぇぇぇえ!」
前方から襲いくるスーピーに、俺は剣士のごとくフライパンをキンと鳴らす。
「必殺──」
目を閉じ、集中する。
迫る爪の気配。
ここだ!
「ハービィロストォ!!」 (訳:香草焼き)
瞬間、フライパンから炎が迸り、スーピーを包みこんだ。
紅蓮の火龍がスーピーを喰らう。
耳をつんざくひと啼きのあと、一瞬でその身をローストチキンへと変えた。
「やったー! 昼食ゲットォォォ!」
フーディが歓喜の雄たけびをあげる──
「って! 駄目じゃん! 焼いちまったら!」
しまった。
つい勢いでローストチキンにしてしまった。どうしよう。
これでは俺の不眠が解消しない。
「おい、フーディ。もしかしてそれ食ったら、俺の不眠治るとか?」
「治らないわよ。食べても美味しいだけね」
「あ、そう……」
さっそく貪り食うフーディをよそに俺はため息をついた。
「無駄足だったな」
なんかもう疲れた。でも眠くない。
いや違うな。
眠気はあるのに眠れなくて、頭の奥が痺れているこの感じ。
きっとこのまま行けば『不眠を極めし者』なんていうウルトラかっこいい称号が手に入るかもしれない。
俺は厨二病か?
うん、とにかくつらいです。
「あ、ほうほう」
フーディが口に肉をつっこみながら言う。
「あひょこありゅ」
「飲みこんでから言えよ」
「ん……そふね」
ごくんと喉を鳴らしたフーディが再び口を開いた。
「ほら、あそこにある卵」
「卵?」
フーディが指差す場所を見ると、毒々しい色の卵があった。
「私、スクランブルエッグが食べたい」
「作れってか?」
へいへい。リトくんは女神のしもべですよ。
疲れた身体でのろのろと卵を回収する。
ダチョウの卵くらいの大きさだ。
ほんのり生温かくてちょっと気持ち悪い。
「ん?」
よく見ると、表面に亀裂が走っている。
その亀裂は瞬く間にピキピキと広がり――
「うわ!」
ぴかーと光を発し、中から美しい赤い羽の鳥が出てきた。
「孵った!」
鳥は、ピルルゥと鳴くと俺の指に顔を擦り付けてきた。
どうでもいいが、普通はヒヨコじゃないのか?
思い切り成鳥……さっきのスーピーの1/30くらいのサイズだ。
「って、まさかこれスーピー?」
「あら、ほんとね! さっそく食べる?」
「やめて差し上げろ」
可哀想だろ。
孵ったばかりなのに。
「ピルルゥピルルゥ♪」
「うん? どうした?」
スーピー(1/30スケール)が、俺の手のひら、正確には手のひらに乗った殻の中で、身体を左右に揺らしながら唄った。
そう。唄った、のだ。
「これはっ――」
「すぴー」
強烈な眠気。
つまるところ俺とフーディは深い眠りに落ちたのであった。
◇ ◇ ◇
「可愛いみゃー」
チャトラーがスーピー(1/30スケール)を頭に乗せ、ご機嫌にスーピーの香草焼きを食べてている。
俺とフーディは村に戻ってきた。
土産としてみんなにスーピーの丸焼き(冷めていたので二度焼きしたやつ)を振る舞った。
今日は村をあげての宴だ。
「さぁ! 食べるわよ!」
フーディが豚肉にがっつく。
帰り道で出くわしたイノシシ型の魔物。それを焼いたやつだ。
「リトも食べるみゃ」
チャトラーにスーピーの肉を渡された。
彼女の頭上からスーピー(1/30スケール)
が俺の肩に移動する。
「ピルルゥ」
くそ可愛いな。
頬ずりしてくるスーピー(以下略)に思わず笑みがこぼれる。
肩に乗るコイツには悪いが、ひとまずチャトラーに渡されたスーピー肉を食うか。
「いただきます」
山の恵みに感謝しながらひとくち。
「うまっ!!!」
溢れる汁気。
ホロホロと崩れる肉。
てっきり、二度焼きしたから肉汁なんか吹き飛んでいるかと思っていたが……恐るべしフーディの保存空間。
アイツ、いつも謎の空間に食料を保管しているんだよな。
小腹が空いた時にそこから取り出して食うらしい。
「はぁ……複雑な気持ち」
嬉しさと、この世界に馴染んでしまったという悲しさ。
いろいろな想いを抱きながら俺は杯をあおった。ちなみにお酒じゃなくてジュースです。一応未成年なので。
「ピルルルゥ」
「ん? 楽しいか?」
「ピルルゥ♪」
俺の問いかけにスーピー(以下略)が嬉しそうにパタパタと羽を動かし、空を舞った。
その下には笑いながら宴を楽しむみんながいる。
それを見て、あっ、と思う。
「そうだ、名前」
ずっと何にしようかと悩んでいた店の名前。
ああでもない、こうでもないと書きなぐった紙のクズ。
決まらなくて、なんど朝を迎えたことか。
それがようやく閃いた。
「――Alivio」
外国の言葉で「憩い」。
どうか、みんなの憩いの場となりますように。
そんな想いを込めて。
――アリビオ食堂、開店。




