勇者より漁師をおすすめします
「魔王復活をたくらむ、魔王の配下め! オレは勇者ヴィッセルだ。かかってこい」
まぁそうなるだろうな。
俺たちいま、魔王復活のため動く壁石を探して全国ぶらり旅をしている。
そんな折に出会ったのが勇者ご一行。
いや、ご一行といってもコイツ一人だけだが、勇者と自称するならそりゃあ魔王は敵だよな。わかるわかる。
「魔王を復活させてどうするつもりだ!」
いかにも勇者っぽい格好をした好青年がやはり勇者っぽい台詞を吐いた。
「えっと、魔王の肉をいただくためですかね」
「なに⁉ 魔王とはうまいのか?」
やっぱりそう思うよね。わかります。
「違うわよ。魔王なんか食べたってマズいわ。あんなの」
女神が肩をすくめて勇者の疑問に答える。
あんなの呼ばわりされる魔王様。どんまい。
「私たちは魔王が持っているドラゴン肉が目当てなの。ほら、ドラゴン絶滅しちゃったじゃない? だから魔王のドラゴンハンマーしか残っていないのよ」
「なるほど……」
神妙そうな顔で勇者が「納得した」と深く頷いている。
いまの会話のどこに神妙な部分があったんだろうか。
あと、ドラゴンハンマーって名前になったの? 魔王の武器。
「仕方ないな! 今回は見逃してやろう」
「ありがとう、勇者」
女神と勇者はガシっと互いに手を取り合う。なにやら意気投合したらしい。
宴を開こうと言ってきた。
「さすがにそれはちょっと……」
「よいではないか、リトよ」
村長が俺の肩をぽんと叩いた。
そう、実は始まりの村を出るとき村長が仲間になったのだ。
先日こなした魔物退治の依頼。マッシュ森での一件は、村長には危険だからと、依頼を受けた村で待機してもらっていた。
だが今はこうして村長がいる。
なんならチャトラーもいる。
よってお仲間はもう必要ないのである。
……ああいや、美人なオネエサンとかなら大歓迎ですが(踊り子希望)。
「宴なら、オードブルがいいわね」
「みゃーは魚が食べたいみゃー」
「それならばこの先に川があったぞ。勇者のオレがたくさん釣ってきてやろう」
「それならワシの出番じゃな。なに、こうみても若い頃は云々……」
なんか勝手に話が進んでる。
しかも、全員和気あいあいとしながら川へと向かう。俺を置いて。
「待ってくれよ、みんなぁ!」
俺は全力で追いかけた。
◇
川に到着。
なんかすげぇ潮風漂ってるけどこの川、海だったりする?
水をすくって舐めてみるとやはり塩辛い。
「塩の川? 変わってるな」
「そうかしら? 神の涙で出来た川はけっこうあると思うけど」
へぇ……神様の涙の川デスカ。
女神の言葉にスケールが大きすぎて感想がうまく出てこなかった。
「勇者よ! これをみるのじゃ!」
「じいさん、やるな。ならオレも」
村長と勇者がなにやら張り合っている。
その横で、しっぽを揺らしながら川魚を狙うチャトラー。全員自由だ。
「そこで見ていなさい。女神たる私の本気を見せてあげるわ!」
なんの本気だ。
釣りで本気をみせられてもなんの意味もなくないか。
そう思っていたら意外にも女神は釣りがうまかった。
プロかと思うくらい次々と魚をつりはじめた。
村長と勇者も驚いている。
すごい。やっと役に立ったぞ、女神。
「ぐ……これは、大物ね。川のヌシかしら……!」
女神が釣り具を握りしめ、なにやら真剣な表情で言っている。
俺以外をのぞいたその場の全員が女神をささえ、ヌシをつり上げようとする。
ざぱーん。
釣れた。
でか。
流石はヌシだけあって巨大なナマズが現れた。
そしてそのまま戦闘になった。
だよね。魔物だよね。そうだと思ってました。
「魔魚だわ! みんな気をつけ──きゃあ!」
女神が悲鳴をあげる。
なるほど、あの魚は魔魚というらしい。
俺たちいま、魔魚のひげに足をとられ宙づりにされている。
さすがは魔魚。
ぬめぬめしていて気持ち悪い。
「しかし女神とチャトラーと村長はともかくなぜ勇者もつかまっているんだ?」
おまえ戦闘では最強系のジョブだろ。
「たすけてくれー」
勇者が情けない声をあげる。
ぬめっとした魔魚のひげが勇者に絡みつく。すごい。めちゃくちゃ嫌な光景だ。
そういうのは女神にやってほしい。
と思ったら、こちらもなかなからめぇぇぇぇ! なことになっていた。
グッジョブ、魔魚さん。
「うーむ、これどう調理しようか」
魔魚は巨大だ。
家一軒分くらいの大きさはある。
さばくのがつらそうだ。
「フライ、煮物、刺身……いや、刺身はスライムでやったな」
やはり魚といったら塩焼きが一番だ。
アユの塩焼きとか最高だよなぁ。
「うーむ」
「きゃぁあああああ! ちょっとリトぉ! なんとかしなさいよ」
女神うるさいな。
いま、オードブルなメニューを考えてんだよ黙っとけ。
「塩か……」
川をみる。そうか、これでいこう。
「よし! 決まった!」
俺は宙づりにされながらフライパンを取り出す。
なお、これも先日新調したばかりだ。
鉄のフライパンから鋼のフライパンになりました。
これでもうワンランク上の必殺技とか使えそうな気分。てなわけで、
「必殺! アクア・パッツァァ!」
スドドドドド。
輝く水が刃となって魔魚を切り裂いた。
「やったわ!」
魔魚をやっつけた!
勇者リトは壁石をひろった!
「すげぇ、打てたよ必殺技……」
やっぱかっこいいよな、必殺技って。
昨今では呪文を言わないのが流行りらしいが俺は好き。
冒険たるもの羽目を外してワクワクしたい。
ちなみに叫んだ技名がまんま料理名だということは女神たちには内緒にしておこう。
「さて、どうさばこうか」
俺が魔魚の前で悩んでいると勇者が声をかけてきた。
「それならオレに任せろ! 魚をさばくのは得意なんだ」
「へぇ、意外な特技だな」
勇者なのに。
「まぁな! 実はオレ、こうみえてこの前まで漁師やっててさ。魚のことならなんでも聞いてくれ!」
まじかよ。
漁師から勇者に転職とか魚のことよりそっちの経緯を詳しく聞きたい。
絶対漁師やってたほうが安定してるだろ。
勇者の職種とか競争率高いぞ。
「なら頼んだ。適当に切り分けてくれればいいから」
「おう!」
魔魚は勇者に任せ、俺は川の水から塩を調達することにした。
◇
さて、涙の主成分は水。
涙一滴にどれくらい塩分が含まれているのかは専門家じゃないから知らないが、これだけ塩辛ければいけるだろう。
海水を沸騰させると塩が取れる。
サバイバルな基本だ。
ちょうどいま塩も切らしていることだし、多めに確保しておきたい。
問題は、これだけの水をどう処理するかだが……。
「水を一気に蒸発させる方法なんてないよな」
「なんじゃ。それなら任せておけ」
俺の隣でチャトラーに猫じゃらってた村長が川に手をかざした。
ぼばーん、と川が蒸発した。
「これでよいか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
川の底見えてるし。
魚がピチピチのたうち回っているし。
このじいさんを敵に回してはいけないと俺の本能が警鐘を鳴らした。
「魔法が使えたのね、村長」
女神が「すごいわ」と目を丸くしている。
いや、ここはお前が使えるべきシチュエーションだろう。
「実はワシ、昔、賢者やっとんたんじゃよ。大賢者ワイズといえば結構有名でのぅ」
「へぇ……」
賢者って川、蒸発させられるもんなのか。
もっとヒーリングな職種だと思ってたよ。
「ところで村長」
「大賢者と呼んどくれ」
「……ところで、大賢者様」
「なんじゃ」
なんか急に偉そうな態度になったぞ、このじいさん。
「魔王復活とか本当にいいのか? 村長──あ、いや大賢者なら尚更あの勇者と同じく魔王とは敵対する側だろ?」
「ああ、そのことならば問題はなかろうよ。なにせ魔王よりもあの女神様のほうが厄介じゃからのう……」
村長はひげをさすりながらため息をついた。
「実は、魔王が封印されてからというもの、ドラゴン肉が食べたいといってワシら人間に絶滅したドラゴンを見つけてこいと女神様から布令が出ての。おかげで何人もの猛者たちがドラゴン探しの旅に出ては帰ってこんのじゃよ」
おい女神。それはわがままにもほどがあるだろ。
下手したら魔王よりも性質が悪いぞ女神なのに。
「そういうわけじゃから、さくっと魔王を復活させて女神様の機嫌を取ることが最優先じゃ。ブイっ」
村長がブイっと、ピースサインをした。
それはいったいどういうコミュニケーションの取り方なんだろうか。
俺は村長をスルーして目の前の塩を黙々と袋にかき集めた。
◇
塩が集め終わったので料理開始。
適当に勇者が解体した魔魚を塩で包んでそのへんで焼く。
うまそうな匂いが漂ってきた。そろそろいいだろう。
「魔魚の塩釜焼きの完成だ」
「さかなー!」
女神がわーいと叫ぶ。
後ろを振り向けば、全員が皿を持って立っていた。準備良いな。
リトくんの分の皿もください。
「フィッシュフライか! うまいな」
勇者が衣をつけて油であげた魚を口に運んでいる。
その隣で村長が魔魚の刺身を。
チャトラーが女神と一緒に仲良く塩釜を割って食っている。
「いいもんだな、こういうのも」
みんなでたき火を囲って食事をとる。
これが妙に落ち着く。
──お前の料理はレシピ通りで味がしない。
ゆらゆらとゆれる炎の中に、ふと、師匠の言葉を思い出す。
俺は幼いころから父の知人の店に通い、プロの料理人を目指していた。
だが、途中で諦めた。
理由は単純。自分の料理の腕に限界を感じたからだ。
これは俺の持論だが、料理というものは教本通りにさえ作れば、それなりのクオリティにはなるもんだ。
しかし、それでは駄目なのだ。
『その先の一歩にまだ踏み出せていない』
師匠からそう言われ続けてどのくらい経ったか。
最後まで師匠に認めてもらうことはついぞ叶わなかった。
実際師匠が作ったものと、自分が作ったものでは客の笑顔が違う。
それがひどく悔しかったし、しんどかったことを今でも覚えている。
「だから、料理の道は諦めたんだけどな」
まわりには聞こえない声量でつぶやき首をめぐらせる。
あふれる笑顔。
俺が作った料理をうまそうに食うみんなの姿が目にうつる。
それが素直に嬉しくて俺は自然と口角があがるのを感じた。
「ちょっとー、リト。食べてないじゃなーい!」
女神がうざ絡みしてくる。
いまいい感じの回想してたんだからちょっと浸らせて。
「あーんみゃ」
なんの脈絡もなくとつぜんチャトラーがフォークを俺の前に差し出してきた。
フォークの上に乗るのは塩釜焼きの魚だ。
ふっくらとよく蒸されている。
口にいれれば、ほろほろと身が崩れて極上の味間違いなしだ。
……いや違う。待て。魚の蒸し具合はこの際どうでもいい。
これはちょっと恥ずかしい展開だ。
「じゃあ、私もー」
女神が参戦した。
なぜか勇者と村長も加わる。
ちょっとちょっとなにこれぇ!
やっとリトくんの時代が到来ですか、苦節十九年、やっと俺にも輝ける未来が!?
……なんてわけないよな。
うん、冷静に物事を見ることができるのがリトくんのいいところです。
目の前に並んだ四本のフォークにぴしりと手のひらを突き立て、そして───
「「「「……あ」」」」
俺以外の全員が声をあげた。
まさかの展開がやってきた。
そう、網焼き中の、あっつあつの魔魚が俺の口の中へと飛び込んできたのである。
「あぶっ!」(訳:あつい)
嘘だろ。
調理したのに動くとか。
切り身なんだぜ、これえ……。
「ふおおおおおおおお!? ──あんまっ!」
地獄のような甘さだった。
新鮮な魚の身は甘い。
うん、よくそう言うな。だがこれはやりすぎではなかろうか。
例えるなら焼き魚に砂糖かけて食ってる感じ?
いや違うな。
砂糖から出来た魚の切り身に砂糖すりこんで焼いて仕上げに砂糖ぶっかけた感じか。
もはや新鮮だから甘いとかそういうレベルの話じゃない。
危険な甘さ。
それが魔魚である。
「なんで塩焼きなのにこんな甘いの……」
いつになったらこの世界でうまいものに出会えるのだろうか。
俺はそっと涙をふいた。
本日の教訓。
『モンスター系の魚は死んでも動くので注意しよう』




