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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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「何の奇跡も起こせない無能」と婚約破棄された聖女、隣国で溺愛されて守護聖女になる。〜私が祈るのをやめた瞬間、王国は崩壊を始めました。今さら戻れと言われても、妹が『生贄』として頑張っているのでしょう?

作者: 唯乃
掲載日:2026/02/07

 王城のシャンデリアが、残酷なほど眩しく輝いていた。


 建国記念の祝賀式典。

 本来なら、婚約者である王太子アルフレッド殿下と私が、その仲睦まじさを披露する場であるはずだった。


「―エリス・フォン・ローゼンバーグ! 貴様との婚約を、今この場をもって破棄する!」


 静寂を切り裂いたのは、祝福の言葉ではなく、怒声に近い宣告だった。


 壇上。アルフレッド殿下の傍らには、私の妹であるステラが、守られるようにして寄り添っている。


「殿下、それは……どういう意味でしょうか」


「言葉通りだ。聖女の血を引きながら、何一つ奇跡を起こせぬ無能など、我が妃に相応しくない。この真の聖女、ステラこそが隣に立つべきなのだ!」


「お姉様、ごめんなさい……。でも、お姉様が不甲斐ないから、私が頑張るしかなくなったの……っ」


 ステラが瞳を潤ませ、わざとらしく肩を震わせる。周囲の貴族たちから、さざなみのような嘲笑が漏れ聞こえた。


(ああ、やっぱり……)


 私の胸にあるのは、悲しみではなかった。ただ、冷え切った凪のような静寂。


 私が毎日、指先がひび割れ、意識が遠のくほど祈りを捧げ、この国の安寧を支えてきたことなど、彼らには見えてもいないのだ。


「……承知いたしました」


 私は泣かなかった。抗弁もしなかった。


 ただ、完璧な貴族の礼を一つ。


「どうか、お幸せに。……皆様も」


 その一言を残し、私は背を向けた。背後で「ふん、無能の分際で潔いことだ!」という王太子の笑い声が響いたが、それすらも今の私には、遠い世界の出来事のようだった。





 翌朝、私を待っていたのは「追放」の二文字だった。


「身一つで出ていけ。汚れなき王城に、無能の居場所はない」


 アルフレッド殿下は、私の私物すら持ち出すことを禁じた。代々受け継いできた魔導具も、母の形見のドレスも、すべては「王国の財産」として没収された。


「そんな、あんまりです! お嬢様がいなければ、この国は……!」


「やめて、ミーナ」


 泣き崩れる侍女の肩を抱く。

 彼女だけでも連れて行きたかったが、私に付き従えば彼女の身が危うい。


「……この国のために祈ってきた日々が、無意味だったなんて」


 独りごちた言葉は、冷たい石造りの回廊に吸い込まれて消えた。


 護衛も、馬車もない。ただの薄汚れた旅装ひとつ。


 門番に突き飛ばされるようにして城門を出た時、私は一度だけ空を見上げた。


(もう、私の「維持」は必要ないのですね)


 そう自分に言い聞かせると、心に空いた穴に、冷たい風が吹き抜けた。





 三日三晩、歩き続けた。

 足の裏は豆がつぶれて血が滲み、空腹で視界がかすむ。


 けれど、不思議と足取りは軽かった。


 あの息苦しい神殿も、冷笑を浴びせる社交界も、もうここにはない。


 ようやく辿り着いた、隣国との国境。


「……ここを越えれば、もう後戻りはできません」


 私は一歩、重い足取りで境界線を踏み越えた。


 その瞬間だった。


「……?」


 振り返ると、今しがたまで晴天だったはずの王国の空が、まるで薄墨を流したように、わずかに、だが確実に澱んでいた。


 太陽の光が、一段階弱くなったような、薄気味悪い陰り。


「気のせい……かしら」


 いいえ、違う。


 私が維持していた「光の結界」が、その源を失い、ゆっくりと綻び始めた証拠。


 けれど、それを知る者は、今はまだ誰もいない。


 私は一度も振り返ることなく、未知の国へと続く道へ、力強く踏み出した。





 エリスが去ってから一週間。王都の空気は、目に見えて澱んでいた。


「……殿下、民からの訴えが止まりません。街道に魔物が溢れ、行商人が途絶えております」


「馬鹿な! ステラが聖女として祈りを捧げているのだろう!?」


 王太子の怒号が響く。だが、隣に座るステラの顔色は青ざめていた。


 彼女の「奇跡」は、花を咲かせたり傷を癒したりする「発動」の力。

 だが、国全体を包む結界を維持する術など、教わってもいなければ、持ち合わせてもいない。


「殿下……、私、一生懸命祈っているのに……! なぜか力が、底の抜けた器みたいに逃げていくんです……っ」


「不甲斐ないぞ! もっと集中しろ!」


 王太子は気づかない。自分たちが追い出した「無能」こそが、その器の底を支えていた唯一の存在であったことに。





 地下深くの魔導炉。王国の全結界を管理する神官長と老魔導師は、崩壊していく魔法陣を前に、膝をついていた。


「……そんな、ありえん。結界の出力が、かつての十分の一にも満たないだと?」


「神官長……見てください。この術式の『維持』を担当していた者の刻印が、完全に消失しています」


 そこには、エリスが十数年にわたって注ぎ込み続けた膨大な魔力の痕跡があった。


 彼女は「奇跡」を起こさなかったのではない。


 崩壊という当たり前の結界寿命を、その身を削る祈りで無理やり繋ぎ止めていたのだ。


「奇跡は……すでに起きていたのです。彼女がただそこに居て、祈り続けるという、最も過酷で、最も尊い奇跡が……!」


神官長の声は、絶望に震えていた。





 一方、隣国の森で力尽きたエリスは、豪奢な天蓋付きのベッドで目を覚ました。


「気がついたか。無理もない、君の魔力回路はスカスカだった。……まるで、一国の重みを一人で支えていたかのようにね」


 目の前にいたのは、隣国の第一王子だった。


 宮廷魔導師が差し出した測定水晶を見て、エリスは目を疑う。


 水晶が、見たこともないような黄金の輝きを放ち、ひび割れたのだ。


「国家級結界を単独維持……? いえ、そんなはずは。私は無能だと……」


「無能? 冗談だろう。我が国の全魔導師が束になっても、君の『安定感』には及ばない。エリス嬢、単刀直入に言おう」


 王子は彼女の細い手を取り、真剣な眼差しで見つめた。


「我が国で、その力を振るっていただけませんか。……君を、道具としてではなく、この国の守護聖女として迎えたい」





 その頃、エリスを捨てた王国は地獄と化していた。


「結界が消えたぞ! 魔物が街に入ってきた!」


「聖女は何をしている! 偽物か! あの女は偽物なのか!」


 暴徒と化した民衆が城門に押し寄せる。


 新聖女ステラは、あまりの魔力圧の逆流に耐えきれず、壇上で白目を剥いて失神した。


 その横で、アルフレッド王太子は震える手で報告書を握りつぶす。


「なぜだ……なぜ維持できん! エリスがいた時は、何もしなくても結界は盤石だったではないか!」


 そこへ、数年前から病で床に臥していた国王がよろめきながら現れる。


「……馬鹿者が。すべてはお前の慢心のせいだ。あの娘が、どれほどの苦痛に耐えて国を支えていたか、なぜ気づかなかった……!」


「父上、何を……。あ、あいつを連れ戻せばいいのでしょう! すぐに追手を――」


「遅い! 彼女はすでに、隣国の国賓として迎えられてしまった。結界を維持するためには…」


 国王の濁った目がステラを正面から捉えた。


 




 旧王国の地下深く。かつてエリスが一人で静かに祈りを捧げていた「守護の祭壇」には、今や見るに堪えない光景が広がっていた。


「……あ、あ、ああああああ……っ!!」


 祭壇の中央に据えられた魔力抽出装置。

 そこに四肢を固定され、無数の魔法銀の針を全身に突き立てられているのは、ステラだった。


 彼女の役割は、もはや「聖女」ではない。結界を維持するためのただの道具だ。


 国王の命令の元、崩壊を始めた結界を無理やり繋ぎ止めるため、魔導師たちはステラを装置に直結した。ステラから、聖女の血を一滴残らず絞り出すために。


「熱い……! 痛い……! 誰か、抜いて……この針を抜いてぇ……!!」


 装置は容赦なく彼女の生命力と魔力を吸い上げる。


 かつてエリスは自らの意志で、慈しみを持って魔力を「捧げて」いた。

 だが、本来の聖女としての適性が薄いステラの体は、魔力の逆流に拒絶反応を起こし、内側から身を焼かれるような激痛が永遠に続く。


「お姉様……助けて、お姉様なら、これくらい平気だったんでしょう!? なら、代わってよぉ!!」


 絶叫するステラに、管理人の魔導師が冷たく言い放つ。


「黙れ。…お前のような紛い物が、その代わりをさせられているだけで光栄に思え」


 彼女は死ぬことすら許されない。

 衰弱すれば回復魔法をかけられ、また翌日には限界まで生命力を搾り取られる。


 かつて彼女が「無能」と笑ったエリスの座は、彼女にとっての「永遠の拷問台」となった。






 一方、アルフレッド王太子は、国を傾けた責任を取らされ、隣国の「魔石鉱山」へと売られた。

 そこは、魔力を強制的に吸い出す首輪を嵌められ、死ぬまで岩を削り続ける、生還率ゼロの強制労働施設だ。


「私は王太子だぞ……! こんな泥水を飲めるか!」


そう叫んだ瞬間、看守の鞭が彼の顔を横に振った。


「王太子? どこの国の話だ。お前はただの『歩く魔力供給源』だ」


 食事は一日に腐ったパン一つ。睡眠は三時間。


 かつてエリスに「無能」と吐き捨てた言葉は、そのまま自分に返ってきた。魔力が枯渇してもなお、首輪は彼の命そのものを吸い上げていく。


 ボロボロになった爪で岩を削りながら、彼は遠く隣国から聞こえる「エリスの結婚」を祝う鐘の音を聞き、絶望のあまり泡を吹いて倒れた。





 隣国の保護下で、心身ともに健やかになったエリスのもとに、ボロボロになった王国の使節団が訪れた。

 その先頭にいたのは、国王だった。


「エリス……頼む。この通りだ!」


 一国の王が、他国の王城の床に額を擦りつける。かつての威厳など微塵もない、醜い土下座だった。


「国は滅びかけだ。民は飢え、魔物に怯えている。お前の代役をステラが勤めているが、いつまで持つか分からない。…お前が戻ってくれれば、すべては元通りになる。聖女として、いや、女王として迎えてもいい!お前を追放したバカ息子も鉱山送りにした。 だから、どうか……!」


 必死な謝罪。泣きながらの懇願。


 だが、それを聞くエリスの瞳には、怒りも、悲しみすらも宿っていなかった。


「……顔を上げてください」


 エリスは静かに、だが氷のように冷たい声で告げる。


「私が毎日、血を吐くような思いで祈っていた時、皆様はなんとおっしゃいましたか? 『何の奇跡も起こせない無能』……そう笑ったのは、他ならぬ皆様です」


「そ、それは……っ」


「私があの国で捧げた十数年は、あの日、あの大広間で死にました。……もう、私の居場所は、あの国のどこにもありません」


エリスが背を向けると、隣にいた隣国の第一王子が、優しく彼女の肩を抱いた。


「聞こえたかい? 彼女は私の、この国の宝だ。……汚らわしい未練を、我が国に持ち込まないでいただこうか」


「あ、あああああ……っ!」


 絶叫する国王を門前払いし、エリスは二度と振り返ることはなかった。





 隣国の王都は、エリスの祈りと「維持」の力によって、かつてないほどの繁栄を謳歌していた。


 かつての国では「当たり前」とされ、誰にも感謝されなかった彼女の力。


 けれど今は、一晩祈るたびに、人々から感謝の言葉が届き、花が贈られる。


「エリス。今日はもう休んで。君が頑張りすぎるのは、僕が許さないからね」


 王子はエリスを庭園のベンチに座らせ、温かい紅茶を淹れる。


 そこにあるのは、冷笑でも義務感でもない、純粋な愛に満ちた時間だった。


「……私、今とっても幸せです」


 エリスの頬を、穏やかな陽光が照らす。


 かつて凍りついていた心は、隣にいる彼の温もりで、すっかり溶けていた。


 もう、一人で国を背負う必要はない。支え合い、共に歩む相手が、ここにはいる。


 あの日、王城を追われた少女は。


 絶望の果てに、真実の愛と、自分を必要としてくれる場所を見つけた。




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― 新着の感想 ―
王太子の教育に失敗して聖女の風評被害を防がない。聖女との交渉の時も相手の利になる条件を出せず、お前と呼び掛ける。国王が無能だ。
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