72: 飲み会は、駆け引き?
ルシナが魂の選択をしてから、数日が経った。
町は穏やかな日常を取り戻し、冬支度を始めている。
コハナが編んだ毛糸の靴下や手袋が重宝している。
ルシナも編み物に再挑戦したが、毛糸が絡まってすぐに諦めた。
ルキは、崖下から町まで送迎をしている。
コハナが一人の時も送ると言っていたのだが、「大丈夫」と言い張り、ルキは引き下がった。
「コハナは一人でも大丈夫なの?」
ルシナもコハナを心配している。
「一人がいいの」
ぽつりとコハナは呟いた。
「コハナが魔法を使えるのは知ってるけど、それでも心配だよ」
「通った道、変えてる……大丈夫」
(……また、独特な言い回しだな)
結局、ルシナも折れて、今日に至る。
ルキと並んで歩くルシナは、そっと横目でルキの剣に視線を向けた。
コハナが作った白い花のストラップが、歩くたびにゆらりと揺れていた。
「今日、カイとアンナと飲みに行くんだけど、ルシナも来ないか?」
ルキは、カフェの前で立ち止まり、ルシナを誘う。
「行きたい!私も行っていいの?」
三人の間には、どこか入り込みづらい空気があった。
「もちろん……アンナもカイも、“いつ連れてくるんだ”ってさ」
「ほんと?うれしい!」
(流美はお酒好きでよく飲んでたけど……ルシナは飲んでなかったな……この体、アルコール大丈夫かな)
(……まあ、大丈夫でしょ)
ルシナはコハナに夕食は外で済ませることを伝えてほしいと妖精に頼み、上機嫌でカフェの仕事をこなしていった。
仕事終わり、ルキの店に寄り、そのまま酒場へ向かった。
(この世界の酒場ってどうなってるんだろ……たのしみ)
心を弾ませながら酒場に入ると、カイとアンナはすでに席についていて、何か飲んだ後のようだった。
「ルキー!こっちこっち!」
アンナの張りのある声が、にぎやかな酒場の中でもよく通る。
酒場の中は、バルのような雰囲気で、皆ビールを飲んでいた。
カイとアンナのいるテーブルには、串焼きやハム、スティックサラダなどが並んでいる。
「いやー、腹減っちゃって……先に食べてたんだー」
「好きなもの頼んでね」
アンナは、ルシナにおすすめのつまみを教えてくれる。
酒は、ビール一択らしい。
(焼酎とかはさすがにないか……)
流美の記憶が、ふと揺れた。
「では、かんぱ〜い!」
ルシナは、ごくりとビールを飲む。
「……ぬるっ!」
「えっ?今なんて?」
冷たい喉越しを想像していたのに、ビールはぬるかった。
「ううん……なんでもない」
「そう……。ほら、串焼きも来たよ!食べよっ」
アンナに勧められて、ルシナはかぶりついた。
「おいし〜」
「だろ?ここの串焼き、屋台でも出してるんだ。覚えてる?初めて会った時、一緒に食べたやつ」
カイも串焼きをかぶりつく。
「あっ!あの時食べたやつ!」
ルシナは、初めて町に来た日のことを思い出した。
こんなに町に溶け込めるなんて、あの時は想像できなかったな……。
ルシナはビールをぐいっと飲み干すと、「おかわり!」と店員に呼びかけた。
「おっ。ルシナ飲めるね〜」
アンナも負けじとビールを飲み干し、ケタケタと笑う。
「おいおい……ペース早くないか?」
ルキの心配をよそに、ルシナはアンナとジョッキを軽く当て、そのままビールを飲む。
「んで?お二人は恋人どうしになったの?」
アンナはズバリと切り出す。
カイも一緒になって、目を輝かせて見つめてくる。
「えっへへへ〜」
ルシナは顔を赤らめて笑うと、ルキの肩に頭を寄せた。
「……もう、酔ったのか?」
「もーかわいい!かわいい!ルキ、やっぱりルシナちょーだい!」
アンナは手を伸ばし、ルシナを自分の隣へ引き寄せようとする。
「ダメだ。ルシナは俺のだ。お前にはカイがいるだろ」
ルキはアンナの手を払い、ルシナを抱き寄せた。
「あら〜アンナさん、聞きました?“俺のだ”って!俺のルシナ!くあ〜……!お熱いね〜」
「カイ、お前覚えてろよ」
ルキはカイを睨みつけた。
「大丈夫だもーん。アンナに守ってもらうもーん」
カイはアンナを抱き寄せる。
「ばか、カイ!こんな人前で!」
アンナは顔を赤らめると、拳骨を落とした。
「え〜、人前って……アンナー、俺らの目の前もおんなじ体勢だよー」
カイは、ヘラヘラと笑った。
「……ったく」
ルキはジョッキを軽く煽ると、店員を呼んで追加を頼み、串焼きを頬張った。
その横で、ルシナもビールをぐびぐびと飲んでいる。
「薬草屋は落ち着いたのか?」
「うん、メンダヴォル騒動が起こる前に戻ったよ〜。ただ怪我人は多いかな〜。主に商人と、自警団の奴らだけど……」
「……そうなのか?」
ルキはアンナに視線を向ける。
「そうね。前にルキが教えてくれたでしょ?自警団が狙われているって……」
「あぁ……」
「実は、教えてもらう前からなの」
アンナは、グラスを静かに置いた。
「隣国がまた、不安定になってるみたいね。捕まえた奴が言っていたわ……自警団に恨みがあるのか、片っ端から喧嘩を売ってくるらしいの」
「……じゃあ、俺が襲われたのは」
「髪が長くて、帯剣してたからでしょ」
「……そうか」
「恨みってなんだろ?」
カイが首を傾げる。
「自警団らしき人間が、隣国の騎士を打ち負かしたらしいのよ……。長身ってことしか分かってないみたい」
「そんなの、この国、長身多いだろ」
「そうなのよね〜……。あっ、でも領主様が動いてるみたいで、襲ってくる奴らは殲滅状態らしいわ。だから、ひとまず安心していいと思う」
アンナは、手をパタパタさせてカイを安心させる。
「領主様が動いてるってことは……裏で何かしてるってこと?」
カイはアンナに問いかける。
「……はい!この話はここまで!」
アンナは何もなかったように、スティックサラダをぽりぽりと齧った。
ルシナはビールをぐびぐびと飲んでいる。
「そういえば、ルキは王都に行ってきたんでしょ?どうだった?」
「あまり変わりはなかったな……」
「そう……」
アンナは、それ以上は聞かなかった。
「ふにゃ……」
「ん?ルシナ?」
「なぁ〜に?」
ルシナの目は、とろんとしていた。
「……あ、よわっ」
「ルシナ大丈夫か?……水飲もう」
カイは笑いながらルシナを見ている。
ルキは水を差し出した。
「弱くないもん。しょーちゅー、たくさん飲めるもん」
「……ショーチュー?」
「ちゅー」
ルシナは、にへらと笑う。
ルキの手が、わずかに止まった。
「アンナさん、聞きました?今、“チュー”って言いましたよ?」
「きゃー!ルシナ、かわいいー」
アンナはビールを一気に煽ると、カイにしなだれかかる。
「あ〜なんか、酔っ払ってきちゃった〜。ねぇ、カイ、今日泊まってもいい?」
カイは頬を緩ませる。
「いいけど……アンナ、そんなに弱かったっけ?」
アンナは、カイの足を踏む。
「いててっ……なんだよぉ」
「あたしも……泊まる!!」
ルキは一瞬、目を見開いた。
「あたしも、ルキん家泊まる!」
「ル、ルシナ?」
ルキは慌てて水を飲ませる。
「じゃ、そういう事で!あとは頼んだよー」
「おっおい……アンナ!」
アンナは手早く会計を済ませると、カイの腕を掴み、そのまま引きずるように店を出る。
「アンナ、酔っ払ってたんじゃないの?」
「……いいから、行くよ」
アンナは小声でカイに囁くと、薬草屋へと帰っていった。
残されたルキは、唖然としたままルシナを覗き込む。
もう半分、眠っている。
「……ルシナ?」
「……泊まるもん」
ルキは一瞬ためらい、ルシナの唇にそっと触れる。
「そんなこと……俺以外に言うなよ」
本格的に眠り始めたルシナの耳元で囁くと、ルシナを抱き上げ、静かに靴屋へと戻っていった。
「妖精たち、聞いていたらコハナに伝えてくれ……ルシナは今日は帰れないって」
“わかったの〜”
“るしな、おとまり〜”
“ルキのいえ〜”
妖精たちはくるくると周りながら、靴屋を飛び出し、どこかへ消えていった——




