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崖上小屋で今日もハイヒールを眺めます  作者: 小原みん


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71: 守る理由と、ロマンスの予感

靴屋の二階にある、ルキの自室は、作業場と同じように整えられている。


ルキは、テーブルに並んだままのコーヒーカップと、白い花が入った小瓶をしばらく見つめた。


白い花の瑞々しさが、潤んだルシナの瞳を思わせた。


(……俺を想ってくれていたなんて)


ルシナと出会った時、自然と守りたいと思った。

屋台フェスティバルの時、護衛騎士だった頃の感覚が蘇った。


その名残だと思っていた。


違った。


ただ、ルシナに惹かれていた。


ジャスミンを守れなかった俺は、恋をする資格がない。

そう思っていた。


セイラから、前を向けと言われた。

それでも、感情のない、寝てばかりいるジャスミンを見る度に、その気にはならなかった。


ルシナがボルドーのハイヒールを見た時、前を向いてほしいと言ったのは、自分に向けていたのかもしれない。


ルシナが帰ったあとの部屋で、ルキは窓の外を眺めた。


ルシナは崖の上に住んでいる。

隣国の土地に。


国境を越えるのは、以前より緩和されている。


治安は、大丈夫なのか。


ルキは、ベッド脇に立てかけてあった剣にストラップを付けた。


それを腰に装備し、国境へ向かった。



町の入り口を出ると、街道が続いている。


右に進めば王都に、左に進むと国境の検問所がある。


街道を横切るように進めば、崖下に続く。


ルシナとコハナが、崖下から町へ向かう途中、隣国の者と鉢合わせになることもある。

商人のように、すべてが善良とは限らない。


町の外も自警団は巡回しているが、それでも不安は拭えなかった。


しばらく歩いたところで、妙な気配がした。


(……ん?)


街道の崖側の木々が、わずかに騒めく。

布が擦れる音。


視線だけを崖側に向ける。


——次の瞬間。


背後から、二人の男が襲いかかってきた。


ルキは振り向きざま、肘を鳩尾に叩き込み、顎を下から掌で突き上げる。


「ぐはっ」


そのまま踵を後ろに突き出し、もう一人の脛を蹴る。


体勢を崩したところへ、身体を捻って顎に回し蹴りを叩き込んだ。


「がはっ」


(なんだ……こいつらは……)


ルキが失神した男たちを見下ろしていると、影から三人の男が一斉に姿を現した。


「自警団の一員だな……ここで潰す!」


二人は剣を抜き、一人は魔法陣を展開する。


ルキは剣を抜き、魔法を使う男に狙いを定め、踏み込んだ。

魔法が発動し、氷刃がルキへと飛翔する。


刹那、ルキの剣のストラップが淡く光り、氷刃を弾き散らした。


(……!?)


ルキは魔法が飛散したことに驚きつつ、魔法使いの口に剣の柄を叩き込み、詠唱を封じる。


そのまま、剣士二人の剣を次々と弾き飛ばすと、素早く切り込み膝をつかせる。


「俺は……ただの引きこもりの靴屋だ」


ルキはため息をつき、静かに呟いた。


「そんなわけ……」


男たちは苦しみながらも、再び立ち上がり、戦闘態勢をとる。


(五人か……きついな……)


男たちは、ルキの背後に警戒を滲ませると、仲間内で視線を合わせた。


「ここは、一旦引くぞ……」

そう言って、男たちは崖下に向かって、走り去っていった。


「おい!待て!」

(ルシナ達と遭遇するかもしれない……)


ルキに焦りの表情が浮かぶ。

男たちの行方を追おうと、一歩踏み出した。


その瞬間、横を灰色の影が過ぎる。


ルキはわずかに眉をひそめ、動きを止めた。

やがて、遠くから、男たちの声が微かに響いた。


(……灰色……あいつか?)


男たちが逃げた方向へ視線を向け、耳を澄ませる。


(……もう、追う必要はないな)

(アンナに報告……だな)


ルキは剣を鞘に収めると、白い花のストラップが、ゆらりと揺れた。





ーーーーー





男たちは、本当の恐怖というものを初めて知った。


圧倒的な力の差。


ふざけた靴屋などではない。

あれも強かったが——違う。


今、目の前にいるこれは、なんだ。


ノア隊長は、消されたはずだ。

だけど、灰色の短髪、鋭い青い目。

確かにノアだ。


今まで向けられたことのない視線に、身体が震える。


涙が止まらない。


……あぁ、そうか。


間者。


こいつのことだったのか。


男たちは声を上げることもできず、

そのまま、動かなくなった。


「……」


「人の子は難儀よ」


青い目の大きな黒い狼は、喉を鳴らしながらノアの後ろに座る。


「お前が、靴屋の後ろに立つから、こいつらが逃げたじゃないか」


「はて……我の所為なのか?」


「……チッ」


ノアは舌打ちをし、シヴァルを睨みつける。


「そもそも、なんで俺についてくる。なぜ、あの靴屋を助けた」


「お前の側にいると、面白いものが見れる。

靴屋は、あの娘の番だろう。ついでだ」


シヴァルは愉快そうに笑う。


ノアは、転がる男たちを囲うように魔法陣を展開した。


限りなく黒に近い青が、静かに広がる。


次の瞬間——男たちは跡形もなく消えた。


「これが、お前の裏業務ってやつか?」


「……あぁ」


「いつまでやるんだ?」


「……分からない」


シヴァルはノアの手のひらに鼻先を押し当てると、そのまま走り去っていった。


「……いつまで……か」


その呟きを聞いているのは、妖精だけ。


“のあー、つぎ、どこいくのー”


“ちょこある〜?”


変わらず鼻に引っ付く妖精を摘んで離すと、腰のポーチからチョコレートを取り出し、軽く放り投げる。


“わ〜い”


“ちょこなの〜”


それでも、妖精たちはまとわりついてくる。


『貴方は優しすぎる』


(あの女神は言ったが……優しいというのは、あの靴屋のような男のことだ)


ノアは、何も言わずその場を後にした。





*****




“のあ、かお、こわいよー”


“いつもより、こわい〜”


妖精たちは、チョコレートを食べ終えると、相変わらず周りを飛び回っている。


払っても、怒鳴ってもついてくる。


もう何年も前から、ずっと。


ノアは無視を決め込んでいるが、最近はこうして文句まで言うようになった。


仏頂面でいると、また鼻にしがみつかれる。


チョコレートは、もうない。


ノアは妖精を鼻につけたまま、前を睨むような目つきで歩いていると——


何かがぶつかってきた。


視線を落とすと、小柄で可愛らしい顔つきの女が、尻もちをついていた。


ノアは女を見下ろす。


“のあ、かおこわ〜い”


妖精の声に、ノアはハッとし、手を差し出す。大抵の者は、このまま距離を取って逃げられたりするのだが……。


「あっ、ありがとうございます」


可愛らしい高い声で礼を言い、女はその手を取って立ち上がった。


じっとノアの顔を見つめると、ふふふっと笑い出す。


「……あの、なんで妖精さんを鼻につけてるんですか?」


ノアの眉から、力が抜ける。


妖精はノアの鼻から離れ、女のそばに寄る。


“みえるの〜?”


「ふふふ……えぇ、可愛い妖精さん。見えてますよ。初めまして」


その可憐な笑顔に、ノアの思考が一瞬だけ白くなる。


「俺が怖くないのか?」


「妖精を鼻につけている人なのに?」


“わー、のあ、よかったねー”

“こわくないって”


「こんなに妖精さんたちに愛されてる人が、怖いはずないわ」


可憐に笑う。


「私、ナーシャ。妖精を鼻につけた貴方のお名前、聞いてもいい?」


「ノア」


反射的に名乗っていた。


「ノア……。ふふ、よろしくね。ぶつかってしまって、ごめんなさい。あと、頼みごとがあるんだけど……」


木にかかった帽子を指差す。


「風に飛ばされちゃったの……。取ってもらえませんか?」


「あぁ……」


こんな些細な頼みごとは、ここ何年もされていない。

例え、頼まれても、無視していた。


なぜか、ナーシャの頼みごとは聞いてやりたいと思ってしまった。


ノアは軽く跳び、帽子を取るとナーシャに渡した。


「ノア、ありがとう」


ナーシャは、ノアの青い瞳を柔らかく見つめて微笑んだ。

ノアの心に温かい、何かが撫でていった。





“ロマンスなの〜”


少し離れたところから、妖精は小声でうっとりと呟いた。

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