69: 白い花冠と小瓶
ルキは、ルシナが飛び立った後も、しばらく崖下に留まっていた。
崖の壁にもたれて座り込み、満月を見上げた。
(抱き止めても、離れていく……)
背中に回された細い腕が、抱き返してくれた時、思いが伝わった気がした。
(時が止まればいい……。そう思ってしまった)
ルシナは、直ぐに胸を軽く押して離れていった。
(……ルシナは、俺のことをどう思っているんだろう)
いっそのこと、そのまま家に連れ帰ってしまえば良かった……と、邪な考えがふと浮かぶ。
ルキは頭をぶんぶん振ると、自身の頬を殴る。
(そんなことをしたら、愛想をつかれてしまうな……。俺は、ただの親切な靴職人だから……)
ルキは月を見上げながら、ルシナの姿を思い返していた。
(自由に笑い、動きまわる、ルシナが好きだ)
店に戻ると、暗がりのバックヤードに明かりを灯した。
作業台に出したままのビジューが、光に反射して静かに煌めいていた。
その横には、片足だけのボルドーのハイヒールが置かれている。
それは、まるで取り残されたように、寂しく佇んでいた。
ーーーー
白い花冠を頭に乗せたまま、ルシナは小屋の扉を開けた。
「おかえり」
コハナは首をこてんと傾ける。
「選べた?」
ルシナは一度だけ、小さく息を吐いた。
「うん……。流美でもない、ルシナでもない、私は、私を選んだよ」
「……そう。良かった……それは?」
コハナはルシナの頭の上に視線を移す。
「あっ……これ?女神さまに、もらったんだ」
「加護、ついてる」
コハナは花冠を見つめた。
「えっ……そうなの?」
「うん」
「えっ……これ、ど、どうしよう」
ルシナは頭からそっと花冠を外し、まじまじと見つめた。
コハナは、キッチンの棚から小瓶を取り出す。
ひとつ、またひとつと並べていく。
気付けば、五つ並んでいた。
「コハナ、これは?」
「瓶の中に入れる……魔法で維持できる」
「コハナ……なんでも出来るんだね」
ルシナは、コハナの魔法に興味が湧いてきた。
(コハナは、知らない魔法をたくさん知っているのね……)
魂が融合したからこそ、分かる――
コハナには、私の理解を超える、不思議な何かがあるのかもしれない。
コハナは、ルシナから慎重に花冠を受け取ると、小瓶の中に見栄えよく配置し、そっと蓋をした。
そのまま銀の腕輪に触れ、静かに目を閉じる。
手をかざすと、金色の光が静かに瓶を包み込んだ。
「……ほぉ〜、きれい〜。配置が……センスよい〜」
ルシナは瓶にくぎづけで、コハナの瞳が金色に変わっていたことには、気付かない。
「コハナ、すごいね」
ルシナが、コハナの顔を覗くと、黒い瞳で瓶を見つめていた。
「そういえば、この小瓶って?」
「用意した」
「……えっ?」
「必要だと思った」
「……それって……」
ルシナが言いかけたその時、
ご飯を食べ終えたフーが、足元でぴょんと跳ねた。
フーは、完食したことを褒めてほしいのか、ルシナに体を擦り付け、尻尾を振っている。
「フーちゃん、完食えらいねー。いい子だねー」
ルシナがフーのお尻を撫でると、嬉しそうに口を開き、「もっと」と言わんばかりに体を寄せた。
「この花の瓶、どうしようかな……」
フーはたくさん撫でてもらって満足したのか、ルシナのベッドに上がり、伏せてまどろんでいる。
「五つか……」
ルシナの脳裏に、カイ、セイラ、そしてルキの姿が浮かんだ。
あと、コハナと……私。
「うん……みんなに加護のお裾分けをしよう」
ルシナはにんまりと笑うと、コハナにひとつ、そっと渡した。
「くれるの?」
コハナは、不思議そうにルシナを見つめた。
「うん。いつもお世話になってるからね」
コハナは「ありがとう」と短く答え、瓶を大切そうに両手で包んだ。
ルシナはコハナに渡したあと、ふとノスタルジアの姿を思い浮かべた。
「……あ、女神さま、他の人に配ったら怒るかな?」
“だいじょぶなのー”
“そんなことで、おこらないのー”
“るしな、やさしいのー”
妖精たちが、そっと後押ししてくれた。
「そうかな?良かった!みんなにお裾分けだー!」
“おー!”
“よろこぶといいね〜”
妖精たちが、瓶の周りをくるくる周りながら笑っている。
その光景を、コハナは銀の腕輪を後ろ手にそっと触れながら、無表情で見つめていた。
フーがぴくりと起き上がると、水を飲み、地下へ降りていく。
「あっ……もう、寝る時間だね。コハナ、おやすみ」
「おやすみ」
コハナは瓶を大切そうに持って、地下の部屋へ降りていった。
ルシナは、魂の融合をしても、気持ちに変化がないように感じた。
(それほどまでに、似ていたんだ……)
魔法と、妖精の世界。
ビルが立ち並ぶ、機械だらけの世界。
(まったく違う環境なのに……人間だからかな)
ルシナは、片足だけのボルドーのハイヒールを眺める。
その隣には、ビジューが輝く、世界でひとつだけのハイヒール。
(明日、ルキに思いを伝えよう)
ルシナはルキへの思いを胸に、静かに眠りについた。




