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崖上小屋で今日もハイヒールを眺めます  作者: 小原みん


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67: 魂の選択

ルシナは、コハナから借りたランプを手に、ノクターンの鏡湖へと向かった。


暗い道のりも、ランプの灯りと妖精たちの導きで、迷うことはなかった。


日はすでに落ちていたが、満月の光が湖面を静かに照らしている。


穏やかな夜風が湖面を揺らし、湖にいた妖精たちの小さな光が瞬き、空間を淡く彩っていた。


『夜はもっときれい』


ふと、コハナが言っていた言葉を思い出す。


(確かに……夜は、いっそうきれい)


ノスタルジアの夜のカラオケに、朝まで付き合わされたこともあった。

そんな夜もあったが、今日は一段と神秘的だった。


ルシナは背筋を伸ばし、静かにノスタルジアの登場を待った。


湖面に広がる波紋が、ゆっくりと大きくなっていく。


湖の中央に、ノスタルジアが静かに浮かんでいた。


美しく光る白銀の髪は、月に照らされて淡く輝き、

陶器のように繊細な肌は、温度を感じさせない。


ルビーのように赤い瞳は、静かに伏せられている。


精巧なビスクドールのような女神は、ゆっくりと顔を上げる。

その視線が、ルシナを試すように、まっすぐ射抜いた。


「選びに来たか」


ノスタルジアの声は大きくないのに、胸に直接響いた。


「はい」


ルシナはノスタルジアを、真っ直ぐ見つめ返す。


「この世界で生きていくために……決めました」


ノスタルジアは、湖の縁へと、波紋ひとつ立てずに滑るように移動した。


「して――お前の答えは」


「その前に、ひとつ確認させてください」


「……ほう。言ってみよ」


ノスタルジアは指先を顎に添え、わずかに首を傾けた。


「流美の魂と、ルシナの魂……選択肢は、その二つだけですか?」


ノスタルジアの眉が、ゆっくりと片方だけ持ち上がる。


「……私たちの魂は、とてもよく似ているんですよね」


ルシナはノスタルジアを見据えたまま、胸に手を置いた。

二人の魂をなぞるように――


「どちらも、自分ではなく、相手が残ればいい―そう考えていました」


ノスタルジアの唇が、僅かに上がる。


(ここまで絡みついた魂ならば――)


「……このまま、融合することは出来ませんか」


ルシナは、ルビーのように輝くその瞳を、真っ直ぐ見つめた。


「……ふふふ。……はははは!人の子が、自ら選択肢を増やすときたか!」


ノスタルジアは、温度を感じさせない顔で笑った。


その笑みには、嘲りではなく、どこか愉しげな色が混じっている。


まるで、最初からその答えを知っていたかのように。


「……良いだろう。魂の融合。それがお前の答えだな」


ノスタルジアは手を伸ばし、ルシナの頭をそっと撫でた。




「境界線を作った……えらいわ〜」


ノスタルジアの口調が、いつものおネエさんに戻る。


「んも〜、いつ答えを選ぶのか、はらはらしてたのよ〜。融合も、立派な決断よ〜」


ノスタルジアは手を軽く振ると、こてんっと首を傾けた。


「そろそろ選択してもらわないと、この世界から弾き飛ばされていたわよ〜」


「……え?」


(さらっと、怖いことを言われた気がする)


「……弾き飛ばされる?」


「あら?言ってなかったかしら?」


ノスタルジアは、唇の下に人差し指を添え、空を見上げて思い返す。


「……精神崩壊する、とは言ったわね。

異質な存在のまま、この世界に居続けると、そのうち、誰の目に映らなかったり、存在自体を忘れられてしまうのよ」


ノスタルジアは、視線をルシナに戻すと、ルシナは目を見開いたまま、固まっていた。


「……あら?ルシナ?どうしたの?目が死んでるわよ?」


「……それって、やばくないですか?」


「ヤバいわよ。だから選べって言ったじゃない!

居場所が出来たように感じても……どこか寂しかったんじゃない?」


「……はい。親しい人も出来たし、好きな人も出来ました。でも……どこか、居場所がないような、不思議な感覚でした」


「でしょー?魔獣は人よりも、異質な存在に敏感だからね。よりはっきりと、避けられていたはずよ?」


「……え?」


一瞬、言葉が出なかった。


(魔獣……?そういえば、じっと見られても襲われなかったことがあったかも)


それに――


「メンダヴォルが、私を避けていたのって……」


「魂が異質だからでしょうね」


ノスタルジアは、何でもないことのようにそう言った。


「そうそう……魂が融合したら、今までみたいに避けてくれないだろうから、心を強く持つのよ!」


ノスタルジアは軽く拳を握ると、ルシナに微笑みかけた。


「さあ……魂の融合をしましょうか」


「……はい。あの、もう一つだけ……質問してもいいですか?」


「なぁに?」


「流美の身体は、どうなっているんですか?」


ルシナは縋るようにノスタルジアを見つめた。


(そもそも……流美は生きているの?)

(身体は、どうなっているの?)


「流美は……あちらの世界で生きているわよ」


「ただ、心ここに在らず、って感じね。

だって――あなたのところにあるんですもの」


ノスタルジアは、当たり前のことのように首を傾げた。


「魂の融合をしたら……流美はどうなりますか?」


(今までと変わらないなら……あちらの世界の流美は、どうやって生きていくの?)

(お母さん……お兄ちゃん……)

(心のない私を見て、どう思っているの?)


「ここで魂が融合すれば、あちらの世界の流美にも影響は出るわね。でも、心ここに在らず、なんてことにはならない……ルシナの魂が、影響すると思えばいいわ」


「それって、どういうことですか?」


「んー……ルシナの感覚や記憶が、混じるって感じかしら。少し現実離れした考え方になるかも〜」


「えっと……例えば?」


「例えば――私は魔法が使えるとか、妖精が見える、とかかしら?」


(おぅ……それは、現実主義の流美からすると、周りはびっくりするな)


「でも、生きているし……記憶が混ざることはあっても、生活はしていけるわよ」


ノスタルジアは、ルシナの不安を打ち消すように、微笑んだ。


「さあ……融合の儀式を始めましょう」


「……はい。よろしくお願いします」


ノスタルジアは、腰まで湖に浸かるようにルシナを導くと、ルシナの頭に手を置いた。


冷んやりとした手が、額に触れルシナは、そっと目を閉じた。


静かに眠る魂よ

行き場をなくした魂よ

ここに集え


我らがその魂を癒そう

我らがその魂を導こう

  

行き場をなくした魂よ

もしも選択に迷うなら

我らが導こう


境界線は引かれた

魂は融合された


その魂が迷わぬように

我らがその魂を見守ろう




いつか聞いた、ノスタルジアの歌。

僅かに歌詞が変わっているような気がした。


どんな楽器よりも美しく

どんな音よりも繊細な響きが、ルシナの心をほぐしていく。


歌が終わると、何も変わっていない景色が、どこか鮮やかに見えた気がした。


「いいとこ取りしたわね」

ノスタルジアは、そっとつぶやいた。


ノスタルジアは、パチンと手を叩くと、ルシナにちょっと待っててねと言って、湖の淵をふわふわと、彷徨い始めた。


ルシナが首を傾げていると、ノスタルジアは両手いっぱいの白い花を抱えて戻ってきた。


ノスタルジアは白い花に息をそっと吹きかける。


赤い瞳が、静かに輝くと――

白い花束は白銀の光に包まれ、次の瞬間には花冠へと姿を変えていた。


「迷える魂に――祝福を」


ノスタルジアはルシナの頭に花冠を乗せると、額にそっとキスを落とした。


「もう、貴女はこの世界の住人よ」


ノスタルジアは微笑むと、ルシナを湖から引き上げる。


濡れていたはずの服も、指先ひとつで、すぐに乾いた。


「さあ、もう帰りなさい」


ノスタルジアは優しく微笑みながら、手を振る。


「帰り道は、妖精たちの光を追っていけばいいわ」

「ここにいる子たちが集まれば、明るいもの」


「……ありがとうございました」


ルシナはノスタルジアに、心から礼を伝える。


「あの……また、遊びに来てもいいですか?」


「!!……もちろんよ!!」


ノスタルジアの顔が、ぱーっと明るくなる。

陶器のような顔は、大きく表情を変えていないのに、表情が豊かに見えるのが不思議だ。


「いつでも待ってるわ!絶対よ!絶対、遊びに来てね!」


ノスタルジアは満面の笑みで手を振った。


ルシナは、神秘的な女神としての姿も、頼れるおネエさんのような姿も、どちらのノスタルジアも好きになっていた。


(女神さまって……神様なんだよね?)


そう思いながら、妖精たちの光に導かれ、小屋へと戻っていった。



ルシナが去った湖には、ノスタルジアがひとり残っていた。

「覗き見なんて――いい趣味しているじゃない?」


ノスタルジアは湖の影に向かって、不機嫌に呼びかけた。


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