7: ノクターンの鏡湖
「コレ使って」
そう言うと、コハナが扉の近くから木製の松葉杖を持ってきた。
「これは?」
そんなものあったんだと思いながら尋ねると、コハナは淡々と答えた。
「モーヴェ達が食品と一緒に置いていった。扉の外にあった…さっき気付いた」
あの時は自分のことだけで精一杯だったけど、食品とか松葉杖とか置いていってくれてたんだ…。ってか外って…。
(ちょっと雑すぎない?)
そう思ってモヤモヤしていると、
“ちゅうとはんぱなのー”
“ざつなのー
妖精たちがポワポワと瞬きながら、好き勝手に言う。
「歩けそう?」
無表情ながらも少し心配そうな声色のコハナに、「やってみる」と短く答えて歩き出した。
痛みはある。ズキズキする。
それでも、なんとか歩き出すことができた。
妖精たちも支えてくれているのか、身体の負担が少し軽い気がする。
ーーーーー
扉の外に出ると、爽やかな風が頬を撫でた。
奥深い森林の香りが漂う。
「気持ちがいい風ね」
“ふふふ”
“あはは”
前に聞いたことのあるような声が、風に混じって聞こえた。
“みんな、みずうみいくよー”
“いっしょにいくー?”
妖精たちが笑い声の方へ向かって誘っている。
“いくー”
“めがみさま、あいにいくのー”
「女神さま?」
なんか妖精が増えた気がする。
淡い光が、さっきよりもたくさんポワポワしている。
“めがみさまなのー”
“けが、よくなるかもなのー”
妖精たちが答える。
(魔法に、妖精に、次は女神さま……)
もう何も驚かないぞ、と思いながらコハナを見る。
「この道からモーヴェたちが来た」
コハナが扉の前の一本道を示した。
「この道を朝から昼までぐらいの時間をかけて降れば、監視隊の詰め所がある」
そして小屋の裏を指す。
「小屋の裏は切り立った崖。その下は隣国の街がある」
次に、小屋の左側を指した。
「ここに井戸がある」
(僻地だ…。隔離小屋だ…)
コハナの指の先を見ながら、少しショックを受ける。
今度は、小屋の右側を指した。
「この森を通ると湖がある」
そう言うと、コハナは進み出した。
「そう遠くない。頑張って」
森の中では日差しが優しく、野鳥の声や風の音が心地いい。妖精たちのおかげか、歩きにくさも感じない。
しばらくすると、水面がきらきらと輝く美しい湖が広がっていた。
ひらけた景色は少しひんやりとしていて、この空間こそが、別世界だと感じてしまう
「綺麗…」思わず声出てしまう程、眩しい景色ーーー。
“もっとちかくにいくのー”
“こっちだよー”
妖精たちの声に誘われて、湖へ近づく。
水面は静かで、空の色をそのまま映していた。
きらきらしているだけなのに、神秘的な美しさに少しだけ怖さも感じる。
湖に近づき、湖面をのぞく。
湖は鏡のように反射していた。
「ノクターンの鏡湖」
コハナがぽつりと話し始める。
「鏡のような湖面だから鏡湖。夜はもっと綺麗」
コハナの話を聞きながら湖面をのぞくと、自分が映っていた。
ポワポワと妖精の光が、自分の周りを囲っている。
「これ…だれ?」
そこには、見たことのない姿が映し出されていた。
明るいブラウンの髪は、金色にも見える。
大きな瞳はグリーングレー。鼻筋が通っていて、白い肌にそばかすがある。
「これ、私なの?」
おそるおそる湖面に触れると、波紋が広がった。
波紋が落ち着くと、また違う人が湖面に映る。
黒髪。整ってはいるのに、どこか印象が薄い顔立ち。派手さはない。
でも、不思議と見慣れた“自分”だった。
瞳はこげ茶色。
大きくもないのに、じっと見つめ返してくる。
「流美…。そうだ、わたしの名前は流美だ」
(自転車で転んで…それで…)
再び湖面に触れると、先ほどの西洋人のような姿に戻った。
「これは…ルシナ。そう!これも……わたし…」
(余計なこと言って捕まった…)
二つの人生の記憶が一気に押し寄せて、思わず顔を上げた。
そして後ずさる。息がうまく吸えない。
“だいじょうぶなのー”
“おちつくのー”
妖精たちが励ましてくれる。
それでも鼓動が速くなり、呼吸が荒くなる。
コハナが包み込むように、そっと手を握ってくれた。
その手は小さくて、温かくて、安心感をくれた。
「来た」
コハナが湖の中央に視線を投げながら呟いた。
湖の中央に、人影が見える。
「……人?……だれ?」
安心したのも束の間、湖面の変化に戸惑いが止まらない。
コハナはその人影を、無表情のまま見つめていた。
人影はまっすぐこちらを見つめている。
音もなく近づいてくるのに、水面には波紋ひとつ広がらない。
歩いているのか、浮いているのか
異様な存在感に、肌が粟立つ…。
迫ってくる…




