62: チョコクリームパンを新商品に!
“まち、おきたよー”
“まち、いこーよー”
“ちょこ、かってー”
ルシナとコハナが朝食を食べていると、妖精たちが口々に、“まち”と言い出した。
「町が起きた?」
ルシナが首を傾げると、妖精たちは“そーだよー”と、くるくる回りながら合唱している。
「それって、警戒体制が解除されたってことかな?」
“わかんなーい”
“でも、おみせ、はじまってるー”
「……お店が始まってる?コハナ、様子見に行ってみようか」
「……うん」
コハナは短く答えると、静かに身支度を始めた。
「カフェもパン屋も、再開してるのかな?」
“いってみれば、いいよー”
「そうだよね。私も準備しよっ」
ーーーー
ルシナとコハナが町の入り口に着くと、遠くから笑い声や荷車の音が聞こえ、町が動き出しているのを感じた。
「前より人通りは少ないけど……うん、町が起きたって感じがするね」
「うん」
コハナはずっと編み物をしていたせいか、久しぶりの町の姿に、目をぱちぱちとさせている。
編みかけのブランケットは、まだ完成までに時間が必要そうだった。
それでも、町に来れた事が嬉しいようで、コハナは、何を見るのにも目を細めていた。
黒い影は、まだ隅で燻っているようではあるが、町が止まる前と比べると、かなり少なくなっていた。
パン屋に着くと、ブレンダはコハナとルシナをまとめて抱きしめた。
「久しぶりだね……といっても、十日ほどだけど。体調は崩していないかい?」
ブレンダは少し涙ぐみながら、頬や腕に触れ、二人に変わったところがないか確かめていく。
「大丈夫……これ、ブレンダに」
コハナはバッグからネックウォーマーを取り出すと、ブレンダに差し出した。
「コハナ、くれるのかい?もしかして、手編み?」
コクリと頷くと、真っ直ぐにブレンダを見つめた。
「働かせてくれてるお礼がしたかった」
「そうかい。これから寒くなるから嬉しいよ。ありがとう」
ブレンダはネックウォーマーを受け取ると、もう一度、コハナをしっかりと抱きしめた。
「ブレンダさんも、お元気そうで良かったです」
「ルシナちゃん、ありがとう。休業中、新しいレシピを考えてたら、楽しくなってきてね。店をまわしながらだと、中々出来ないから、いい期間でもあったよ!」
ブレンダは、休業中の様子を振り返り、朗らかに笑う。
「ただ、オーブンの調子が悪くなってきてね……。コハナちゃん、見てくれるかい?妖精ちゃん達の機嫌を損ねちゃったかな?」
“えー、なんでもぼくたちのせいにしないでよー”
コハナのそばにいた妖精が、ふわりと店の中に入ると、すぐに戻ってきた。
“しさくひん、たべすぎた、だってー”
“なかま、よぶー?”
“ようせいれんめい、しゅーごー!”
一体の妖精が呼びかけると、どこから来たのか、たくさんの妖精が集まってきた。
“よーい、どーん”
“おーぶん、あたためるぞー”
“やりすぎないようにねー”
“パンごげちゃうのー”
“はっこうも、てつだうのー”
「えっ……急に増えた!」
「ん?何が増えたって?」
ルシナが次々と集まってくる妖精たちに驚いていると、ブレンダは不思議そうな顔で首を傾げる。
「オーブン、直った」
「え?まだ見てないのに?」
コハナの突然の宣言に、ブレンダはさらに困惑した表情を浮かべた。
「おかみさーん、オーブン、調子を取り戻しましたよ!」
店の奥から職人の声が響く。
「あらまぁ……。やっぱり妖精ちゃんの力なのかねぇ〜。コハナちゃんが来てくれると、妖精ちゃんたちが喜ぶみたいだね!」
ブレンダは「ちょっと待ってて」というと、店の奥に小走りで入り、数分もしないうちに戻ってきた。
手にはたくさんのパンが入ったカゴを抱えている。
「これ、試作品。良かったら食べて。セイラちゃんや、カイくんに配ってもいいから」
そう言って、ルシナにパンが山盛りに入ったカゴを渡す。
「コハナ、オーブンの調子が戻ったばかりでパンはまだ、焼けていないんだ。店を開けることは出来ないから、ルシナちゃんと一緒に、注文だけ聞いてきてくれるかい?」
ブレンダは顧客リストと発注書をコハナに渡すと、コハナはゆっくりと頷いた。
「ブレンダさん、ありがとうございます。みんなで食べますね!」
「試作品だから、気を使わないくていいからね。どれが気に入ったかだけ、教えてくれるかい?」
「わかりました!」
ルシナは、ブレンダに笑顔で手を振りながら、コハナと一緒に、薬草屋へ向かっていった。
ーーーーー
カイの薬草屋には、変わらずハーブの香りが漂っていた。
その香りが、どこか懐かしく感じる。
先客の姿はなく、カイはカウンターの中の椅子に座り、うつらうつらと舟を漕いでいた。
ルシナが声をかけようとすると、カイの頭の上にちょこんと座っていた世話焼き妖精が、ぽかんと、げんこつを落とした。
「ぬぉっ!……はっ!……あれ?ルシナ?」
カイは、ぴくりと身体を跳ねさせながら起きると、目を丸くしてルシナを見た。
「カイ……久しぶり!お疲れさま!」
「ルシナ、久しぶり!コハナも!元気そうで良かったよ」
「カイ、忙しかったんでしょ?大丈夫?」
「うん!忙しかったよ〜。他の店は、休業が多かったんだけど、うちの店は薬草屋だから休めなくってさ〜!混雑はしてたけど、そん時にみんな買っていったから、今はこの通り……暇になっちゃったよ!」
あっけらかんと笑いながら、カイはカウンターから出てくると、ルシナが抱えているパンに視線を向けた。
「カイ、これブレンダさんからのお裾分け。試作品だって。パンの感想を知りたがってたよ」
「うわ〜、うまそう〜。嬉しいな〜!!どれにしようかな〜♪」
抑揚をつけて選ぶカイに、思わず笑みがこぼれる。
「んー、これ!」
カイが選んだのは、クリームパンに似た形のパンだった。
「なんだろ〜。いただきます〜」
そう言うと、取ってすぐにかぶりついた。
「ん!これ、チョコクリームだ!うまい〜」
にんまりとしながら食べるカイを、頭の上に座っている世話焼き妖精が、じーっとチョコクリームの入ったパンを見つめている。
ルシナはカゴの中から同じものを見つけると、半分に割った。
その一つをコハナに渡す。
さらにもう半分を一口大に割ると、背中に手を回しながら、世話焼き妖精にそっと差し出し、小さくウィンクをした。
世話焼き妖精は目を輝かせながら、ルシナの背中に回り込む。
“かたじけない!”
“チョコクリームがうまいのー”
もしゃもしゃと、カイと同じように食べている。
残った二口分のチョコクリームパンを、ルシナは口に放り込むと、甘さと一緒に、幸せな気持ちが広がった。
「俺、このチョコクリームのパン好き!ブレンダさんに、また食べたいって伝えてくれる?」
「うん!もちろん。これ、美味しいよね」
“チョコクリーム、きにいった!”
世話焼き妖精も、気に入ったらしい。
(それにしても……妖精さんたちも、よく見ると個性があるんだな)
ルシナは、世話焼き妖精をじっと見つめる。
(この子は、ちょっと古風というか……武士っぽい?)
妖精は、じっと見つめられて恥ずかしかったのか、カイの背中に隠れてしまう。
「カイ、薬たくさん作った。ご褒美」
コハナはカゴの中のパンを、さらに選ぶようにすすめた。
「え!いいの?やった〜!!頑張った甲斐があったよ」
「カイ、そんなにたくさん薬作ったの?」
「まぁ〜ね〜。いろいろアイディアも浮かんだし、魔獣を弱らせるやつとか、心を落ち着かせるやつとか、眠れるやつとか。どれも効果があったみたいで、良かったよ」
「そうなんだ〜。町が動き出したのも、カイのおかげだね!」
「え〜俺だけじゃないよ〜。赤目の魔獣も倒されたし、人の噂が落ち着いたのも、領主様がコミュニケーションの制限をしたからじゃないかな〜。メンダヴォルの対策って、結局は小さな事だったりするんだよね〜」
カイはうきうきしながら、パンを選んでいる。
「でもさぁ〜。町の人、噂好きだけど、何でこんなにメンダヴォルが増えたんだろ?今までこんな事なかったんだけどな〜」
カイの指がパンの上を行ったり来たりする。
「よし!決めた!これと、これと、これ!」
カイは、カゴの中から三つ選ぶと、満面の笑みを浮かべた。
「メンダヴォルが増えた原因って分かっているの?」
「……調査中……じゃないかな?何かが起きてるのかもしれないけど、俺にどうこう出来る問題じゃないしね。とりあえず、魔獣も倒されたし、また、元の町に戻るよ!」
カイの笑顔に、ルシナはほっと一息ついた。
(また、カフェで働ける。私の居場所)
「そういえば、魔獣って自警団さんが倒したの?」
ルシナは、少しだけわくわくしながらカイに聞いた。
剣も槍も魔法も使いこなす彼らの姿が思い起こされた。
「……うん。そういうことになってるね」
「……そういうこと?」
「……うん。アンナにだけは、その話題は触れないであげてね〜」
カイは眉を八の字にして、どこか困ったように笑った。




