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崖上小屋で今日もハイヒールを眺めます  作者: 小原みん


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62: 見えない手柄

森の中に、木漏れ日が降り注ぎ、煌めいている。

なぜか今日は、空気が清々しく感じた。


鳥たちは穏やかにさえずり、気ままに過ごしている。


「……森の空気、変わった?」


アンナは自警団の仲間たちと共に森を捜索しながら、そう呟いた。


これまで、森の深部までの捜索は領主より禁じられていた。


今朝になり、捜索命令が出たことに、アンナはわずかな違和感を覚えていた。


深部の捜索を禁じたのは、森の主のテリトリーだからなのか——

それとも。


「……おい、あれを見ろ!」


仲間の一人が声を上げる。


そこには、十字に焼き切られた魔獣の残骸が、無造作に転がされていた。


「……これ、まさか……」


皆で周囲を警戒しながら近づくと、それは赤目の狼型の魔獣だった。


以前、フェスティバルで見た魔獣。

あの時よりもふた回りほど大きくなっていたが——間違いなかった。


「これって、あの赤目の狼型魔獣だよな……。デカくなってないか?」


「それだけ喰ったってことだろ……。行方不明者も出てる」


「誰が、こんなことを……」


「前にも、町の入り口で同じ魔法で倒された魔獣がいたよな」


「超絶イケメン……ってやつか?」


「超絶イケメンと言えば、領主様だけど、こんな魔法、使うか?」


「領主様じゃないだろ。あの人は忙しいし……。別のイケメンじゃね?」


自警団たちは、魔獣の残骸を前に、ざわめきを隠せなかった。


「……特務部隊」


アンナが、低く呟いた。


仲間たちの視線が、一斉にアンナへと向けられる。


「噂でしか聞いたことないけど……そういう人たち、本当にいたりして……」


思いがけず注目され、アンナは慌てて手を振った。


「……本当にいるのか?」


「いや、実在するか分からない、噂だしね」


「だが、これを見たら、そうとしか思えないよな」


「……よし。何はともあれ報告だ。頭だけは持って帰るぞ」


リーダーの呼びかけに頷き、自警団は町へと引き返していく。


あれほど、ざわめいていた森も、今はすっかり静まり返っていた。


赤目の魔獣の頭が、自警団の手で運ばれていく。


その様子を、影の奥からシヴァルが静かに見送っていた。


ふと、アンナは森の中を振り返る。


——そこには何もなかった。




ーーーー




自警団が町へ戻ると、変わらず閑散としており、人の往来もまばらだった。


魔獣の頭を見た町の人々は、驚きの表情を浮かべ、小声で囁き合い始める。


「自警団が倒したのか?」

「あれ、赤目の狼型魔獣か?」

「じゃあ……収束ってことか?」


自警団が魔獣の頭を持ち帰ったという話は、人がまばらな町にも関わらず、瞬く間に広がっていった。


すぐに検分が行われ、赤目の魔獣であることが確認された。


アンナは検分を待つ間、壁に寄りかかり、槍を抱えたまま森の様子を思い返していた。


静かな森。

鳥たちの警戒する鳴き声も、木々のざわめきもなかった。


以前は、森の入り口でさえ、何かに怯える気配があった。

そんな中、急遽出された森の深部までの捜索。


(……ただ、死骸を回収するために派遣されたわけじゃない)


「おい、アンナ……どうした?」


「いえ……なんでも」


魔獣の頭を睨みつけていたようで、近くにいた騎士が、ぎょっとした表情で声をかけてきた。


「しかし、よく倒せたよな……。周りに戦闘の跡もあったし、一撃では倒せなかったみたいだな……」


「ええ……でも、あれ……一人で倒していますよね」


「……アンナも思ったか?」


騎士の目が、わずかに鋭くなる。


「特務部隊……あながち、噂や伝説の類ではないのかもしれませんね。領主様は、誰が倒したかを公表するつもりなのでしょうか」


「わざわざ俺たちを向かわせたんだ。俺たちが止めを刺したことにするつもりだろう」


「それって……自警団、舐められてませんか!?」


アンナは、思わず騎士に不満をぶつけた。


「……お前もまだ若いな。組織ってのは、そういうもんだ。何せ、秘匿されている人物が動いている可能性がある。発言には気をつけろ」


騎士は、アンナの頭を軽く叩くと、他の団員のところへ向かっていく。


「さあ!赤目の魔獣は討伐された!まずは一杯、飲もうじゃないか!」


リーダーの呼びかけに、皆が賛同する。


アンナはその様子を、納得しきれないまま見つめていた。


領主への報告を伝書魔法で済ませると、酒場がまだ休業中のため、宿舎でささやかな飲み会が開かれた。


皆、赤目の魔獣を警戒し、気を張り続けていた。

また、森へふらりと向かう者を抑え、隔離することもあった。


それでも、何人かは喰われてしまった。


——自分が仕留める。

そう、意気込んでいた。


それなのに、自警団以外の誰かが倒し、その手柄が自警団のものになる。

その事実が、アンナのプライドを強く刺激していた。


アンナは「お先!」と短く挨拶をすると、逃げるように宿舎を出て、カイの薬草屋に走って向かった。



ーーーー



薬草屋では、カイが鼻歌を歌いながら片付けをしていた。


「派遣君がいた時は、歌いながらなんて出来なかったしなー。俺、一人の方が向いてるのかも」


そんな独り言を呟きながら、気の向くままに手を動かしていた。


カウンターを背に片付けを続け、ふと振り返る。


そこに、アンナが下を向いたまま、じっと立っていた。


「うぉっ!?……アンナ?」


カイは飛び跳ねるように驚くと、カウンターを回り込み、アンナの元へ駆け寄った。


「アンナ?どうした……?……泣いてんの?」


アンナは俯いたまま、ポタポタと涙を床に落とす。


「えっ……どうした、どうした……」


カイはアンナの周りで右往左往しながら、肩に触れるか迷うように手を彷徨わせている。


とんっ……。


アンナはカイの肩に顔を埋め、そのままぎゅっと抱きついた。

「私……くやしい……うぅ……」


カイは状況が分からないまま、それでもアンナを抱きしめると、背中をぽんぽんとあやすように叩いた。


「大丈夫……アンナは頑張ってるよ」

「……うぅ……」

「何があったか……話せる?温かいものでも飲もう」


カイはアンナをバックヤードへと連れていき、薬草屋の扉に『閉店』の札をかけた。


バックヤードのテーブルの前に、アンナはちょこんと座る。


カイは湯気の立つハーブティーを差し出した。


「……カイ、あのね……赤目の魔獣……討伐されたよ」

か細い声で、アンナはぽつりと話し始めた。


「それで……倒したの、私たちじゃないの……ただ、残骸を見つけただけ……」


アンナはハーブティーの入ったカップを両手で包むように持っていたが、口をつけようとはしなかった。


「……そっか。……自分で倒したかった?」

「……うん。それもあるけど……」


アンナはカイを真っ直ぐに見つめた。


「……誰が倒したかは、どうでも良いの。ただ、自分たちが倒していないのに、自分たちが倒したかのように思われるのが嫌なの!」


落ち着いてきた筈の涙が、再び溢れてくる。


「あんな魔物、倒せる技術も自分にはないし、それなのに……!残骸を持ち帰っただけなのに!領主様は、私達をどう扱うつもりでいるの?」


「そっか……そりゃモヤモヤするよな。自分の手柄にしろって言われるんだもんな」


「……うん。それにね、私たちのプライドとか、雑に扱われてる気がしたの」


「そっか……」

「みんなは、そんなもんだって」


カイはアンナを抱きしめると、その頭をゆっくりと撫でた。


カイの体温を感じている間に、アンナは少しずつ落ち着きを取り戻していった。


「カイ……ありがと。もう、大丈夫」


アンナはカイの体をそっと離すと、ハーブティーを一口、口に含んだ。


「……アンナ、魔獣の討伐にアンナも一役買ってるかもよ?」


カイはアンナの向かいの椅子に座ると、片目を閉じ、人差し指を立てた。


「どういうこと?」


「前に、薬草を取りに行ったろ?」


アンナは首を傾げながら、カイを見つめて続きを促す。


「その時に採った薬草で、魔獣を弱らせる薬を作ったんだ!」


「……?それが、どう私と関係してるの?」


「でさ、その薬を買っていった奴がいたんだよ!」


「それって……!」


「そう。そいつか、その関係者が倒したんじゃないかな〜?」


「でも……私はカイについていっただけだよ?」


カイはハーブティーを一口飲むと、棚から鮮やかな緑色の薬草を取り出し、テーブルに置いた。


「その薬草の一つはさ、アンナが『コレきれいな緑色だね』って言って、ついでに採ったやつだったんだ」


指先でトントンと薬草を叩く。


「コレがなかったら、今も魔獣は生きていたかもしれない。犠牲者がもっといたかもしれない」


アンナの目が大きく広がる。


「……あぁ……私、成果だけ見てた……。犠牲者を増やさずに済んだ……それで良かったのに……」


「うん……そうかもね。でもさ、アンナの力もちゃんと役に立ってたと思うよ?……まあ、俺の天才的な調合あってこそだけどねっ」


ははっとカイは明るく笑うと、ハーブティーをぐいっと飲んだ。


「やっぱ、甘いもの欲しいな……えっと、確かここに……あった!」


カイはアンナにチョコレートを差し出す。


「なんか、買っとかなきゃいけない気がしてさー。……あれ?ちょっと減ってる?おっかしーなー」


カイはぽりぽりと頭を掻きながら、アンナを見つめる。


「妖精のイタズラかなー。まっいっか!コレ食べて元気だしなよ」


「……ありがと」


「どーいたしまして」


「ねぇ、今日泊まっていってもいい?自警団のみんな、朝まで飲むと思うんだ」


「もちろん」


カイはゆっくりと笑い、アンナの頭を軽く撫でた。

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