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崖上小屋で今日もハイヒールを眺めます  作者: 小原みん


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56: カフェ休業とノアの行方

コハナがブレンダからたくさんのパンを貰って帰ってから、数日が経った。


その間に、町の空気は少しずつ変わっていった。


町の人通りは少なく、カフェの客もまばらな状態が続いている。


いつもなら聞こえる笑い声も、今はどこか遠い。



領主からの発令は、未だ無く対応が遅いと町の人から不満の声が聞こえ始めた。


皆、自主的に不用不急の外出を避けており、ご近所付き合いもあまりしていないようだった。


ただ、カイの薬草屋だけは、買い込む人が増えたため、急遽、王都より人員の派遣があった。


「派遣……助けるんだけどさ……、自由に出来ないのって、つらっ……」


カイは、そう言うと、力なく笑う。


一度だけ、愚痴を吐きにカフェに来たが、忙しいらしく、それ以来、顔を見ていない。


「なんか、この状況が当たり前に……なっていくんでしょうか」


ルシナは、セイラに訊ねたが、曖昧な表情で返されるだけだった。


働く時間を短くし働き続けていたが、

ついに……今日、発令が出てしまった。


ーー発令ーー


メンダヴォルの発生を確認した。


以下に、メンダヴォルの特性を記す。


■伝播特性

以下の状態において、伝播率の上昇が確認されている。


・過度の執着

・強い断罪欲求

・集団的興奮

・情報過多状態

・恐怖の連鎖環境


年齢・性別・身分による耐性差は確認されていない。


一定期間、周囲とのコミュニケーションを制限することで、沈静化されることが、論文にて報告されている。



上記を踏まえ、以下の通達を行う。


・噂話および不確定情報の拡散を禁ずる

・不要不急の外出を控え、自宅待機を推奨する

・複数人での長時間の会話を制限する


なお、日常生活に必要な外出は、これを妨げない。


また、魔獣との共鳴反応が確認されていることから、人を襲った赤い目の狼型魔獣の討伐をもって終息とする。


状況に応じて、本発令は解除されるものとする。


なお、本発令に違反した者については、

魔獣に襲われる危険性が極めて高いと判断される。


領主、及び自警団は、当該事案に対する救助を行わないものとする。


以上


ーーーー


「セイラさん……これって……」


(襲われても……見捨てるってこと……?)


発令は、手紙で各家庭や店に配布された。


郵便屋のマーリンは、くるくるした髪を帽子に押し込みながら、慌ただしく町を走り回っている。


だが、その表情にはどこか余裕がなく、配る手も、わずかに震えていた。


「セイラさん、なんだか大変なことになってきましたね……。あ、ファンレターも届いていますので、少しでも息抜きになればいいんですが……。では、私はこれで!」


マーリンは、一軒一軒に声をかけながら配達しているようで、その人柄の良さが滲み出ていた。


けれど、その背中はどこか落ち着かず、次の家へと急ぐ足取りは、わずかに速い。


「つまり……自己責任、ということね。領主様は、自警団の命も守りたいんでしょう……」


セイラは数枚のファンレターの封筒を、一枚ずつ指でなぞりながら、ルシナを横目で見た。


豪奢な封筒、シンプルな封筒、そして——

パステルカラーの封筒。


花のスタンプに、星が三つ。

さらに、ハートが一つ、書き足されている。


『りーちゃん』からの封筒のスタンプとイラストを見ると、セイラはほんのわずかに、表情を緩めた。


(りーちゃんからのファンレター……セイラさん、大切にしているんだな……。マーリンさんの言う通り、息抜きになっているのかも)


ルシナは、セイラの変化に気づき、そっと微笑んだ。


「ルシナ……。お店は休業よ。申し訳ないけど……」


予測していたはずなのに、突きつけられた現実に、ぐらりと視界が揺れた気がした。


「……魔獣が討伐されるまでだから。ここは無くならないわ。安心して」


セイラは、ルシナを優しく抱きしめ、そっと頭を撫でる。


「……はい……。早く解除されるといいですね」


「そうね……。案外、早く終わるかもしれないわよ?」


「へっ?」


セイラは妖艶に微笑みながら、ファンレターを軽く振り、バックヤードへと入っていく。


「セイラさーん、何でわかるんですかー?」


ルシナが問いかけても、返事はない。


ただ、扉の向こうで、かすかに笑った気配だけが残った。


その時――


カフェの扉が開く。


コハナが、バゲットを数本抱えて立っていた。


「パン屋、休業。ブレンダにバゲット、いっぱい貰った」


無表情のままルシナを見つめ、無言で一本差し出す。


「パン屋も休業かぁ……。ブレンダさん、バゲットって日持ちするからかな?」


コハナは、ゆっくりと頷く。


それから、バックヤードの扉を小さくノックした。


扉が開き、セイラが顔を出す。


コハナは何も言わず、すっと一本差し出した。


「……ブレンダにいっぱい貰った」


「コハナ……。ありがとう」


セイラが微笑むと、コハナは満足したように小さく頷き、ルシナの元へ戻ってくる。


「ルキにも」


「そうだね、ルキにもあげよう」


ルシナはコハナの持っているパンを数本受け取ると、ルキの店へと向かった。


店に着くなり、コハナはルキにずいっとバゲットを差し出す。

「コハナ、ありがとう」

ルキが目線を合わせて礼を言うと、コハナは満足そうに頷く。

「ずっと送ってくれた……危険なのに。いつもありがとう」

コハナなりに、礼をしたかったようだった。


そして、ルキの店にも発令が届いたようで、すぐに閉店を決めたそうだ。


「まぁ……靴も不要不急だしな。新しく作っても、履いて行く場所がなければ……な」


ルキも、どこか元気がない。


「でもこれで、集中してボルドーのハイヒールを作れる。予定よりも早く出来そうだ」


そう言って、ルキはルシナを見つめて微笑んだ。


『ハイヒールが出来上がったら、ルキをダンスに誘いなさいな』


セイラの声が、ふと頭をよぎる。


ダンスに誘う……。


(むきゃー……誘う?誘う?誘っちゃう?)


胸が、どくどくと音を立てる。


ルシナはその高鳴りを押さえ込むように、ぎゅっと手を握りしめた。


そして、ルキを見つめ返す。


「……よろしくお願いします」


小さな声だったが、確かにそう呟いた


「崖下まで送るよ」


ルキはそう言うと、腰に剣を装備し、崖下まで二人を送った。


特に異変はなく、いつもと変わらない道。


ただ――風の音だけが、やけに静かだった。



ーーーーー



崖上小屋に戻ると、すぐに、コハナとフーは地下で昼寝をしてしまった。


ルシナは、少しだけ外の空気を吸おうと外へ出て、深呼吸をする。


その時――


「うぉっ……なんだよ、出くわしちまったじゃねーか」


「こいつの顔見たら、消されるんだろ?」


「お前っ、何言ってんだよ」


「だってよ……接触不可!って、キツく言われたぜ?」


「そうだけどよー。流石に顔見ただけで消されねーって。お前もいい加減だな〜」


「ノア隊長ですら、消されただろ?」


「あの人はさ……上に意見して……消されたんじゃねーか?なんか言ってたし」


「あーあ、天下の隊長様でも消されるのか……この国、やっばいよなー」


「まっ、俺らは言われたことだけやってりゃいいんだよ」


「ぎゃはは。違わねーや」


ガラの悪い声。

無造作に伸びた髭。


男たちは、ちらりとルシナに視線を向ける。


(忘れもしない……こいつらだ)


(私を、ここまで運んできた奴ら――)


「じゃ嬢ちゃん、荷物は置いといたからな」


「ノア隊長も気にかけてたみたいだけど……残念だったなー」


「かわいそーだなー。じゃあなー」


モーヴェ達は、下品な笑いを浮かべながら遠ざかっていく。


その笑い声だけが、しばらく耳に残った。


妖精たちが、ぷんすこ、ぷんすこと怒りながら後を追う。


“思いっきり転ばせようぜー”

“““さんせー!!”””


妖精たちの声が、次第に遠ざかっていく。


ルシナは、その場に立ち尽くしたまま、動けなかった。


(ノアさんが……消された……?)


妖精たちのいないその場所は――


やけに、静かだった。

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