55: 常連客マージの考察とセイラの思惑
セイラが予測した通り、客足は少なく、賑やかなランチタイムでも人はまばらだった。
常連の男性客は、サンドイッチとコーヒーを注文し、セイラに話しかけている。
「自警団が不要不急の外出は控えるように、と言ってたが、皆そうしているみたいだな」
「えぇ……。いつもよりも、来てくれる人は少ないわね。カフェなんて、不要不急の用事にはならないものね……」
「セイラちゃんの顔をみるのは、俺の必要な用事だよ」
男性客は、キリリと斜め四十五度の角度でセイラを見つめる。
「ふふふ……。ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいわ」
セイラは妖艶な笑みで返すと、男性客はだらしなく鼻の下を伸ばした。
「マージさん、酒場は今日、営業するのかしら?昨日は営業してた?」
セイラは身を乗り出して、大きな瞳で見つめる。
「あぁしてたよ……。今日は分からねーな。何せ、喰われたんだろ?」
常連客のマージは声をひそめて続ける。
「なんでも、喰われたやつ、隣国の買い占めとか横流しとかの噂にどっぷりハマってたみたいでな……。最初は皆、面白がって聞いていたんだけどよ、ミュリーの噂は良くなかった!」
話をしているうちに、マージのひそめていた声が徐々に大きくなってくる。
「俺ぁ、ミュリーちゃんもファンなんだけどよ、あの子が横流しとかする訳ないじゃろうに!!皆、口々に喰われたやつが、横流ししていたんじゃないか、スケープゴートにミュリーを利用したんじゃないかって、言ってたよ」
「そうだったの……酷い話ね」
「あぁ……ただ、魔獣に喰われちまったんだから、目覚めわりぃーよな」
ルシナは二人の会話を聞いて、メンダヴォルの伝承を思い出した。
『メンダヴォルが来るぞ。
火をつけに来るぞ。
大人も子どもも連れてくぞ。
メンダヴォルは仲間を増やすぞ
仲間同士で争うぞ
残るのは心を無くした人間ぞ
メンダヴォルの後には燃えかすぞ
見えぬ火は広がるぞ
残るのは心を無くした人間ぞ』
『心を無くした人間』
これがヴォル化……。
火をつけるーー
燃えるーー
(黒い火……。伝承の通りなんだ……)
(広がるのは……噂のこと?)
ミュリーは、この伝承の事を、何て言っていたかーー
『過剰に何かに執着したり、暴こうとしたり、騒ぎ立てると寄ってくる』
(そう、言っていた気がする……)
噂、誹謗中傷……。
誰かが傷つき、追い詰められるーー。
(メンダヴォルは、人の心にいる?)
(あの影は……)
「……シナ、……ルシナ!」
セイラの呼びかけに、ルシナはハッとした。
「はっはい!すいません、なんですか?」
「何か気になる事でもあった?」
セイラは心配そうな表情でルシナを見つめる。
「ルシナちゃん、大丈夫かい?」
マージも心配そうだ。
「大丈夫ですよ!ちょっとメンダヴォルの伝承を思い出しちゃって……」
ルシナは手をぶんぶん振りながら、笑顔を見せると、二人は納得した表情で頷いた。
「あぁ、伝承通りだな。火というのは分からんけど、心を無くした人間……ってのは、なんとなくわかる気がするな」
マージはコーヒーを一口飲み、何かを思い出すように天井を見つめた。
「そういや、赤目の狼だって言ってたけどよ、狼って青目じゃなかったか?森の主は青い目だったはず……。赤目の狼は新参者……か?」
「マージさん!それ初耳!なになに?私に教えてくれないかしら?」
セイラが目を輝かせてマージを見つめると、マージは得意気な顔になった。
「いや〜!そんなに、セイラちゃんにお願いされたら、教えちゃうしかないよなっ」
マージは、急に足を組み始め、両手を頭の後ろに置いて話し出した。
「森には昔っから主がいるんだとよ。俺も見かけた事があるんだけどな……大きくて、艶のある黒い毛に、きれいな青い瞳でさぁ。
何でも、森の魔獣達を仕切ってるらしいんだ。話を聞いていれば、喰った魔獣は、赤い目だっていうじゃないか……。赤い目のやつが、力を持てば勢力図が変わるかもしれないな……」
マージは目を細めながら、考察する。
「ヴォル化した人間を喰えば、強くなる……。自警団では対処出来なくなるのかしら?」
セイラは首を傾げてマージを見つめた。
「かーっ!セイラちゃんかわいいなー」
マージの鼻の下が伸びていく。
「あぁ……すまん、すまん!ごほんっ。そうだなぁ、自警団が束になっても犠牲は出るだろうなぁ……知らんけど」
マージは足を組み直し、頭の後ろに置いた手を下ろすと、明るく笑った。
「まっ、どっちにしろ、そろそろ領主様が動き出すだろう。自警団が伝書魔法で文を送ったらしいし。超絶イケメン領主様の力量は如何に!!」
マージはセイラに銅貨を数枚渡すと、店の扉へ向かった。
「そろそろ帰らなきゃ、かみさんが心配する……いや、しないか。あははは!じゃあ、セイラちゃんも、ルシナちゃんも気をつけてな!」
マージは颯爽と店を出ると、軽く周囲を見渡してから歩きだした。
「ありがとうございました!マージさんもお気をつけて!」
ルシナが声をかけると、マージは振り返らずに手だけ振って応えてくれた。
「領主様の力量……ね」
セイラは爪を弾きながらつぶやいた。
マージが帰ってから、数人程度、お客さんは来たが、いつもと比べれば少なく、話も弾まないようで、直ぐ帰っていった。
「商売上がったりね……。ルシナ、今日はもう締めましょうか。外が明るいうちに帰った方がいいでしょう」
「セイラさん、明日も来てもいいですか?カフェ、お休みにならないですよね?」
ルシナは、少しうつむきながら、セイラの様子を伺う。
「こればっかりはね……。魔獣の話も出ているし、超絶イケメンの領主様……?の判断もあるでしょうから……」
セイラは、ルシナの身を案じていっているのだが、ルシナは不安そうだ。
「……ふぅ。しょうがないわね、正式な発令が出るまでは、出勤していいわよ」
セイラは、ため息混じりに笑いながら、ルシナの頭を撫でる。
「ここは、無くならないわ。安心して……。
今日はもう帰りなさい。ルキの店に寄って、送って貰いなさいな。きっと暇してるから」
「はい……。ありがとうございます。ルキのお店に行きますね。コハナも帰れますかね」
「ブレンダさんの事だから、ルキとルシナを見たら帰りなさいって言うわよ。きっと、たんまりパンを持たされるんじゃないかしら?」
セイラは、くすくすと笑いながらルシナを店の外まで見送る。
「セイラさんも、お気をつけて。お先に失礼します」
ルシナは、ペコリとお辞儀をすると、ルキの店へと向かっていった。
「超絶イケメンの領主様?……早く、この町をどうにかして」
セイラのつぶやきは、カフェの中にぽとりと落ちていった。
ルシナがルキの店に行くと、ルキは直ぐに送ると言ってくれた。
ルキの腰には、剣が装備されている。
「ルキ……剣?」
「念の為……。一応、自警団の訓練は受けたことあるんだ……」
ルシナが、ルキの腰を見つめながら聞くと、ルキは、頬を掻き、空を見上げながら、ぽつりと答えた
「ルキ、剣使えるんだね!かっこいい!」
「いや……かっこよくなんかないさ。誰かを、何かを、傷付けることに慣れなくてね。でも、ルシナにかっこいいって言われるのは、悪くないな」
ルキは、ふわりと笑うとルシナを見つめる。
「さぁ、コハナを迎えに行こう」
ルキが静かに腕を差し出すと、顔を真っ赤にしたルシナは手をそっと添える。
パン屋に着くと、セイラの言っていた通り、ブレンダは、日が高いうちに帰りなさいと、コハナを送り出した。
きっと売れ残るだろうからと、大量のパンと共にーー。




