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崖上小屋で今日もハイヒールを眺めます  作者: 小原みん


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54: 日常の終わり

『お先に失礼します!!』


バックヤードの扉越しに、ルシナの声が聞こえる。

セイラは「はーい」と、少し大きめの声で返すと、再び机の上のファンレターを眺めた。


パステルカラーの封筒。

ウサギや花のスタンプが押してあるファンレターは、『りーちゃん』からのものだ。


りーちゃんからのファンレターは、圧倒的に数が多く、セイラが唯一、返信を書いている。


1番新しいファンレターには、花のスタンプに星が3つ書き足されている。


セイラは、手紙の内容をもう一度読んでから、返信を書く。


少し悩みながら、伝えたいことを分かりやすく書き、淡いピンク色の封筒にしまう。


セイラは封筒に、花とウサギのイラストをスラスラと描き、封をした。


紅茶を一口飲み、そっと息をつく。

大きな目を一度閉じてから、天井を仰いだ。


(お兄様……この町をなんとかして)


爪を弾きながら、しばらく思案する。


やがて気を取り直すように、机の書類に手を伸ばした。

経営の事務作業がまだ残っている。


外は静かで、少し不気味だった。




ーーーー



ルシナとコハナが小屋に帰ると、フーが尻尾を振って出迎えてくれる。


“おかえりーなのー”

“ふーといっぱいあそんだのー”


妖精たちは、フーと一緒にお留守番をしてくれる。


フーのおもちゃが小屋中に散らばっている。

たくさん遊んで、さぞ楽しかったのだろう。


“ねー、ちょこっておいしーの?”

“ちょこたべたいー”


最近、妖精たちの中で、チョコレートがブームらしい。

ルキの店の妖精も、チョコレートが好きなようで、ルキは妖精が食べていることを知ってから、いつでも食べられるように机の上に置いていた。


「犬、チョコダメ」

コハナが短くいうと、妖精たちに手渡しでチョコチップクッキーを渡す。


“えー!ふー、ちょこたべられないのー?”

“かわいそうなのー”


「かわいそうでも、フーちゃんにはあげないでね」


ルシナは笑いながら、妖精たちに注意をする。それにしても……


「コハナ、妖精用にチョコチップクッキー買ってきたの?」


今まで、買ってこなかったチョコレート入りのクッキー。パン屋で販売していたのを思い出した。


「うん。妖精たち、食べたがってた。いつもフーとお留守番してくれたから」


チョコチップクッキーをこぼさないように、妖精たちはテーブルの上で、もしゃもしゃと食べている。


少しでもおこぼれをもらおうと、うろつくフーに、鶏肉を差し出すと、フーはふがふがと鼻を鳴らしながら食べ始めた。


「うふふふ」


ルシナは、カイがホットサンドをふがふが言いながら食べる姿が浮かび声が漏れる。


「?」

コハナがチラリとルシナを見たが、興味がないらしく夕食作りを始めた。



ーーーー


翌朝、コハナとルシナが町につくと人通りがやけに少なかった。


コハナはパン屋へ、ルシナはカフェへ向かう。


カフェの近くの広場に、数人集まって誰かを囲んでいる。

その中には、自警団のアンナの姿も見えた。


囲まれた中年の男性は、ガタガタと震えて座り込んでいた。


「……。あいつ、魔獣に喰われちまった……。赤い目の大きな狼の魔獣に……」


「喰われただって?なんでまた、あいつは見てるだけで襲わないって噂じゃないか」


初老の男性が肩にそっと手を置きながら、声をかけた。


「あいつ……ふらふらと魔獣の方に向かっていったんだ」


ポツリと呟く。

思い出しただけでも恐ろしいのか、体が細かく震えていた。


「少し前からおかしくなっちまって。なにかぶつぶつ呟いたり、急に腕を振って暴れたり……。ついには、何も喋らず、視線も合わなかった……。ふらりと街道の方に向かって、止めても聞いてもらえなかった……」


中年の男性は、声をかけてくれた初老の男性の腕を掴むと、涙を流しながら話を続けた。


「俺、止めようと着いて行ったんだ!そしたら、狼の魔獣がいて……。魔獣の奴、嗤ったんだ……」


そして、そのまま連れて行かれた……。と中年の男性は俯いたまま、なにも喋らなくなった。


周りの空気が一気に静まる。


「状況が確認出来るまで、皆、不要不急の外出は避けてくれ私たちも見回りをするが、人の数が少ない方がいい!」


アンナは張りのある声を上げて、集まっている人に呼びかける。


「そうだな……。今は大人しく家にいた方が良さそうだ」


次々と、町の人がその場から離れて行く。


「あら?ルシナ。あなたも外をあまり出ない方がいいわ。セイラとも相談してみて!」


そういうと、足早に何処かへ向かって行った。


(ミュリーさんがおかしくなってしまった時と似ている?……メンダヴォル関連なのかしら)


ルシナは背中がゾクリとした。


町の人もまばらになり、ルシナもカフェへと向かう。


震えていた中年の男性は、初老の男性に支えてもらいながら家に向かって行った。



ーーーー



ルシナがカフェの扉を開けると、コーヒーの香りが広がり、ルシナは安堵感を覚えた。


セイラは早くから開店準備をしていたようで、すでにコーヒーが入れられていた。


「おはようございます」


「おはよう。今日は早めに準備しちゃってね。開店前にコーヒーでも飲む?」


セイラの提案は嬉しかった。

広場でのことを相談したかったからだ。


「ありがとうございます。いただきます」


カウンターの席に座ると、セイラはコーヒーを置く。


「セイラさん、町の人がひとり、魔獣に喰われたみたいなんです。アンナさんが、不要不急の外出は控えろって……」


「そう……。カフェも人が来なくなるでしょうね……」


セイラは爪を弾きながら、うつむいて考え込んだ。


「自警団が動くなら、正式な発令も出るでしょうから今日はこのまま営業はしましょう。

今日も帰りはルキに送って貰いなさい」


「はい……。分かりました」


(私の居場所……なくなるのかな……)


ルシナは、言いようのない不安と寂しさに心が沈むのを感じた。


心の中で、ボルドーのハイヒールを思い浮かべた。


(前向きに……。大丈夫。きっとなんとかなる)


ルシナは気持ちを切り替えて、いつも通りカフェの仕事に取り掛かった。

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