53: 夕暮れ前の帰り道
カフェの清掃が終わると、セイラは店を閉じた。
「ルシナ、お疲れさま!
外はいろいろと物騒だけど、大丈夫かしら?」
エプロンを外しながら、心配そうな表情でルシナを見つめた。
「はい……帰り道は、コハナも一緒ですし、ルキが……送ってくれるって……」
「あら、いいわね!そうよ、送ってもらいなさい。ルキもやるわね」
手をモジモジと動かしながら答えるが、徐々に声が小さくなっていくルシナをセイラは、穏やかな微笑みを浮かべながら見ていると、カフェの扉が開いた。
「今日の営業は終わりかな。ルシナを送りにきたんだけど……」
やたらと姿勢のいいルキが、長い足で歩きながら店内に入ってきた。
「あら、ルキ。お疲れ様。ちゃんと送り届けるのよ。その方が私も安心するわ」
セイラはルキを明るい笑顔で迎えると、
「あとは、よろしくね」とだけ言い残し、事務作業をするために、バックヤードに入っていく。
バックヤードに入る前に、チラッとルシナとルキに視線を送る。
その表情は、温かく見守っているようにも、冷たく成り行きを観察するようにも見えた。セイラが、バックヤードの扉を静かに閉めると、カフェの店内は二人だけになる。
ルシナは、手をモジモジさせながら、少しだけ赤らめた顔を上げ、ルキの顔を見る。
「ルキ、ありがとう。コハナも安心すると思う。あの子、あまり不安だとか、これからが心配だとか言わないから、見ててあげなきゃ」
「あぁ……そうだな。俺じゃ頼りにならないかも知れないけど、守りたい……と思っている。もちろん、二人とも」
その表情はどこか哀愁を帯びていたが、真面目な顔だった。
『ルキの顔を見ると、ホッとする?それとも、ドキドキして顔も見られない?』
ルシナの脳裏に、セイラから言われた言葉が繰り返される。
(……セイラさん、やっぱり、どっちもです!)
「やっぱり今日は、体調が悪いんじゃないか?顔が赤い」
ルキは一歩近づくと、そっと手の甲をルシナの頬に当てる。
「ぴゃぁ」
革の匂いがふわりと漂い、頬にルキの体温を感じた瞬間、ルシナの体がピクッと跳ねると、ルキは慌てて手を引いた。
行き場をなくした手が、宙を彷徨う。
「あっ……ごめん」
「あの……ちょっとびっくりしただけ……というか、その……意識しちゃって……みんな、いろいろ言うから……」
『意識しちゃって……』
本音がつい、出てしまったーー。
ルシナは、この恋心が伝わってしまったのではないか。
内心焦らながら、ルキの反応を見る。
「みんながいろいろ言うって?……何か嫌なことでも言われた?」
ルキは周囲を警戒するように視線を漂わせてから、ルシナを心配そうに見つめた。
「えっ?……えっ?」
ルキの予想外の質問に、ルシナは目が点になる。
「あっ……あの。嫌なことではなくて……えっと……ただ揶揄われただけなので……。えっと…」
言葉がうまく出てこない。
(セイラさーん!!ルキさん、分かりやすいですか?なんか、天然なの?)
ルシナはバックヤードの扉を見つめたが、扉が開くことはなかった。
ルシナは軽く息を整えると、真っ直ぐにルキを見つめた。
「ルキ、大丈夫だよ。嫌なことも言われてないし、今日も楽しく仕事出来たよ!」
「そうか……なら良かった」
ほっとしたような表情で、軽くため息をつくルキをルシナはポカンと見つめた。
(やっぱり、ルキって天然?というよりも、不器用なのかも……って私が言うのも何だけど)
(ん?これって伝えたくても、伝わらないってこと?)
ルシナの頭の中は、?マークが3つくらい浮かんでいる。
それを打ち消すように、頭をぶんぶん振るう。
「ルキ、コハナを迎えに行こっ!」
ルシナはルキの手を引くと、セイラに聞こえるように、少し大きめの声で「お先に失礼します!!」と呼びかけた。
バックヤードの扉越しに「はーい」と声だけが帰ってきたのを確認すると、ルシナはカフェを出た。
ーーーー
日暮れ前の穏やかな風が吹いている。
いつもはルキの腕にルシナが手を添えて歩くが、今日は手を繋いでいた。
いつもより少しだけ距離があるが、手のひらから伝わる熱は暖かかった。
町の人はまばらになる時間がいつもより早く、自警団の姿の方が目立っていた。
噂や魔獣が出たことが影響しているらしい。
巡回をしている自警団の中には、アンナの姿もあり、ルシナとルキを見つけると笑顔で手を振ってくれる。
「アンナさん!お疲れ様ー!」
「ルシナ!お疲れ様!気をつけて帰ってね!」
アンナはニヤリと笑って、ルキに向かって口パクで何かを言うと、ルキはゆっくりと頷いた。
ルキの手の力が僅かに強くなり、しっかりと手を繋ぎ止めようとしていた。
ーーーー
ゆっくりとしたペースでたわいもない話をしていると、
パン屋の前までたどり着いた。
丁度コハナが出てきたところだった。
「コハナ!一緒に帰ろう。ルキが途中まで送ってくれるって」
ルシナが声をかけると、コハナはじーっとルキを見つめて、ゆっくりと頷いた。
「わかった」
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町の入り口の街道まで出ると、魔獣の残骸は片付けられており、いつもと変わらない風景だった。
コハナが、街道の先を見ると、ふらりふらりと歩く人影が見えた。その姿に気付いたのは、コハナだけ。
コハナは、そっと指で銀の腕輪をなぞるように触れると、無表情に人影を見送った。
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崖下まで、ルキは送ってくれた。
まだ日は暮れていないものの、僅かに警戒と緊張が残る。
「コハナはどうやって崖上まで行ってるんだ?一緒に暮らしてるんだよね」
ルキはコハナに問いかける。
「ルシナ、言った?」
コハナは、探るような視線をルシナに向けた。
「ううん。コハナの道は言ってないよ。私が飛べることは伝えたけど」
「そう」
コハナは短く答えると、滑り台ルートへとルキを案内した。
「ここ」
滑り台ルートに続く、隠された扉を指差す。
「こんなところに扉?」
ルキがつぶやくと、コハナは扉を開ける。
「これは……なんだ?」
ルキは不思議そうに滑り台を見上げた。
「コハナはここを滑り降りたり、登って逆走して行き来しているの。コハナみたいに小柄で軽くないと登れないんだけどね」
「あぁ。これは俺には登れないな。上級魔法使いなら……あるいは……」
ルキは目を細めて考え込む。
「俺に教えて良かったのか?ここは秘匿しておいた方が良さそうだな」
「教えたかった」
コハナはルキをじっと見つめる。
無表情のままだったが、ルキを信頼していることは伝わった。
「私も明るいうちは、この中を、飛んで移動しているの。あまり、飛んでいる姿を見られない方がいい気がして」
「あぁ。その方がいいと思う。ただ、逃げないといけない時は、構わず飛んで逃げてくれ」
「うん。わかった。ルキ、ありがとう」
ルシナは安心したように微笑むと、繋いでいた手をゆっくりと離した。
ルシナとルキが別れを惜しむように見つめ合っている後ろで、コハナはいつも通り、無表情で「よいしょ、よいしょ」と言いながら、滑り台を、逆走していた。
「うん……これは俺には登れない」
再度、確認するようにルキは呟いた。
じゃあまた明日、と別れるとルキは周囲を警戒しながら扉を出る。
外は日が暮れ始め、赤く染まり出している。
ルキが町の入り口に着くと、赤い目の大型の狼がこちらを見ていた。
(赤い目……。青い目の奴と別個体か?大型の狼の魔獣は二体いる!)
ルキがそう思った時には、赤い目の狼は去っていた。




