52: 天才!カイのおやつ事情
休憩も終わり、ルシナは大きく伸びをした。
形の悪いパンケーキの味はよく、ペロリと食べてしまった。
お腹も膨れ、少しだけ眠気が襲う。
「ふへぇ……」
ルシナは欠伸を我慢しようとして、変な顔になる。
セイラは思わず笑ってしまった。
セイラの妹も、よく同じように欠伸を我慢して、変顔になっていた。
「さあ、休憩は終わり!お客さんを迎えましょう」
「はい!」
はきはきとした、セイラの一声でカフェは再び動き出した。
休憩終わりは、ティータイムと重なり、再び賑やかになる。
噂話は相変わらずではあるが、マダムたちが多いからか、もっぱら超絶イケメンが魔獣を倒した話で盛り上がっている。
ルシナはセイラをチラリと見る。
ダークブラウンの髪に、大きな瞳。
肌は白く美しい。
形のいい唇や、どこか気品のある話し方。
セイラが好きになる人って、どんな人なんだろうと興味が湧く。
(きっと、超絶イケメンなんだろうなー)
セイラがルシナの視線に気付き、首を傾げている。
(首を傾げるセイラさん……うちゅくしい)
「ルシナ?何かしら?」
「あの……いえ…。セイラさん、きれいだなって思って…。見惚れてました」
顔を赤らめながら、ルシナは俯いた。
セイラは、一瞬ぽかんとしていたが、すぐに妖艶な笑みを浮かべた
「ふふ……。ありがとう」
「あの……セイラさんには好きな人いるんですか?」
ルシナの突飛な質問にも、セイラは笑って答える。
「今は仕事かしら……。周りに恋をするような相手もいないし……」
二人の会話を聞いていた男性客が、急に姿勢を正し、ちらちらとセイラを見る。
「セイラさん、噂の超絶イケメンとか気になりませんか?」
ルシナはセイラの隣に超絶イケメンがいたら、絵になるだろうなーと思い浮かべる。
「超絶イケメンねぇ……。あまり興味ないわね。要は心よ!心!感情が分かりやすい方がいいわよ。絶対!」
珍しく、熱の入った声にルシナは驚いた。
(超絶イケメンと何かあったのかな?)
「そっそうなんですね」
(セイラさん程の美人なら、引くて数多だろうに。ファンも多いし……アイドル的な?)
「ルシナ、ルキは分かりやすいと思うわよ?」
「!!……セイラさん。ずるいです」
ふふとセイラは笑い、コーヒーを入れる。
「さ、これをお客さまに運んでくれる?」
ルシナはセイラから、コーヒーを受け取ると、客席へ運んだ。
「ルシナちゃん、ルキくんといい感じなの?」
「フェスティバルの時も並んで歩いてたよね?」
マダムたちは、微笑みながらルシナの恋の行方に探りを入れる。
「この間も腕組んで歩いてたの、見たわよー」
マダムの目が輝いている。
「ルキくんは、超絶イケメン……ではないけど、おばちゃんは、かっこいいと思うなー」
「私もあと20歳若ければねー」
「あなたが20歳若くても、見向きもされないわよ!」
「それもそうね!あははは!」
ルシナは、マダムたちの勢いに押されつつ、なんとか愛想笑いをしてその場を離れた。
「町公認カップルね。おめでとう。ふふふ」
セイラは揶揄うように笑った。
ルシナは顔を赤らめながらも仕事を続けた。
ティータイムが終わり、再びカフェは静かになる。
本を読みながら、静かにコーヒーを飲んでいた初老の男性客も、帰ってしまった。
セイラとルシナは、店内の清掃に入る。
ルシナは、相変わらず客席の隅が気になるようで、丁寧に掃き掃除をしている。
セイラは皿を拭きながら、その様子を見つめた。
(重く生温かい空気が変わる……)
ルシナは、客が落としていった黒い噂を外へ掃き出すように、大きく扉を開けた。
「うぉ!あたたた……」
カフェの扉を開けると、誰がとぶつかる。
「びっくりしたー!」
カイがおでこをさすりながら、店内を覗く。
「今って営業してる?なんか食べさせてー。
腹減ったよー」
カイの大きな声を聞いたセイラは、カウンター越しに顔を出す。
「カイ……。またご飯食べずに仕事してたんでしょ」
ため息混じりにセイラは言う。
常習的なやり取りらしかった。
「いやー、なんか?集中すると、ご飯とか寝ることとか忘れちゃうんだよねー」
「まったく……サンドイッチでいいかしら?有り合わせの材料だけど、それでもいい?」
2度のピークタイムを過ぎたカフェでは、材料は、ほとんど残っていない。
セイラの徹底した材料管理で、閉店間際になるとコーヒーや紅茶、クッキーくらいしか提供出来るものはない。
「うん!なんでもいいよ!有り合わせでも、いつも美味しいし!」
カイは、いそいそと店内に入ると、どかっとカウンターの席に座った。
セイラは、スライスしたパンをバターで軽く焼く。
その上にチーズを乗せ、たっぷりのシナモンを振りかけた。
その上に、もう一枚スライスしたパンを乗せて挟み込み、両面しっかりと押さえつけるようにバターを追加しながら焼いた。
焼き上がったパンを半分に切り、皿に盛る。
仕上げにハチミツをかけて、カイの前に出した。
チーズとハチミツとシナモン、そしてバターの背徳感のある香りに、カイの鼻の穴がじわりと広がる。
「どうぞ、召し上がれ」
セイラの声を合図に、カイは一気に頬張る。
「もくもく、ふがふが」
その様子が、フーがご飯を食べている姿と重なる。
「ふふふ…」
ルシナから思わず笑いが溢れる。
「ルシナ、そんなに笑ってどうしたの?」
そう言うセイラも少し笑っている。
「いえ……フーちゃんみたいって思って」
「フーちゃん?」
セイラは首を傾げる。
「はい。犬なんですけど。コハナの」
セイラは「あぁ」と思い出したように納得している。
「フリューゲルね!」
「フリューゲル?……ですか?」
「そう!フリューゲル!耳が羽みたいな犬でしょ?」
セイラは懐かしむように笑う。
「あの犬、元々、私が飼っていたのよ」
ルシナは、目を丸くしてセイラを見つめると、セイラは優しく微笑んだ。
「二年前、コハナがこの町に来た時に、独りぼっちで見てられなくてね……」
セイラは爪を弾きながら、切ない表情でポツリと呟いた。
「私もカフェ経営が軌道に乗ってきていて、忙しかったし、代わりに飼ってみない?って提案したの」
セイラが思い出すように話す横では、カイは
チーズがはみ出て「あちちっ」と慌ててながらも、食べ進めている。
「フリューゲルは元気にしてるかしら?」
「はい。熱烈にペロペロしてくれますよ」
少し寂しそうなセイラの表情を見て、ルシナはフーが元気であること、鶏肉が好きで、カイみたいに、ふがふが言いながらご飯を食べていることを伝えた。
「ふふふ。幸せそうで良かったわ」
心からそう思っているーー。
そんな微笑みだった。
「フーの本名、フリューゲルだったんだ」
長い……だから、フーでいい。
ルシナの頭の中のコハナは、ぽそりとつぶやく。
(案外、当たってるかも)
ふふふ。無表情なコハナ。
きっと心細かった筈だ。
やっぱりセイラさんは、優しい。
ルシナはそう感じたーー。
「ごちそうさまー!セイラさん、悪いんだけど水くれる?」
カイはセイラから水を貰うと、一気に飲み干した。
「いやー、なんか薬草ブレンドの案が浮かんじゃってさー、通常業務と一緒に作ってたんだー。メンダヴォル対策に効くかなって思って!師匠からもレシピ貰ったんだけど、一部不明でさー!」
カイは眉をひそめながら腕を組んで考え込む。
「師匠が言うには、俺のおかげで一人、進行を食い止められたらしいんだけどさ、覚えてないんだよねー」
セイラの眉が僅かに上がる。
「なんかね、昔、俺ってば配合間違えてさ……。師匠に怒られるって思って適当にその辺にあるもの入れたんだよ。それが良かったのか、なんか、出来ちゃったんだよね」
セイラは爪を弾きながらうつむく。
(あの薬は偶然の産物……。しかも、カイが関与していたなんて。新しい情報だわ)
意外な情報の前に、動揺しつつもセイラは表情を変えず、いつものように微笑む。
あの薬のおかげで、ジャスミンは大人しく屋敷に留まっている。
ほとんど寝ているが……。
(この効果がいつまで続くのか……。お兄様に連絡を……)
「セイラさん?」
ルシナの呼びかけに、セイラははっとして顔を上げ、微笑む。
「なぁに?」
「カイ、ごちそうさまって言って帰っちゃいましたよ」
「!……お金!貰ってないわ!あいつ!また!」
「なんか元気出たって……」
「後で、たっぷりと請求しましょう」
ゾクリとするような、妖艶な笑みを見て、ルシナは初めてセイラを怒らせてはいけないと感じた。




