間話: 黒い太陽
煌びやかな装飾のクイーンサイズのベッドに、少女が俯いて座っている。
ダークブラウンの長い髪は乱れ、自分で抜いてしまったのであろう抜け毛が、床やベッドの周りに散乱していた。
大きな瞳は赤く、きらきらと輝く魅力的な眼差しはそこにはない。
頬は涙の跡が残り、美しかった肌は荒れている。
「………」
何かを呟いている。
だが言葉にはなっておらず、何を言っているのか分からない。
手が時折、彷徨うように宙を掻き、何かを払うように力なく、ふわふわと動いていた。
変わり果てた妹の姿を、ドレス姿のセイラはただ見守ることしか出来ない。
ふと、気配を感じて振り返る。
そこには、端正秀麗な顔立ちの兄が立っていた。
「婚約は白紙となった。忌々しい噂のせいだ」
普段は感情を表に出さないよう教育された兄の声に、珍しく怒りが滲んでいる。
──この人にも、こんな感情があるんだ。
セイラは、場違いなことを思いつつ、怒りが収まらない。
「お兄様……一体誰がそんな噂を!!あんなパーティーに行かせなければ良かったわ!」
兄に問い詰めても、どうにもならないことはセイラも分かっていた。
でも、セイラは感情をぶつける先が分からない。
「ローズマリーだ。あの小娘、ジャスミンの優しさと純粋さを利用しやがった。噂を流し、追い立て、責め立てた。大勢の前で!」
聴くものを虜にする、兄の美声は低く、冷え切っていた。
兄の拳は青筋がたち、震えている。
「ふらふらになって、歩けなくなったジャスミンを、ルキオが抱えて連れ帰ってきてくれた」
「ルキオは今、何を?」
セイラは、何度もルキオの姿を探したが見つけられなかった。
「……守れなくて申し訳ないと、ふらりと何処かへ行ってしまったよ」
兄は震える拳をゆっくりと開いていく。
手のひらには、血が滲んでいた。
「あぁあぁあ」
少女が天井を見上げ、言葉にならない叫びをあげる。
その声は小さく、弱々しい。
「ジャスミン!!」
セイラが駆け寄るーー。
少女の周りは重苦しい空気が漂っており、セイラは僅かに顔をしかめる。
(なんなの……この重く生温かい気配は……)
少女は、何か得体の知れないものがあるように、力なく腕を払い続けている。
「ジャスミン!」
もう一度、セイラが名前を呼ぶと、ふと視線が合った。
「お姉……様……」
はつらつとした、可愛らしい声は弱々しく、聞き取りにくい。
「お姉様……。火が……火があるの。燃えてしまう。あぁああぁ……。黒い火…。黒い火があるの」
少女の目の焦点が再び合わなくなってくる。
セイラはベットに駆け上り、妹を抱きしめる。
少しでも安心できるようにーー。
少しでも心を取り戻すようにーー。
「お姉様……助けて……くろい、ひ……」
その言葉を、最後に少女の目から光が消え、
言葉も、感情も、太陽のような温かい笑顔も、完全に消滅してしまった。
「ジャスミン……ジャミー!!」
どんなに呼びかけても、反応はない。
人形のように、無表情で視線も一点を見つめるのみ。
その瞳には、セイラの顔も部屋の中も見えているのか分からない。
「ジャミー……?」
セイラは唇を震わせ、消え入るような声で呼びかける。
兄だけは、奥歯を噛み締めながら、冷静に状況を把握していた。
「ヴォル化した!」
兄は踵を返すと、対策に移る。
「ジャスミンから目を離すな!外に出すな!魔獣に警戒しろ!」
屋敷中に響き渡る声で発令を出す。
セイラは、ただ動くだけの――
空っぽの肉体になった妹を、抱き寄せたまま、動けないでいた。
どれくらい時間が経っただろうか。
窓から差し込む日の光が影を差す――
やがてセイラは、体の力を緩めるとふらりとベットから降りた。
薄暗い部屋をふらふらと歩き、部屋の扉に辿り着くと、
力いっぱい拳を叩きつけた。
「ジャミーを追い詰めた奴……許さない」
その瞳は、憎悪に満ちている。
「徹底的に潰してやる」
ジャミーの笑顔を取り戻すためなら――
「私は悪にでも、何にでも……なってやる」
大きな瞳から涙が止まらず、流れ落ちているのに、その眼光は鋭く……決意に満ちていた。




