50: 距離感!
人もまばらになり、ルシナはそっと魔獣の残骸を見た。
魔獣は鋭い刃で斬られたように、十字に斬られていた。
断面は焼きただれており、少し焦げ臭い。
それでも周りの草花は乱れることもなく、何事もなかったかのように、咲き誇っていた。
「ここまで周りに影響せずに倒すのは、手だれの証拠だよ」
ルシナの視線に気付いた自警団の騎士は、自身の手を見つめながら呟いた。
「こんな魔法……。俺は知らない」
「そうだよな。この国で使えるとしたら……。いや、使える奴いるのか?」
隣にいた剣士が問いかける。
「いないだろ。いたら、英雄レベルだぞ。注目されているはずだよ」
生活魔法、コハナの光の魔法や治癒魔法、カイの結界、自警団の打ち上げ魔法ーー。
ルシナは優しい魔法しか見ていなかった。
こんなにも暴力的な魔法の跡を初めてみた。
これがどんなに凄いことなのかも、よく分からなかった。
ただ、町で過ごしてきた生活が、大きく変わってきた事だけは理解出来た。
「この先どうなるのかな?」
コハナをチラリと見ると、コハナは魔獣の残骸を無表情に見つめている。
ふと、ルシナの手を、ぎゅっと握る。
「……」
コハナは何も言わない。
ただ、無表情にルシナを見上げた。
「……。私が考えてもどうしようもないよね。とりあえず、周りに気をつけていこっか!」
コハナが怯えないようにーー
ルシナは敢えて明るい声でコハナの手を、ぎゅっと握り返した。
コハナは少しだけ目を見開くと、コクリとゆっくりと頷く。
町の中心部へ向かい始めようとすると、正面からルキが走ってきた。
「魔獣が出たって……二人とも大丈夫か?」
少し息を切らしたルキの身だしなみは、珍しく乱れていた。
少し屈んで手を膝について、息を整える。
いつもより胸元の開いたシャツ。
髪も雑に結ばれている。
「ルキ!大丈夫だよ。誰かが倒したらしいの。自警団ではないって」
ルキの開いた胸元からチラリと胸板が見える。
ルシナは、ぱっと目を逸らしながら答えた。
「無事で良かった!」
ルキは膝から手を離すと、流れるようにルシナを抱き締めた。
革と汗と花の香りがルシナの鼻をくすぐる。
しっかりとした胸板に頬が触れる。
ルシナは腕の中にすっぽりと収まってしまった。
「もう……げんかい……」
ふにゃふにゃとルシナは膝から崩れる。
崩れるルシナを支えようと、ルキは腕の力を強める。
ルシナの顔から湯気が昇る。
「えっ……ルシナ、どうした?何があった?」
慌てるルキを、ルシナと手を繋いでいたコハナはそっとその手を離すと、無表情にルキを見つめる。
「ルシナ壊れた。ルキのせい」
「えっ……俺か?」
ルキは、腕の中の手まで赤くなっているルシナを見つめる。
「ルシナ重症」
「熱があるのか?」
「ルキも重症」
コハナは無表情で見つめる。
ルキは腕の力を緩め、ルシナが自分で立てるか様子を伺う。
すぐに、へにゃへにゃになるルシナを支えるように抱き止めると、コハナを見る。
「やっぱり体調が……」
眉を下げてオロオロする。
「体調は良かった」
コハナは変わらないトーンで言うと、魔獣の残骸を指さす。
「これは……」
ルキはいつもより低い声で呟いた。
その声に、ルシナははっとして意識を取り戻す。
「ルキ、私たちが来た時にはもう……」
ルシナは、ルキなら何か分かるような気がした。
「魔法だな……」
ふと、ルキの脳裏に、灰色の短髪の男の姿が浮かぶ。
(あいつ……か?)
特務部隊……。久しく思い出さなかった彼らの姿。
どんな人物か、名前も、年齢も、性別も全て秘匿されている集団。
「……。俺には分からないな。とにかく二人が無事で良かったよ」
「町の中は大丈夫なの?」
ルシナがルキを見上げると、まだ抱き止められている事に気づいて慌てて離れる。
ルキは離れていった腕を一瞬彷徨わせ、誤魔化すように腰に手を置いた。
「あぁ、人の噂を聞いてここまで来たんだ。町の中は大丈夫。安心していい。自警団も警戒している」
ルシナは、安心するように一息つく。
コハナは、変わらず無表情で二人を見つめていた。
「パン屋とカフェまで送るよ」
ふと、ルキは振り返ると魔獣の残骸よりも少し離れた土の上を目を細めて見つめる。
そこには、見慣れない靴底の跡が残っていた。
(大きな足、重心の位置、やはり……只者ではないな)
ルキは意識をコハナとルシナに変え、歩き出した。
町に入ると、魔獣の話で持ちきりだった。
魔獣が町の近くを彷徨いていること、瞬殺であっただろう魔法のこと。
自警団の巡回不足だーー。
隣国の差し金だーー。
魔獣避けの薬草はどこだーー。
町の騒めきは、一層強くなっていた。
コハナをパン屋まで送ると、ルシナとルキは二人になった。
互いの沈黙が続く。
やがて、カフェの前まで歩いてきた。
「……いきなり抱きしめて、すまなかった」
ルキはルシナに向き直ると、真っ直ぐ見つめて頭を下げる。
「えっ…!そんな……謝らないで。その……嫌じゃないし……。ちょっとびっくりしただけ…」
抱きしめられた時の体温を思い出してしまい、ルシナの頭から湯気が出始める。
「嫌じゃなかった?……良かった」
ルキは胸を下ろす。
「嫌われたかと……」
捨てられた子犬のような顔をして、ルシナを見つめる。
「嫌いだなんて……。そんなこと、ありえないです」
ルシナは心から思ったことを伝える。
(この思いは誰のもの?2人のもの?)
戸惑いが視線を彷徨わせる。
「ボルドーのハイヒール、作り始めるよ。出来上がったら……いや、カフェの仕事、頑張って。帰りはまた、送らせて欲しい。もちろん、コハナも一緒に」
「うん……。ありがとう」
互いに手を触れ、名残り惜しそうに離れていく。
「また、後で」
ルキが手を振りルシナを見送る。
ルシナは高鳴る胸を押さえながら、カフェの扉を開けようとすると、セイラが満面の笑みで扉の隙間から顔を半分出している。
「ふきゃ」
ルシナはその場で飛び跳ねると、ふにゃりと崩れそうになった。
「ルシナー。ささっ、早く中に入りなさいな。ゆっくり話を聞かせてくれないかしら」
ルシナは、妖艶に微笑むセイラに、半ば引きずられるように、店内に入っていった。




