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崖上小屋で今日もハイヒールを眺めます  作者: 小原みん


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49: ノスタルジアの歌

翌朝、ルシナはいつもより早く目が覚めた。


空はまだ白んでいて朝露の匂いがする。

澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込む。


こんな朝は、無性に空を飛びたくなる。


ふわりと浮き上がるとルシナは、ノクターンの鏡湖へ向かった。



湖は銀色の光の粒が、キラキラと輝いていている。


(そういえば、女神さまって、寝るのかな?)


精巧なビスクドールのような神秘的なノスタルジア。あまりにも人離れしている。


(女神さまってことは、人ではない?)

(いや、人は湖に浮かばないでしょ)


一人で悶々と考えながら湖面を覗く。


濃紺の髪に深い青色の瞳。

鼻筋の通った小さめの鼻、薄く形のいい唇。


流美でもない、ルシナでもない、この姿は二つの魂の混ざった姿と、ノスタルジアは言っていた。


(魂の選択……)


ルシナはミュリーを抱きしめた時のことを思い出す。


助けたいーー。

逃げようーー。


ミュリーを助けたいという気持ちと、コハナを守るために逃げようとする気持ちで、身体がチグハグな感覚に陥った。


めまいと頭痛、鋭い足の痛み。


あれは、流美とルシナの気持ちに違いがあったからではないか……。


そう、思わずにはいられなかった。


「おっはよー。朝早いわね」

湖面の中央に人影が浮かぶ。


湖面近くまで伸びた白銀の髪は、朝日に反射している。


透き通った張りのある声は、なぜかダミ声だ。


「女神さま?……声、どうしたんですか?」


ノスタルジアは、湖面を滑るようにルシナのいる淵まで移動する。

ルシナをチラリと見ると、俯いた。


「いや……ちょっと昨夜シャウトし過ぎて……」

「シャウト?」


“うたいすぎなのー”

“はげしかったのー”

“れんぞく10きょくー”


「おだまり!」


妖精たちが、わちゃわちゃと昨夜の様子を報告すると、鋭いダミ声で一括した。


「えっ。女神さまが歌?シャウト系?」

ルシナは、目を丸くしてノスタルジアを見つめる。


「女神だからって、讃美歌とか歌わないわよ。歌えるけど……」


「わー。女神さまの讃美歌、聴いてみたいです。もちろん、シャウト系のも」


“わーるしな、それいっちゃだめー”

“あさまで、つきあわされるよー”


「だから!おだまり!せっかく一人カラオケじゃなくなるのに!」


「でも、聞いてみたい!」

ルシナが目を輝かせてノスタルジアを見つめると、ノスタルジアは満更でもない表情をする。


「ちょっと、アレ持ってきて!」

近くにいた妖精に声をかけると、“は〜い”と一体の妖精が湖の淵に咲いている白い花を持ってくる。


“めがみさま、これでいい?”


「ありがとう。これでいいわ」


ノスタルジアは、妖精から白い花を受け取ると、花についている朝露を一滴口に入れた。


「んんん……げほん、げほん」


あー、あー、と声を出すと、いつもの澄んだ声に戻っている。


「これでよし!」


ノスタルジアは中央より手前まで滑るように移動すると、くるりと振り返ってルシナに向き直る。


白銀の髪が輝き、ルビーのような赤い目は静かに煌めく。

ややうつむき、両手を合わせ軽く合わせる。

祈るように、静かに歌い出す。




静かに眠る魂よ

行き場をなくした魂よ

ここに集え


我らがその魂を癒そう

我らがその魂を導こう


行き場をなくした魂よ

もしも選択に迷うなら

我らが導こう


お前が迷わぬように

選択の時は近い


我らがその魂を癒そう




今までに聴いたことのない音楽。

こんなにも美しい声も楽器も、ルシナは知らない。


歌うノスタルジアは女神そのもの。

(あぁ……畏怖とは、このことか)


湖面は共鳴して静かな波紋が広がっている。


ルシナは自分が泣いている事に、遅れて気付く。


『選択の時は近い』


心が共鳴し、震える。


「女神さま、私はどうしたらいいんでしょう」


震える声でノスタルジアにひれ伏すように懇願する。


「ルシナ……。町は楽しかった?」


湖の淵まで移動したノスタルジアは、聖母のような優しい眼差しでルシナを見下ろす。


「はい……」

ルシナはポツリとつぶやく。

涙が止まらない。


「魂の違和感もなく、過ごせると思っていました」


助けようーー

逃げようーー

ミュリーの時に思った、初めての意見の衝突。


ふと、思いがよぎるーー。


「本当は、笑うことも、誰かを好きになることも、どちらかの魂が思っていて、もう一つの魂は、何も感じていないんじゃないかって……」


いいようのない不安がルシナの胸を締め付ける。


「あなた達の魂はよく似ているーー。

ほとんど同じと言ってもいいくらいよ。

だからこそ、違和感に感じた時に、辛いんでしょうね」


ノスタルジアはかがみ込むと、ルシナの頭をそっと撫でる


「答えはお前が出しなさい。

我らは導き手ーー。

選択権はお前にある」


ルシナが懇願しても、ノスタルジアは答えを教えない。


「選択の時は近い。悔いのない選択を。

願わくば、お前に幸あれ」


威厳のある、張りのある声で高らかに宣言すると、ノスタルジアは湖の中に静かに消えていった。


その周りでは、妖精たちがきらきらと輝く。


“おうえんしてるのー”

“めがみさまも、いまないてるのー”


優しく囁く妖精たちのおかげでルシナは立ち上がることができた。


まだ、答えは決められない。

でも、覚悟をしていかなければならないことは分かった。


お互いの声が聞ければいいのに……。


それほどまでに、

私たちの魂は絡み合っているのだろうか。


魂がそんなにも似ているならーー。

私ならーー。

きっと同じことを考えているはず。


だからこそ、決められないーー。



ルシナは涙を手でそっと拭うと、ふわりとその場を飛び立った。



小屋の扉を開けると、フーが笑顔で尻尾を振りながら飛びついてくる。


ルシナがフーを抱き止めると、フーは少しだけ不思議そうな顔をして首を傾げる。

妖精の羽のような耳は後ろにペタリとくっついている。


ペロリ。

ルシナの頬を舐める。


優しくペロペロと舐める。


「ふふ……。フーちゃん、くすぐったいよ」

そのふわふわな毛並と、“お前どうした?”と言わんばかりに、流れる涙をペロペロと舐める。


(ーーだからこそ、選べない)


フーは、丹念にルシナの頬、目、耳、唇と舐める。


「ぶへぇ……。鼻の穴はやめて…」


カプっ。

軽く唇を噛んでから、ようやくフーはルシナから離れていった。


ルシナは顔を拭う。

それは涙なのか、フーの唾液なのか分からなかった。


その様子を、コハナは無表情に見つめていた。

お湯で濡らしたタオルを、そっとルシナに差し出す。


「コハナ……ありがとう。今日のフーちゃんは熱烈だったよ」


「サンドイッチとコーヒーできた」

いつもと変わらないコハナが眩しい。


「うん。ありがとう。食べよう」

顔を拭いてコハナに笑顔を向ける。


テーブルにつくとコハナはジッとルシナを見つめ、銀の腕輪を指先でなぞっていた。


「今日も一緒に町に行く?」

ルシナは、いつもより明るい声でコハナに問いかけると、コハナはコクンとゆっくり頷く。


「さぁー!今日も元気に働こう!」

拳を天井に突き上げる。


“おー!!”

“るしな、がんばるのー”


妖精たちだけが、元気に返してくれる。


フーは二度寝を始め、コハナは無表情のまま拳をあげる。


ルシナは、にこりと笑うとコハナと共に町へ向かった。




ーーー




崖下の木々を超え、町へと続く街道に出る。


町の入り口には、規制線が張られていた。


「魔獣の残骸だよ」

「誰か喰われたのか」


不穏なヒソヒソ話が聞こえてくる。


「一人喰われたみたいだ」

「自警団が倒したのか?」


ルシナとコハナがそっと覗くと、魔獣らしき残骸が放置されていた。


「どうやら違うらしい」

「じゃあ、誰が倒したんだ?」


規制線の中で、自警団が状況確認をしている


「一体、誰が……」


それは、喰われた人のことなのか、倒した人のことなのか。


自警団の一人がつぶやく

「これは、高度な魔法だ……。王都の魔法団でも使えるか分からないぞ。一体だれが…」


その周りでは、妖精たちが飛んでいる。

“ふふふ”

“すごいのー”

“つよいのー”

“でも、はなに、ようせい、くっついてたよー”

“へんなのー”

“あははー”


妖精たちが、魔獣の残骸の周りをクルクルと周りながら騒いでいる。


“ねぇーぼくたちも、ちょこもらいにいこーよー”

“さんせー”


騒がしい妖精たちは、目に見えないスピードで何処かへ飛び立っていった。


その様子をルシナは唖然とみている。

コハナは街道の方を振り返った。

その表情は、いつもと変わらない無表情だ。

銀の腕輪に触れながら、ジッと街道を見つめていた。




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