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崖上小屋で今日もハイヒールを眺めます  作者: 小原みん


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47: 靴職人の休息日

空はまだ白けている。

森は朝露に濡れ、冷たい風が流れていた。

空気は澄み、朝特有の静けさが森を支配している。


「うー……ねみぃ〜」


大あくびをしながら歩くカイの横で、アンナは周囲を警戒するように視線を巡らせていた。


「私が守ってやるから、シャキッとしな」


パシリ、とカイの尻を叩く。


「アンナ……。流石に尻はやめてくれよ」


少し涙目でアンナを見る。


アンナはいつもきれいだ。

艶のある髪。

マニュキアが塗られた細い指先。

早朝だというのに、元気な笑顔も、心を照らしてくれる。


そして槍を持つ頼もしさーー。


「さっ早く薬草とって帰りましょ。帰ったらハンバーグ作ってあげるから」


「えっ。ほんと? 食べたい! 食べたい! 俺、頑張る!」


カイは辺りを見渡す。


その頭上では、世話焼き妖精が胡座をかいて座っていた。

妖精はカイの右側の髪をつまみ、ぐいっと引っ張る。


カイは、髪がむずむずした気がして右側を見た。

頭をぽりぽりとかく。


すると、お目当ての薬草が目に入った。


「おっ。早くも見つけたぞ。アンナ、あっちに行こう!」


カイは足早に、薬草が群生している場所へ向かった。


アンナはやれやれと微笑みながらも、カイの横から離れないようについていく。

槍を軽く構え、周囲を警戒している。


その横でカイは、軽快な鼻歌を歌いながら薬草をプチプチと採取していた。


その頭上では、世話焼き妖精が胡座を組んで座っている。


ふと――

妖精がすっと立ち上がった。


腕を組み、周囲を睨む。


鳥たちが一斉に鳴きながら飛び立つ。


アンナは即座に槍を構えた。


その先には――

赤い目の黒い大型の狼が立っていた。



ーーーー


明るい店内は暖かい。


革の匂いが漂う作業場では、

ルキが木槌を打つ軽快な音が響いている。


カランコロン。

扉を開ける音がする。


ルキはそっと立ち上がると扉へ向かう


「おはよう」


静かに声をかけると、ルシナはにこりと笑ってルキを見上げる


「ルキ、おはよう。靴作ってもらうの楽しみにしてたんだ」


ルキは思わず口元を緩めた。

自分の靴を楽しみにしてくれている――それが何より嬉しい。


(俺の方が楽しみにしていたかもしれない)


ルキは扉の中にルシナを案内しながら、気を引き締めた。


店内の一人掛けのソファーにルシナを座らせると、ルキはコーヒーを差し出す。


「外は少し寒かっただろ。温まってから採寸にしようか」


「ありがとう。今日も休息日なのに、ごめんね」


「いや、いいんだ」


ルキは少し照れたように視線を逸らす。


「俺が作りたかっただけだから」


ルシナはコーヒーカップを両手で包み、一口飲む。


(きょ、距離感……!)


思わずカップで顔を隠した。


(あわわ……)


(女神さまの加護って、もう切れてるよね)


「これから採寸するけど、その流れを説明するな」


ルシナはコーヒーを飲みながら、ルキの説明を聞く。


足の状態や形、サイズを細かく測っていくこと。


ルキは、足の形を取るための紙やメジャー、鉛筆などの道具を揃えていく。


飲み終わったコーヒーカップをルキに渡すと、ルキはバックヤードへ入っていった。


店内では、妖精たちがニヤニヤしながら手を振っている。


(妖精さんたちに、顔が赤くなってるのバレてる?)


ルシナは妖精たちに手を振り返しながら、俯いた。


その時、ルキが戻ってくる。


湯気の立つタオルを手に持っていた。


「まずは足の状態を見たいから、靴を脱いでくれる?」


ルシナが靴を脱ぐと、ルキはその前に跪いた。


そして、ルキの温かい手が包み込むようにルシナの足に触れる。


「足が冷たくなっている。タオルで温めるよ」


ルキはバックヤードから持ってきたタオルで、ルシナの足をそっと包んだ。


じんわりと温かさが広がり、ルシナの体から力が抜けていく。


(足もあったかいけど……顔が、顔が熱い)


ルシナは手でパタパタと顔をあおぐ。


ルキは足を温めながら、マッサージをするように指先を動かす。


つま先の幅、土踏まずの形、踵、足首の可動域――

一つ一つ確かめていった。


ルシナは、真剣に足を見ているルキの仕事ぶりに興味が湧く。


次は何をするんだろうと、思わず自分の足の方へ顔を近づけた。


その瞬間――


ルキが顔を上げる。


互いの額が触れた。

顔が近い。


二人はぱっと離れる。


「ごめん」


「ごめんなさい……近くで見たくて」


妖精たちがニヤニヤしている。


「近くで見ていても大丈夫……」


ルキはほんのり顔を赤らめながら、足の可動域やふくらはぎの筋肉の張りを確かめていく。


「足に傷とかはないように見えるけど、筋肉が痛い感じか?」


足の傷は、ノスタルジアが治してくれている。

痛みは精神的なものだ。


「たぶん、心の問題だと思うの。たまに痺れたり、痛んだりするんだけど……普通に歩く分には大丈夫だよ」


「そうか……。次はこの紙の上に立ってくれるか」


そう言うと、ルキは床に紙を広げた。


十字の線が引かれた紙の上にルシナが立つと、ルキはさらに屈み込む。

鉛筆を手に、足の形に沿って線を書き込んでいく。


気になってルシナが下を向くと、屈み込んだルキの結んだ髪が揺れ、首筋がちらりと見えどきりとする。


「真っ直ぐ前を見てて」


穏やかな声で、そっと注意した。


ルキは短いメジャーを使い、つま先から順に足周りを計測していく。


計測する箇所の多さに、ルシナは驚いた。


(こんなに細かく測っていくんだ)


次々と計測しては紙に記入していくルキの姿は、まさに職人そのものだった。


「これで計測は終わり」


ルキは紙やメジャーをまとめると、バックヤードの作業場へ運んでいく。


「後はバックヤードでデザインとかヒールの高さとか希望を聞くよ。中においで」


バックヤードの中は、以前と変わらず、整理整頓された作業場になっている。


並んだ工具、ミシン、木型。

革の匂いが店内よりも強い。


そして片足だけのボルドーのハイヒール。

静かに作業台の横の棚に飾られていた。


「ここで座って」


ルキは、流れるように作業台の近くのテーブルの前の椅子を引く。


ルシナが座ると、ルキは片足だけのボルドーのハイヒールをテーブルの上に置いた。


「靴のデザインだけど、これと同じものがいい?ヒールの高さはどうする?」


ルシナはボルドーのハイヒールを眺める。


ワインのように深い赤。濡れた果実のような艶がある。靴底の曲線はなめらかで、ヒールの形も美しい。


初めて見たとき、心が弾んだ。

きれいだと思った。

これを履いて歩きたい。踊りたいと思った。


「うん。これがいい」


真っ直ぐにルキを見つめて答えた。


「分かった。これだとヒールの高さは7センチくらい。この高さでいい?」


「うん。このヒールの形がきれいだと思ったの」


目を輝かせてルシナはルキを見つめる。


「ふふ…ありがとう。自分が作ったものをきれいと言ってくれると嬉しいよ」


少し照れたように笑うルキに、ルシナは胸がいっぱいになる。


「じゃあ、7センチのヒールのもので、ルシナのサイズに合いそうなものがあるから、試し履きしてみようか」


作業場に並んだ靴の箱の中から、黒いハイヒールを取り出すとルシナの足元にそっと並べた。


ルシナはハイヒールに履き替え、立ち上がろうとした。


ルキは流れるような動きで、ルシナの手を支えた。


ルシナの背筋が伸びる。

支えてくれるルキの顔がいつもより近い。


ふと絡む視線に胸の高まりが止まらない。


「サイズは大丈夫そうかな?少し歩いてみようか」


そう言ってルキは、腕を差し出す。

ルシナはその腕に手を添え、バックヤードから店内まで歩き出す。


いつもよりも高い視界と、いつもより近いルキの顔。

どっちを見ればいいのか、視線を彷徨わせながらも真っ直ぐ歩く。


ルキが支えてくれているからか、ヒールが高くても歩きやすい。


コツ、コツとヒールの音が店内に小さく響く。


店内を一周するとルキに向き直る。

ルシナはルキの手を握り、見つめた。


「この高さがいいです!歩きやすいし、ダンスもしやすそう!」


輝く笑顔にルキは微笑む。


「そうか……。7センチにしよう」


そっと指先をルシナの頬に添える。


(ダンス……誰と?)


ふとルキの心がチクリと痛む


「だれ……」


そう、言いかけた時、店の扉が大きく開いた。


「聞いてくれよーちょー怖かったんだけどー」

カイが半泣き状態で店に入ってきた。


後ろからアンナが続き、そっと扉を閉めた。


いきなりの訪問者に、ルキとルシナは驚き、ルキの店の中にいた妖精たちは、頭を抱えている。


「何があった?」

ルキはアンナを見る。


「なんか、もしかして邪魔しちゃた?」

アンナがルシナを見て、申し訳なさそうに小声で答えた。


「えっ。ルシナ?はっ……そうだ。採寸するって昨日言ってたっけ?」

カイは、ルシナとルキを交互にみる


「あっいや、邪魔じゃないし……むしろ……」

ルキの声が小さくなって最後は聞こえなかった。


「そうそう!聞いてくれよー。早朝から薬草取ってたんだけどさー、でっかい狼の魔獣が出てさー!」


カイは、手を大きく振って狼の魔獣の大きさを表現した。


「赤い目がギラギラしてて、睨まれてさー」


「戦闘になったのか?」

ルキはアンナを真っ直ぐ見て、いつもより低い声で問う。


「結果的には、戦闘にはならなかったわ」

アンナは肩をすくめながら答えた。


「あいつ、たぶんフェスティバルにきた奴だよ。今回も襲わず睨み合ってお終い」


アンナは目を細めながらカイを見る。


「あんたは少し落ち着きなさいな。薬草もちゃんと採れたでしょ」


「だってー」


「あんだけ完璧な結界はれてんだ、そう易々と破られないんだから、ちょっとやそっとじゃやられないわよ!」


「だってー。怖いじゃん」


ふぅとアンナはため息をつくと、再び、ルシナとルキに申し訳なさそうな顔をする。


カイの頭の上の世話焼き妖精は、胡座を組んで座り、渋い顔をしながらルシナに頭を下げている。


「とにかく、無事でよかった。魔獣が出始めている噂は本当なんだな」


「えぇ。そうね。報告は多いわね。でも不思議と襲ってこないみたい。何か様子を伺うように見てくるだけ……。でも、そのうち襲ってくるでしょうから、警戒は強めないとね」


ルキとアンナの会話を、ルシナは静かに聞いていた。


黒い影……黒い火……メンダヴォル。

魔獣……。


そして、昨日のミュリーの様子。


当たり前の日常ーー

それが、静かに変わっていく。

ルシナは、そっとルキを見つめた。

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