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崖上小屋で今日もハイヒールを眺めます  作者: 小原みん


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間話: それぞれの夜

ノクターンの鏡湖は、月夜に照らされ、幻想的な景色が広がっている。


その中央に、水面近くまで伸びた美しい白銀の髪をすくうように手のひらに乗せた女神が立っていた。


陶器のように白い肌。

ルビーのように赤く輝く瞳には、どこか憂いが宿っている。


「今日も誰も遊びに来てくれない……くすん」


独り言が、波紋となって湖面へ広がった。


返事はない。

夜風だけが、水をわずかに揺らす。


「こんな時は……」


ノスタルジアはそっと目を閉じる。


一拍。


「歌うぞーー!!!」


次の瞬間。


静寂を切り裂くようなシャウトが湖に響いた。


水面が震え、月の光が砕ける。


ノリノリで歌う女神の周りを、妖精たちがぱちぱちと激しく点滅しながら飛び回る。


“はじまったのー!”

“きょうは、たかいのー!”

“さびしかったのねー!”

“いえーい”


ノスタルジアは構わず腕を振り上げ、高らかに歌い続けた。


湖そのものが、伴奏のように揺れている。

歌い終わると、また夜の静けさが戻ってくる。


「ふぅ……さみしい……くすん」


水の上に、いくつもの小さな光が集まる。


“ほうこくー”

“まち、ざわざわー”

“くろいの、ふえてるー”


ノスタルジアは目を閉じたまま聞いている。


「靴屋は?」


妖精たちが一斉に答える。


“あんしんー”

“へんなにおいしないー”

“のあがみてるー”


湖面が小さく揺れた。


「……そう」


遠くを見る声。


「まだ、大丈夫ね」


湖面が、すっと静まる。

さっきまでの拗ねた声ではない。

静かな、深い響き。


そして小さく呟く。


「――ルシナ」


その名を、歌うように。

湖面に映る月を、指先でそっとなぞる。


「もう少しだけ……」


小さく笑う。


「賑やかなままでいて」


その言葉は安心ではなく、時間を測る響きだった。




―――




ルシナは小屋の屋根の上に座っていた。


今日は月がとてもきれいだ。


(泊まっていくって……あれ、どう受け止めたらいいの?)


コハナが来なかったら、どうしていたんだろう……。


両手で頭を抱え、ぶんぶんと振る。


(特別扱い? 特別なの?)


さらにぶんぶん。


「うわあああ……」


夜空に向かって小さく叫ぶ。


しばらく黙ったあと。


「……ハイヒール、楽しみだなー」


ぽつり。


黒い影のことも、ざわめきも、

ルキの“泊まっていくか”の一言で、

すっかりどこかへ弾き飛んでしまっていた。


月は何も言わず、ただ明るく照らしている




――――




革の匂いが漂う店内で、ルキは靴を磨いている。


「泊まっていくか?」


自分の言葉が、まだ耳に残っている。


なぜ、あんなことを言った。

警戒されてしまうのではないか。

距離を誤ったのではないか。


同じ場所を、何度も磨いていることに気づかない。


外にいたあの男。

あれは何者だ。


『ルシナから目を離さないで』


セイラの声が蘇る。

真意はなんだ。


害があるようには見えなかった。


それでも、ルシナは怯えていた。


片足だけのボルドーのハイヒールが、静かに光を受ける。


前へ――。


ルキは目を強く閉じた。


「……どうやったら、君を守れる」


低く、小さく落ちた声。


それを聞いていたのは、妖精たちだけだった。




――――




カフェのバックヤードでは、セイラが会計処理をしている


請求書や領収書の束の脇には、ファンレターが積み上がっている。


多くは『りーちゃん』からのファンレターだ。


パステルカラーの封筒には、花のスタンプに星が2つ手書きで描き足されている。


他には、うさぎ、妖精、ネズミとスタンプの種類も豊富だ。


今日届いたファンレターには、花のスタンプに星が3つ。


セイラはファンレターを静かな瞳で読み返す。


「りーちゃん、いつもありがとう」


その声は柔らかい。


その表情は、明かりが届かない場所にあった。

紙を丁寧に畳み、重ねる。

指先が、ほんの一瞬だけ止まる。


それから、何事もなかったように、セイラは会計処理を進めていった




――――




カイは連日の調合で疲れ切っていた。


「クリームパン美味しかったなー」


ルシナとルキ、良い感じなのかな。今度、アンナに聞いてみよっ。


そう思いながら、薬草の香りに包まれて早めに布団へ潜り込む。


窓の外で、風が一度だけ強く吹いたことにも気づかないまま、すぐに眠りへ落ちた。


 


――――




夜の路地。


灰色の短髪の青年は、壁にもたれて腕を組んでいた。

鼻先に、ぺたり。


「……やめろ」


重く低い声。

妖精は離れない。


“むしするからなのー”


ノアは無言で妖精を摘み上げる。


「なぜ鼻にへばりつく」


“むしするからー”

“のあのはな、たかいからつかまりやすいのー”


「そんな理由か」


“かみもむし、めのまえもむし、おおごえもむし、はながいちばんなの”


「……。わかったから、鼻はやめてくれ。うざったい。で、靴屋は信用できるのか」


妖精はくるりと空中で回った。


“かいぎしたのー”


「……会議?」


“ようせいれんめい、まんじょういっちー”


ノアは一瞬だけ黙る。


「妖精連盟ってなんだ?」


妖精たちは、ノアの質問を無視する。


“くつや、だいじょうぶー”

“へんなにおいしないー”

“まもるひとー”


妖精たちは次々に現れて好き勝手に喋る。


ノアは目を閉じ、小さく息を吐いた。


「……そうか」


短く答える。


「どこまで守れる」


“わかんないー”

“でもいいひとーって、くつやのなかま、いってたー”

“ちょこくれるってー”

“のあ、ちょこたべたいー”


ノアは妖精たちの話を半分無視をしながら

、靴屋の明かりへ視線を向ける。


(守りたいだけじゃ守れないぞ)


靴屋をひと睨みすると、その鼻に妖精がへばりついた。


“のあー、ちょこー”



――――




崖上小屋の地下で、コハナはクッションをホリホリしているフーを、見つめる。


『まあ、先のこと考えても仕方ないか』


『なんとかなるでしょ。今が安全なら、それでいいよね』


いつか、ルシナが言っていた言葉を思い出す。


『先のことを考えても仕方ない』

『なんとかなる』


ルシナは何気なく言った言葉かもしれない。

けれど、コハナにはそれが眩しかった。


銀の腕輪の紋様の指でなぞる。


「お前が争いを無くすなら」


無表情のコハナから、更に表情を奪っていく


「残るのはお前一人」


それは戒めの言葉。


コハナはそっとため息をつく。

そのため息を拾うように、フーがコハナの腕に鼻を押し付けた。

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