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崖上小屋で今日もハイヒールを眺めます  作者: 小原みん


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4: 妖精の光

「歩ける?」

コハナが様子を伺うように声をかける。


「……やってみる…」

そう言って、そろりと床に足をつけた。


「…痛っ」


傷口から血は出ていないものの、電気が走ったような痛みに旋毛まで震える。


片足だけでも立てるように、コハナは椅子をベッドの脇まで運んだ。


「椅子の肘掛けに手をついて立って。そのまま椅子に座って」


痛みに耐えながら言われた通りにすると、なんとか椅子に座ることができた。


「なんとか座れたよ…ありがとう。このあとどうしたらいいのかな…」

「椅子、押す」


コハナが椅子の背もたれに手を添えると、ギギギっ、と鈍い音を立てながら椅子が少しずつ床を滑った。


「えっ。コハナちゃん?重いでしょ?このままでも…」


「大丈夫」


それでもコハナは押し続ける。


“押すのー”

“手伝うのー”

“よいしょなのー”


小さな、可愛らしい子どもの声が聞こえた。


その直後、椅子の周りに数個の淡い光がふわふわとちらついた。

蛍みたいな幻想的な光が、瞬いては消え、近づいては遠のく。


不思議と椅子の動きが早くなる。

先程よりも軽く、椅子がすいっと前へ進んだ。


「……なに、今の…?」


「聞こえた?見えた?」

コハナの問いかけに、幻聴でも幻覚でもなかったと確信する。


「うんしょなのー、とか…手伝うのー、とか。光がひらひらしてて……これって幽霊?」


可愛らしい幽霊っているんだなーと思いながら答えると、コハナは「妖精だよ」と短く呟いた。


“ゆうれいじゃないのー”

“いっしょにしてほしくないのー”

抗議をするかのように、光がパチパチと点灯していた。


テーブルにつくと、コハナが淹れたハーブティーを飲む。

ほんのり甘い香りに、生姜が効いたそれは、不思議と心を落ち着かせた。


「妖精って初めて見た…」

「結構いる…仲良くしてくれるかは妖精次第だけど」

「そうなんだー…魔法も初めて…ここは…どこ?」


妖精に会えた興奮で忘れていた不安が、また胸に押し寄せてきた。


「魔法を知らない? 火をつけたり、灯りをつけたり、誰でもできる。珍しくない」


淡々と語るコハナに、自分がいよいよ別世界に来てしまった疑惑が強まる。


(別世界? じゃあ今までいたところは?高層ビル、スマホ、冷蔵庫…)


思い出そうとしても、やけに輪郭がぼやけていた。

それが印象の強い夢だっただけなんじゃないかと、錯覚しそうになる。


目の前がぐるぐるしてきて、落ち着くためにもう一口、ハーブティーを飲んだ。


「ここはモーヴ大国の国境…。あなたを運んできたのは国境警備隊モーヴェの末端、環境整理係」


“やなやつなのー”

“じぶんのことばかりなのー”


妖精たちが、わちゃわちゃと騒ぐ。


「私は…何でここにいるのかも、よく分からないの…」


消え入りそうな声で呟いた。


「記憶も曖昧で…自分の名前すら思い出せないの」


カップの中身を見つめてうつむく。


(今この瞬間も夢を見ているだけなのかも)


ふとコハナが気になって顔を上げた。


無表情のコハナが、じっと見つめ返していた


“なまえはいいのー”

“ゆっくりやすむのー”


淡い光が寄り添うようにポワポワと瞬いている。


「それ飲んだら、あなたはもう少し休んで」

コハナの淡々とした言葉が、不思議と心を落ち着かせる。


「ありがとう。妖精さん達もありがとう」


そう言うと、自分もいると言わんばかりに、犬が足元でフスンと鼻を鳴らした。


「そういえば、このワンちゃんの名前は何?」

手を伸ばして犬の背中を撫でながら尋ねると、コハナが短く答えた。


「フー」


「フーちゃんね。かわいい」


フーは笑うように口角を上げると、尻尾をぶんぶん振りながら、撫でている手をペロペロと舐めてくる。

その生温かい舌の感触に、これが夢ではないことを改めて認識した。


「ベッド、戻る。休んで」


そう言うと、また椅子を押してベッドへ移動する。

ハーブティーのおかげか、少しだけ痛みが和らいだ気がして、すぐにまた眠れそうだ。


コハナと妖精とフーちゃんがいる。

ここに連れてこられた時よりも、押し寄せる不安が薄れている気がした。


“みずうみにいこうよー”

“いいかんがえなのー”

“いこーなのー”


妖精たちの提案に、コハナは少しだけ目を見開いてから、こくんと頷いていた。


その頷きの中に、何か秘密めいたものを感じた。

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