表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
崖上小屋で今日もハイヒールを眺めます  作者: 小原みん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/70

33: 屋台フェスティバル

屋台フェスティバル当日、買ったばかりの濃紺が下地の花柄のワンピース、ボルドーのカーディガン、白い帽子にショルダーバッグ。

昨夜、妖精と一緒に磨いた黒のメリージェンの靴。


髪型も寝癖なし、口元はセイラから貰った自然な色味のリップ。


天気は良好。


完璧……多分。


ルシナは、意を決してルキの靴屋の前にたつと、頬を紅潮されながら、靴屋のショーウィンドウで前髪を整えている。


ルキはその光景をみて、湧き上がる思いを隠せず、つい笑ってしまう。


店の奥にある片足だけのボルドーのハイヒールに視線を移す


初めて会った時、不安そうにショーウィンドウを見つめていた。

けれど、彼女は今、懸命に前髪を気にしている。


少しでも前向きに…そんな思いからハイヒールを貸し出したが、こんなにも表情豊かな彼女に惹かれる自分がいた。


「お待たせしました」


扉を開けて微笑みかけると、ルシナは肩を跳ねさせた。


「ほぇっ」


自分でも驚いたような声を出して、みるみる赤くなる姿は可愛らしい。


「良く似合ってますね」


そう褒められてルシナはルキの私服姿を見つめる。


癖のない髪は後ろで一つに結ばれており、清潔感が漂っている。

いつもはシャツとエプロン、ジーンズ姿だが、今日は白いシャツに、ブラウンのジャケット。黒いスラックスが長い脚の線を際立たせていた。


丹念に磨き上げられた革靴は、控えめだが輝いている。


背筋がまっすぐで、立っているだけで目を引いた。


「では、行きましょうか」


自然な動作で腕を差し出される。


ルシナの動きが一瞬止まる。

頭の中だけが全力疾走している。


「えっと……」


どうしていいか分からず、手が宙で迷う。


その様子を見て、ルキは小さく一言添えた。


「失礼します」


そっと手を取り、自分の腕へ導く。


「人も多いので。嫌じゃなければ」


その声は落ち着いているのに、逃げ道も用意してある言い方だった。


以前言われた言葉がよみがえる。

――支えになります。


「あ……よろしくお願いします……」


自分の声が、自分のものじゃないみたいに遠い。


触れた腕は、細身なのにしっかりしている。

無理に力を入れている感じではなく、ただ安定している。


指先から伝わる体温が、じわじわと心臓を急かす。


顔を上げられない。


視線は自然と足元に落ちた。


「前を向かないと転びますよ」


静かな声がすぐ近くで落ちる。


「……といっても、転ばないように支えますが」


少しだけ言い足すように続けた。


喉が鳴る音が自分でも分かる。


慌てて顔を上げる。


距離が近い。


(ふひゃー。エスコートが過ぎるー)


心の中でだけ叫ぶ。


二人で並んで歩いていると、たまたますれ違った、カフェの常連のお母さんたちに声をかけられた。


「あらあら、いいわねえ」

「ふふ、デート?」


冷やかしを含んだ投げかけに、ルキはさらりとと返した。


「ええ。今日はデートです」


声色ひとつ変えず、まっすぐに。


逃げも濁しもしない。


ルシナの体温が一気に跳ね上がる。


(むきゃーーー)


もう赤い。たぶん耳まで赤い。  

常連のお母さん達まで赤くなっている。


「ごゆっくり〜」


更なる冷やかしに心が跳ね上がる。

腕にしがみつく力が、無意識に少し強くなった。


そんな様子に配慮しつつ、歩きながら話しかけてくれるルキの声に、少しずつ整っていく。


落ち着いた声は、不思議と周りの喧騒を遠ざけた。


(はっ。そういえば女神さまが、男の人の話を聞けって言ってたな……)


ルキの話は、靴作りの工程のことや、革の種類の違い、カイが薬草の瓶をよく落とす話など。


どれも飾り気はないのに、情景が浮かんで面白い。


ルシナは相づちを打ちながら、時々質問を返す。


それだけで、会話は途切れなかった。


広場が見えてくる。


色とりどりの屋台布、焼ける音、甘い匂い、笑い声。

イベントの熱気が増してきた。


人の流れも増え、自然と距離が縮む。

ルキの腕が、ほんの少しだけルシナ側に寄った。

守る角度だーーー。


「足が痛くならないように、休憩を取りながら回りましょう」


当然のことのように言う。


(特別扱い……だよね)



ーーーーー



広場に並ぶ屋台は、食べ物だけではなかった。


焼き菓子や串焼きの煙の間に、手作りの小物、ビーズ細工、ぬいぐるみなど、様々な商品が並ぶ。


まさにフェスティバル!


「わぁ……」


視線があちこちに飛び、首まで忙しくなる。


それでも体がぶれないのは、ルキの腕が支点になっているからだった。


ふと、いくつもの屋台の軒先に、同じような緑の束が吊されているのが目に入る。


乾燥させた葉と、小さな白い花。


「あれ……」


「ルキさん、みなさんハーブを飾ってますけど、何か意味があるんですか?」


ルシナが指差すと、ルキは視線をそちらへ向けた。


「あぁ、あれは――」


少しだけ目を細める。


「魔除けだったり、気付けだったり、食欲を刺激したり。種類で意味が変わります」


香りが風に乗って流れてくる。

清涼感のある匂いだった。

ルキは小さく笑う。


「祭りの日は人が多いですからね。気休めでも、やっておくと安心なんですよ」


それから、少しだけ肩をすくめた。


「この量だと……カイは連日徹夜かもしれません」


カイの、目の下にうっすら隈をつくった顔が浮かぶ。

そういえば、食べ過ぎた人向けの薬草を大量に用意するって言っていた。


屋台の軒先には、食欲をそそる香りのハーブ。


(いや、ちょっと待って)


(食欲刺激するハーブ吊り下げて、食べ過ぎの薬も作るって――)


売り手側の仕掛けと、その後の治療体制が見事に完成している。


「カイって……商売上手なんですか?」


ルシナが小声で聞くと、ルキは喉の奥で静かに笑った。


「ふふ。気づきましたか?」


視線は屋台のハーブに向けたまま続ける。


「彼は、ああ見えて抜け目ないんですよ」


その言い方がどこか誇らしげで、少し楽しそうでもあった。


(ああ、悪友なんだ)


ルシナは妙に納得した。



ーーーーー


串焼きや揚げ団子、クレープなどを食べる。

そのたびにルキは、人の流れをみながら、自然な手つきでベンチへ誘導する。


混雑の向きと距離を測るような、無駄のない動きだった。


ルシナがお金を支払おうとしても、いつの間にか会計は終わっている。


「ありがとうございます」


財布を出す間すら与えない。

あまりにも手際がよくて、まるで先回りされているようだった。


程よく休憩をとりながら屋台をまわっているおかげで、足に負担なく楽しめている。


「あっ!自警団の騎士たちだー!かっこいー!!」


子ども達が歓声を上げて走っていく。


その先を見ると、装備を整えた五名ほどの集団が、一定の間隔でゆっくり歩いていた。


全員、長い髪を後ろで一つに結んでいる。

鎧や武具は身につけているが、いかにも騎士という雰囲気ではなく、どちらかといえば、町に溶け込んだ柔らかい印象を受けた。


子ども達に手を振る者、軽く頭を撫でる者。

屋台の店主に会釈を返しながら歩いている。


笑っているが、眼光は鋭く、周囲を確認している。

それがあまりにも自然で、生活に溶け込んでいるのがわかる。


武器は剣や槍など様々だが、構えているわけではない。

腰や背に落ち着いて収まっている。


よく見ると一人は女性だった。

長身で、明るい表情の彼女は槍を持っているが、子どもに声をかけられると気さくに言葉を返している。


「さあ、みんな!これから自警団が打ち上げ魔法をあげるよー!」


よく通る声が広場に弾けた。


「わー!!楽しみー」

「待ってましたー!!」


歓声が波のように広がる。


自警団の一人が広場の中央へ進むと、人々は慣れた様子で、自然に円をつくるように下がった。押し合いも混乱もない。毎年の恒例なのだと分かる動きだった。


「座ったままでも良く見えるので、ここにいましょう」


ルキがそっとベンチを示して微笑む。


「打ち上げ魔法ですか?」


「ええ。きれいですよ」


その言い方が、どこか確信めいていて、ルシナの期待がふくらむ。


次の瞬間。


澄んだ鈴の音が空に跳ねた。


頭上に、光が咲いた。


ひとつではない。幾重にも重なった光の輪が、花のように、雪のように、星屑のように形を変え続ける。

色は溶け合い、ほどけ、また結び直される。


万華鏡をひっくり返したみたいな空だった。


歓声が遠くなる。


ただ光だけが、胸の奥まで降りてくる。


今まで見たことのない景色に、理由もなく涙がこぼれそうになった。


「ほんときれい…」


魔法ってすごい!そんな抑えきれない興奮を隠せないまま、ルキの横顔を覗くと、何かを思い出しているかのような静かな眼差しで空を見つめている。


ルシナは、心が彷徨うのを感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ