32: ショッピング
ノスタルジアに相談をのってもらって、その足で町までやってきた。
昼食がまだだったので、屋台で軽く食べる。
広場では明日の準備で慌ただしい。
カランコロンの心地よい扉の音を聞きながら、ルシナは服屋に入っていく。
「いらっしゃいませ」
店員の掛け声に尻込みをしながらも、目当てのワンピースを探す
青やピンク、黒などの単色のワンピースの他に、ストライプやドット柄、花柄など種類も豊富だ。
同じような年頃の女性客も多い。
ふと目に入った膝丈のAラインのワンピースは、濃紺の下地にオレンジや赤の小さな花柄。襟が白く控えめなレースがあり上品なのに華やかだ。
(かわいい……でも、私に似合うのかな)
そっと手に取って鏡の前に当ててみる。
胸のあたりで合わせただけなのに、うずうずする。
“それいいのー”
“はな、はなー”
妖精たちが裾のあたりをぱたぱた叩いている。
「ご試着なさいますか?」
声をかけられて、びくっと肩が跳ねた。
「は、はい……!」
試着室のカーテンを閉めると、心臓の音がやけに大きい。
(落ち着いて……ただの服。ただの服……デート服じゃない……)
途中で思考ぐるぐると回って、試着するだけなのにドキドキする。
着替えて外に出ると、鏡の中の自分が少しだけ知らない人に見えた。
「とてもお似合いですよ」
店員は営業用の笑顔ではなく、素直な声色だった。
「お客様の髪色にもあっていて、屋外のイベントにもいいと思いますよ」
(屋外って言った?見抜かれてる?この人、心読める?)
妖精は横で拍手している。だんだん恥ずかしくなってきた。
「これ、お願いします…」
そう小さな声で呟く。
「このカーディガンなどいかがですか?最近肌寒くなってきましたし、デートで風邪をひいては大変ですよ」
と店員はさらにワンピースによく合うカーディガンを勧めてくる。
ボルドーのカーディガンは丈がちょうどよく、濃紺のワンピースによく似合う。
あのハイヒールに合わせても良さそうだ。
(カーディガンならお店でも使えるし…いやいや、お金使いすぎ?)
そう感じながらも「お願いします…」と、店員の営業になってしまう。
少し浮き足立って店の外に出ると、近くの帽子屋が視界に入ってきた
帽子屋では、紳士物から子供用までたくさんの種類が展示されていた。
一つ一つ見ていると、気になる帽子を見つけた。
白いつばの小さめの帽子は、主張しすぎない形で、縁に細いネイビーのリボンが巻かれていた。
(あ、これ……ワンピースと合うかも)
そっと手に取ると、妖精がぴょこんと飛び乗る。
“にあうのー”
“それそれー”
「ちょっと……店員さんより早いのやめて」
小声でツッコミを入れながら、鏡の前でかぶってみる。
視界の端が少しだけ柔らかくなる。
なんだか、自分が“デートをする人”に見えた。
「サイズも合っていますね」
背後から穏やかな声がして、びくっとする。
「つばが小さめなので、屋台でも邪魔になりにくいですよ」
(屋台ってまた言った。この町、全員エスパーなの?)
おすすめ上手な店員だった。
「…これをお願いします」
今日はやたらと「お願いします」が小声になる日らしい。
ふと視線をずらすと、白いショルダーバックが見えた。
「あっ…」
店員はその視線を逃さずにショルダーバックを持ってくる
「その帽子によく合うと思いますよ」
なんとも営業トークが上手い…。
「ショルダーバックなら両手が空きますし、腕を組んで歩くのもいいですね」
腕を組んで歩く!ルシナの体温がどんどん上がっていく…
“あはは。ルシナかお、あかいー”
“デート、デート”
煽る妖精たちを、ひと睨みしてから「これもお願いします」と店員に渡す。
店員は、帽子とショルダーバックの会計を済ませるとご自宅用でよろしいですか?と確認をする
「はい……それでお願いします」
そう伝えると丁寧に包んでくれる
「明日晴れるといいですね…。またお越しくださいませ」
そう笑顔で話す店員に、苦笑いをしながら荷物を受けとる。
(あとは、靴だけど、履きなれたものがいいわよね…)
ルシナは今履いている靴をみる。
黒のメリージェーンは、ストラップの幅がちょうどよく歩きやすい。ワンピースにも合わせやすい。
(うん。靴はこのままでいいかも。磨くだけはしようかな)
そんなことを考えながら広場を歩いていると、カイが前からふらふらしながら歩いてきた。
「あれ?ルシナ!今日はお買い物?」
明るく話しかけるカイに、見られたくないものを見られたような微妙な表情をする。
「こんにちわ。今日は服とか買いに…」
広場では、明日の屋台フェスティバルに向け準備が進んでいる
屋台の数は多く、かなり大規模なイベントであることが予想できる。
「明日、ルキと回るんだって?」
カイの軽い口調に、ドキリと肩が上がる
(なんで知ってるのー)
「えっと、はい!ルキさんが一緒に回ってくれるって」
「俺も行きたかったんだけどなー。ごめんよー。前準備も含めて繁忙期でさー。ルキなら、ちゃんと案内してくれるよ」
カイの目の下には、くっきりとクマが出来ているが、それでも冷やかす様に、ニヤリと笑う。
「ルキ、イベントの時って店閉めて、靴を作っていることが多いんだけど、良かった良かった!」
腕を組みながら、うんうんと頷きながらカイは嬉しそうに語る。
良かったとは、ルシナのことなのか、それともルキのことなのか…
「ここだけの話、ルキも楽しみにしているらしくてさ、いつもより丁寧に靴を磨いていたよ…」
ヒソヒソと小声で話すせいで、ルシナの体温がまた上がってきてしまう。
「んじゃ!俺はここで!食べすぎてお腹痛くなったら、薬草屋まできてねー」
しっかりと営業をしてから、颯爽とこの場を離れていった。
(ルキさんも楽しみにしているの?私だけじゃないの?どうしよう。ドキドキが止まらない)
ふと、ルシナが周りを見渡すと、広場の準備をしている人たちに紛れて、町人たちの会話が風に乗って聞こえてきた。
「明日は自警団も巡回増やすらしいぞ」
「人が集まるからな」
「ちゃんと見てくれるといいがね」
「隣国からも人がくるんだろ?大丈夫なのかね」
笑い交じりの声だったが、どこか棘があった
その足元には黒い影のようなものが、薄っすらと漂っているように見えたが、ルシナは、胸の高鳴りの方が大きくて、あまり気にならなかった。
ただ、その影は、人の動きに合わせてゆらゆらと不気味に動いていた。




