31: 恋バナをしよう
お読みいただきありがとうございます。
活動報告でもお知らせしていますが、ここでも…。
物語の進行に伴い、あらすじを更新しました。
翌日、朝早くに目が覚めたルシナは、まだ霧のかかった頭をすっきりさせようとコーヒーを淹れた。
小屋にゆっくりと香りが満ちていく。
棚に飾られたボルドーのハイヒールは、朝の光を受けて静かに輝いていた。
(誘っちゃった……あれ? 誘われたんだっけ……)
思い出した瞬間、胸の奥がむずむずと落ち着かなくなる。
気持ちをなだめるように、コーヒーを一口飲んだ。
昨夜のやり取りが、何度も頭の中で再生される。
ダークグレーの瞳。
少し長めの、癖のない黒髪は後ろでひとつにまとめてあった。
特徴的な顔立ちではないのに、なぜか目を引く。
優しい目元と、まっすぐに伸びた背筋。
隙のない姿勢ごと、かっこいいと思ってしまった。
「彼女……いるのかな……。でも、いたら一緒に行きましょうなんて言わないよね……」
ぽつりと独り言を落とす。
コーヒーの湯気をそっと顔に当てた。
熱いのは、きっとこれのせいだ。たぶん。きっと。
飲み終えてカップを置き、朝食の支度をしようと立ち上がると、地下の床板がかすかに動いた。
コハナが上がってくる。
「コハナ、おはよう」
「おはよう」
少しだけ寝ぐせのついた髪のまま、椅子に向かう。
フーも後ろから、のそのそと出てきて、当然の権利のようにルシナの足元にすりすりと身体を押しつけた。
「コハナは今日もパン屋に行くの?」
「うん。屋台フェスティバルの準備、手伝ってって言われた」
「そうなんだ。その日、ルキさんと行く事になったよ」
少しだけ上ずった声で報告する。
「そうなんだ。良かったね」
相変わらず無表情のまま答えるコハナ。
けれど、目元だけがほんの少し細くなっていた。
「ああ!!」
突然叫んだルシナに、コハナは目を見開き、フーは「事件!?」と言わんばかりにワンワンと吠えた。
「コハナどうしよう。何を着て行こう?」
(これってもう、デートだよね。ね?デート判定でいいよね?そうだ!服!おしゃれ着持ってない!)
給料をもらってから、カフェ用の白シャツとシンプルなスカートは揃えた。
歩きやすい靴も買った。
でも、お出かけ用の服はない。
バッグ。髪飾り。場合によっては化粧。
考えるほど必要なものが増えていく。
「服? 私に聞かないで」
コハナはいつもの温度で言い切った。
(正論! 正論なんだけども……!)
セイラはいない。
カイに聞くのは違う。絶対違う。
ルキ本人に聞いたら心臓が止まる。
(誰に相談すればいいの……)
“めがみさまはー?”
“めがみさま、よろこぶよー”
妖精たちも一緒になって考えてくれたらしい。
ルシナの脳裏に、ビスクドールのような、人離れした美しさの湖の女神の姿が浮かぶ。
「女神さまって、そんな相談も乗ってくれるの?いやいや、流石にそれは…」
あの美しさだ。着飾る必要もないし…でも…
「女神様、細かい相談乗ってくれた」
コハナの一言が後押しをしてくれた
ーーーー
湖の近くまで来たが、こんな俗っぽい相談を女神様にしていいのか、不安が募る。
しかも魂の選択もまだ出来ていない……。
一緒に来てくれたフーだけが心の支えになっている。
そんなフーも湖に着くと、妖精たちを追いかけて遊んでいる……。
「あのー、女神さま?いらっしゃいますか?」
湖面に静かな波紋が幾重にも広がる。
水の底から光が滲み上がるようにして、ノスタルジアが姿を現した。
「はいはーい。いるわよぉー。なんか面白いことになってるじゃなーい」
精巧なビスクドールの様な神々しい姿なのに、相変わらず言葉遣いが俗っぽい。
ルビーを彷彿とさせる赤い瞳がキラリと光る。
「えっと、なんで知ってるんですか?」
「いやーね〜。魂の選択を控えた子の様子なんて、ちょくちょく見るに決まってるじゃない」
手をヒラヒラされながら、あけっぴらに話すその姿は、どこぞの飲み屋のおネエさんか。
神域の主というより、夜の店で人生相談を受けてくれそうな勢いだ。
それに…とノスタルジアは続ける
「たまには遊びに来てって言ったのに、全然来てくれないじゃない。私、さみしかったわ〜」
と大袈裟に落ち込むような仕草をする
(なるほど……妖精たちが喜ぶって言っていたのはこのことか)
「んで、今日はどんな用かしら?」
スッと表情を厳かな雰囲気に変える。
「魂の選択をする?それとも自身の運命について質問かしら?あとは……」
ニヤリと表情を崩しながら続ける
「恋バナ?」
ん?んー?っと分かっている癖に、分からない振りをしながらノスタルジアは促してくる
「こっ恋なんですかね…」
「あらまー恋でしょ。目がうるうるしちゃって…お相手は靴屋の坊やかしら?」
ルシナの顔がどんどん紅潮していく。
そんな変化にを「どうしたの?」とフーが駆け寄ってきてくれる。
フーを撫でながら心を落ち着かせると、ノスタルジアに向き直る
「明日のイベントに出かけるんですけど、服とか化粧とかどうしようかなって、どんな話をしたらいいのかなって…」
ノスタルジアは手を頬に当てながら、恋する乙女の話を真剣に聞くような仕草をしているが、赤い瞳だけが完全に面白がっていた。
「なるほどねぇ。服と化粧と会話ね。まあ初めてのデートならそんなところね」
「でっデート…」
「まず服ね!可愛らしさと動きやすさ優先。
ワンピースなんかどう? 屋台フェスティバルならたくさん食べるでしょ。あっ白はダメよ。こぼしたら最悪!花柄とか汚れが目立たないやつにしなさい!」
すごく早口で話すノスタルジアは、それから…と続ける
「あなた、足まだ万全じゃないでしょう。歩きやすい靴がいいわね。靴職人の前で靴擦れとかやめなさいよ。それを狙うってテクニックもあるけど、あなたには無理ね」
「それは出来ないです」
「化粧は薄く。隠すためじゃなくて、光を足すため。覚えときなさい」
指をひとつ立てる。
「会話はね」
そこで一拍置いて、にやり。
「相手の話を聞く。以上」
「以上?」
「好きな男の前で饒舌になる子は多いけどね。職人は語るより“見てる”方なの。聞いてくれる相手を覚えるわ」
湖面が小さく揺れた。
「それに、あの坊やは――」
言いかけて、ぴたりと止まる。
「……これ以上は未来干渉になるから言わない」
「え、気になります」
「気にしてなさい。それが恋よ」
フーが「わふ」と一声鳴く。
妖精たちがくるくる回って拍手している。
ノスタルジアは満足そうに頷いた。
「で? 加護、つけとく?」
さらっと爆弾を置く調子で言った。
「へっ?加護ですか?もう頂いていますけど…」
とその場でひらりと飛ぶ。
「あーん、もう違うわよ!何故だかキラキラ見えちゃう加護!とは言っても、いつもよりちょっと可愛いって思ってもらえる程度の細やかなものよ!間違っても精神干渉はしないから安心して。」
そんなことしたら、私が怒られるとぶつぶつ言いながらノスタルジアは続ける。
「で、やるの?やらないの?化粧するよりも効果あるわよ」
ノスタルジアは指をぱちんと鳴らしかけて、まだ発動していないのにドヤ顔だった。
「え、でも……それって、ずるくないですか?」
「ずるい?」
「だって、本当の私じゃないみたいで」
その答えに、女神は一瞬だけ目を丸くしたあと、くすっと笑った。
「あはは!安心なさい。美人になる訳じゃないから」
(美人に言われると、ちょっと、もやっと…)
「せいぜい、“今日はなんだか目が離せないな”くらいよ」
ノスタルジアは指先で湖面をなぞる。
水の上に輪が広がり、きらきらと反射した。
「それにこれはね、あなただけを変える加護じゃないの」
視線だけ真面目になる。
「“あなたを見る側を素直にする”だけ。これならギリ精神干渉にはならないわ」
妖精たちが「おー」と小さく歓声を上げる。
「効き目は日が真上に登ってから沈むまで。それ以上は持たせない」
「期限付きなんですね」
「恋は短期決戦よ」
フーがなぜか誇らしげに胸を張った。
「……お願いします」
小さな声だったが、まっすぐだった。
ノスタルジアは満足そうに笑う。
「よろしい」
指先で、ルシナの額に触れた。
冷たいはずの水の気配が、ほんのり温かく灯る。
「それではその日の“きれいに見える”を貸してあげる。えーっと明日だったわね…じゃあその時に設定して…」
にやりと笑って付け足す。
「そうそうーー」
「はい?」
「転んで泥まみれになったら、普通に台無しだから気をつけなさい」
現実的な忠告に、妖精たちが宙でひっくり返るほど笑っていた
フーちゃんは、パピヨンです。もふもふ可愛いー。




