30: 勇気をもって
革の匂いが広がる店のバックヤードでは、ルキが靴を作っていた。
革の裁断を終え、次の工程に向け整理をする。
ふと片方だけのボルドーのハイヒールを眺める。
明るく前向きにカフェで働くルシナの姿を思い出す。
まっすぐに『頑張りたい』と話すルシナの深い青色の瞳が美しいと思った。
ボルドーのハイヒールを作ったら、彼女はここに来なくなってしまうのではないか…。一瞬浮かんだ想いにルキは、ハイヒールを眺めるのをやめた。
会いたければカフェに行けばいいだけのこと、そんな事を思いながら、ルキは作業に戻る。
作業台の隅に置かれたままの、屋台フェスティバルのチラシが、目に入るたびに視線を外している。
ーーーー。
カフェのピークタイムが過ぎた店内はコーヒーの残り香と静かな空間が広がっている。
慌ただしい時間が嘘のようで、ルシナは一息ついた。
ルシナがテーブルを拭いていると、バックヤードから出てきたセイラに声をかけられた。
「ルシナ、明日から仕入れの取引で出かけるから3日間、お店を閉めようと思うの」
「そうなんですね」
布巾をたたみ直しながら、ルシナはセイラに向き直る。
「えぇ……悪いんだけど、その間はお休みってことでいいかしら」
少しだけ申し訳なさそうに眉を下げながらも、何か別のことを考えているかのようだ。
そんな様子に気付かず、ルシナはすぐに首を横に振る。
「大丈夫ですよ」
そう言って笑うと、セイラは小さく息を吐いた。
「助かるわ。戻ったら、またお願いするわね」
しばらくするとまた客足が増えてきて、ルシナは接客の仕事をこなしていった。
「お疲れ様。明日からのお休みだけど、3日後に屋台フェスティバルあるみたいだから、誰か誘って行ってみるといいわ」
パチンとウインクをしながらセイラが言った。
“誰か…”ふと浮かんだ顔に、胸の奥がくすぐったくなって、ルシナは首を振ってかき消す。
そんな様子を見て、セイラは小さく喉で笑った。
ルシナは、その視線の意味に気づかなかった。
ーーーー
コハナに屋台フェスティバルに行ってみないかと誘ってみたが、パン屋も出店するらしく、あっさりと首を横に振られてしまった。
「仕事」
短い一言…。さっ寂しい…。
「そっか……がんばってね」
翌日、カイにも声をかけてみたが、この日は薬草屋が忙しいらしい。
「祭りの後ってさ、だいたい食べ過ぎと飲み過ぎで腹やられる人が続出するんだよねー。先回りして薬草たくさん作らなきゃなんだー」
笑っているのに目が死んでいた。
(みんな予定ありかぁ……)
一人で行くのも悪くはない。
悪くはないけれど、少しだけ気が引ける。
なんとなく足が向いた先で、ルシナは立ち止まった。
靴屋のショーウィンドウ。
磨かれた革靴と、整然と並ぶブーツ。
ショーウィンドウ越しにルキと目が合うと、ルキが店先に出てきてきた。
「ルシナさん、こんにちは」
そう声をかけられ、思わず声をがうわずく。
「ルキさん!こんにちは。きょっ今日もいい天気ですね」
出てきてくれるとは思わず、心が跳ねる。
勇気を出して誘ってみようか…
「あっあの、2日後の屋台フェスティバルの日はルキさんお仕事ですか?」
そう尋ねるとルキはわずかに目を見開いた。
予想していなかった問いだったらしく、ほんの一瞬だけ間が空く。
「……屋台フェスティバル、ですか」
考えるように視線を少しだけ落とす。
「作業の予定はありますが、イベントの日は客足が少ないので閉めようと思ってたところです」
それから、まっすぐルシナを見る。
「行かれるんですか?」
問い返されて、胸がどきっと鳴る。
「は、はい。ちょっと気になってて……でも一人だと少し不安で」
言ってから、しまったと思う。
他に予定があるかもしれないし、カイもいないし…。
ルキは一歩だけ距離を詰めた。
「では、一緒に行きましょうか?」
間を置かずに言った。
「足もまだ万全ではないでしょう。人も多いでしょうし、俺が支えになりますよ」
さらっと言うその目は、誠実だった。
背が高く、姿勢がいいルキの顔は少し遠い。顔をあげて見上げると、体温が上がるのを感じた。
「いいんですか?誰かと行く予定だったとか…」
どんどん声が小さくなるルシナを、少しだけためらってから、腰を屈め、そっと手を取った。
「俺でよければ、ぜひ一緒に」
もう、心臓がバクバクして顔から湯気が出そうだ
「よ、よろしくお願いします」
そう答えてフラフラになりながらルシナは小屋へと戻っていった
飾る位置を変えたボルドーのハイヒールは、いつもと違う輝きを放ち、ぼーっとそれを眺める。
その手元では、フーが頭を擦りつけてセルフ撫で撫でをしていた。




