29: 再来
美味しい屋台や、町で流行っている歌などの話をしながら靴屋の近くまであっという間に着いた、
「あっ!ルキだ。ちょうど良いや」
ルキがちょうどショーウィンドウのガラスを拭くために店先に出ていた。
「カイか…ルシナさんまで。こんにちは」
そういうと布巾をエプロンのポケットにしまう
「ルキ、話があってさ。ルシナがおつかいに来たから途中までって一緒に来たんだー」
のほほんとした口調でカイがかいつまんで経緯を話す。
「そうか…じゃあ店に入って。ルシナさんもおつかい、お疲れ様」
柔らかく笑うルキは、相変わらず姿勢がいい。
「じゃあ、私はカフェに戻りますね。また…」
ルシナは笑顔で手を振りながら、カフェへと足早に向かって行く。
足の違和感から、歩幅はわずかに小さい。
ルキはその後ろ姿を、何気ない様子で見送っていた。
けれど視線は、表情ではなく足元を追っている。
ほんのわずかに重心がずれている。
片側だけ、着地が浅い。
(……かばっている)
職業柄なのか、癖なのか。
歩き方の違和感だけが、静かに目に残った。
「ルキ?どうした?」
カイの声で我に返る。
「いや……なんでもない」
そう答えながらも、もう一度だけ視線を向けた。
もう、角を曲がっていた
ーーーー
「セイラさん、戻りました。確認をお願いします」
カイから買ったハーブの入った袋と、お釣りを差し出す。
「ルシナ、お疲れ様。ありがとう」
セイラは微笑みながら、両手で受け取った。
中身を確かめてから、ふっと息をつく。
「今日はお客さんも少ないし、勤務はここまででもいいかしら。早めに店を閉めて、会計業務に専念しようと思うの」
どこか申し訳なさそうな言い方だった。
「大丈夫ですよ」
ルシナはすぐに頷いた。
「では、お先に失礼します」
セイラはバックヤードへ引っ込み、店内は一気に静かになった。
ルシナは店を出て、崖下へ向かう道を歩き出す。
歩幅が狭いせいか、いつもより距離が長く感じた。
足の奥が、じん、と鈍く痺れている。
(今日は、ちょっと歩きにくいな……)
いっそ飛んで帰ろうか、と一瞬考える。
けれど、町の近くで飛ぶ姿を誰かに見られたら——
あの噂話が、また大きくなるかもしれない。
小さく息を吐く。
最近は滑り台ルートで帰っている。
このルートは少し飛びにくい。
なにせ、上へ抜けるところで気を緩めると頭をぶつけるのだ。
(んー……ちょっと不便)
頭上を気にしながら、ふわりと浮き、滑り台の上へ抜ける。
群生地に出ると、ほっと息をついた。
(カイの店の妖精さん、面白かったな……。イタズラどころか、完全にお世話係だったし)
「ぐふっ……」
思い出し笑いが漏れる。
視線を落とすと、お気に入りの実が、枝いっぱいにたわわに実っているのが見えた。
摘み取っていると、妖精が近くに寄ってきては、“たべたいのー”とルシナの周りをぐるぐる回る。
手に抱えるほど摘み取り小屋へ戻ると――
そこに、長身の青年の姿があった。
灰色の短い髪。鋭い目つき。
ルシナと目が合うと、眉をひそめ、大股で近づいてくる。
(ひぇ……こ、こわい)
迫力に気圧され、思わず一歩たじろぐ。
「あぁ、すまない……また怖がらせてしまったな」
低く言ってから、数歩下がって足を止めた。
「どこへ行っていた」
バリトンの声が、短く落ちる。
(ひぇ……い、言い訳を……)
「あ……えっと、実を摘みに……」
抱えていた実を、そっと持ち上げて見せる。
言葉を選ぶように、慎重に答えた。
ノアは実へ視線を移し、小さく息を吐く。
「そうか」
それだけ言ってから、視線を戻す。
「足、引きずってるな」
――見られていた。
意識した途端、足の奥がびりっと痺れる。
力が抜け、カクン、と膝が折れた。
転びかけたルシナの身体を、ノアが片腕で受け止める。
「無理はするな」
低い声が…耳元で響く
がっしりとした体格と腕の強さに、安心より先に緊張が走る。
(に、逃げられない……)
「足の具合、あまり良くなってないようだな」
(お前のせいじゃー)
内心でだけ全力で毒づきながら、表情は取り繕う。
「すいません。ありがとうございます」
支えてくれた礼だけは、きちんと口にした。
「もう大丈夫です」
そっと身を引く。
その瞬間、ノアの視線が横へ一筋だけ走った。
何かを追うように、ほんのわずかに。
「? ……虫でもいましたか?」
「いや……」
短く否定してから、言葉を継ぐ。
「受け止めたとはいえ、身体に触れてすまなかった」
支えていた腕をゆっくり離し、きちんと一歩ぶん距離を取る。
職務の線を引き直すように、ノアは向き直った。
「その足では、そう遠くまでは行けないだろう。別に小屋の外に出ていても問題ない」
声は事務的で、感情の温度が落ちている。
「ただ、この付近で魔獣の鳴き声らしきものがした、という報告が上がっている。周囲には気をつけろ」
鋭い目が、そのままルシナを射抜く。
(うわっ。ここまで噂広がるの? 隣国だよ?)
どう反応するのが正解なのか分からず、頭の中で言葉を組み立てていると――
一体の妖精が、すいっと飛んできて、ノアの目の前でぴたりと止まった。
ぶんぶん手を振っている。
“みえてるー?”
ノアの視線が、ほんの一瞬だけ、焦点を外した。
けれど次の瞬間には、何事もなかったようにルシナを見据えている。瞬きひとつ、していない。
(……気のせい?)
「あっ、はい……魔獣、怖いですね。気をつけます」
結局、無難な返事に落ち着いた。
「今日はそれを伝えに来た。足りないものはあるか」
「あっ……えっと、大丈夫です」
何が必要か考える前に、反射で答えてしまった。
「そうか。では、また」
それだけ言うと、ノアは背を向け、詰め所へ続く道を降りていく。
“ルシナー、はやくかえろー”
妖精が耳元で急かすように声を弾ませた、その時――
ノアの足が、ほんの一瞬だけ止まった。
わずかに首が動く。
振り返るほどではない。だが、気配を払うような微妙な角度。
すぐに何事もなかったように歩き出す。
(何か言い忘れかしら?…長くいられても困るしな…)
そんなことを考えていると、妖精がふわりと耳元に寄ってきて囁く
“わるくないひとなのー”
(悪い人ではないのかも。……でも顔が怖いんだよな)
そんなことを考えながら、ルシナは小屋の中に入っていった。




