28: 薬草屋へのおつかい
2回目の給料日を迎え、カフェでの仕事の流れも掴めてきた。
ノアの存在や噂話、メンダヴォル…不安も多く足に鈍い痛みを感じることが増え、歩きにくくなっている。
それでも、常連客から名前で呼んでもらったり、チップを貰ったり、嬉しいことも多い。
ルシナは、少しずつ町の空気に溶け込んできているのを感じていた。
カフェを辞めたくない。
居場所を守りたい気持ちが日に日に強くなっているーー。
「ルシナ、私いま手が離せないから、マーリンから手紙を受けってくれるかしら」
サンドイッチ用の卵を焼いているセイラから声をかけられ、配達にきたマーリンを出迎える。
「やあルシナさん、仕事にも慣れてきましたかね」
マーリンは、えくぼを浮かべながら手紙の束をルシナに手渡した。
「はい。おかげさまで。常連の方々にも声をかけて頂くことも増えて楽しいです」
マーリンは「それは良かった。セイラさんにもよろしく伝えてください。ではまた」と足早に次の配達へ向かう。
手紙の束の一番上は、ファンレターらしくパステルカラーの封筒に、花のスタンプと星がひとつ描かれており、『りーちゃんより』と書かれている。
(りーちゃんってリーリエちゃんかしら?星まで描いてかわいいなー)
焼き上がった卵を皿に乗せながらセイラは、手紙の束を確認すると、一瞬、視線と手が止まった。
「これが終わったら、すぐに読むからバックヤードにおいておいてくれる?」
指示どおりに手紙を運び、置いて戻ると、ルシナはまた仕事へ戻った。
お昼のピークタイムが過ぎると、店内は一気に静かになった。
客足も落ち着き、丹念にテーブルを拭いているとセイラに声をかけられる
「ルシナ、ちょっといいかしら」
「はい」
「料理に使うハーブを、カイの店で買ってきてほしいの」
「分かりました」
セイラから、ハーブの種類が書かれたメモと代金を受け取り、ルシナは薬草屋へ向かう。
カイの店は、薬草だけでなく、茶葉や料理用のハーブも揃っている。
扉を開けると、店内には乾いた葉の香りが漂い、ハーブが入った瓶の周りには、妖精の姿も見えた。
カウンターでは、カイが年配の女性と話をしている。
「そうなのよ……足腰が弱くなっちゃって……」
「そっかー。でもね、座ったままでもいいから足を動かしたり、その場で足踏みするだけでも違うよ。あと、ご飯はちゃんと食べてね。はい!これ、薬草湿布。痛いところに貼って」
冗談のない、真面目な声だった。
「ありがとうねぇ」
女性はほっとした顔で湿布を受け取り、腰をさすりながら店を後にする。
カイは見送ってから、ふっと力を抜いた。
「あれ? ルシナじゃん。今日はどうしたの?」
ぱっと表情を明るくして、手をひらひら振る。
「セイラさんからのお使いです。このハーブを買ってきてって言われて……」
「そうなんだ。ちょっと見せてくれる?」
カイにセイラから預かったメモを渡す。
カイは畳まれた紙を開き、ざっと目を走らせる。
一瞬だけ、片眉が上がった。
それから、頭をぽりぽりと掻きながら、目を細める。
「……このバーブ…ね」
ポツリとつぶやく声色は、いつもより少しだけ低い。
少し間があったのが気になって、ルシナは思わず顔を見る。
その視線に気づいたカイは、慌てて笑った。
「あ、いやいや!珍しいやつだからさ。あると思うけど在庫確認してくるね!」
そう言うと、大袈裟に明るく、鼻歌混じりにバックヤードに消えていく。奥からはガサゴソと音が聞こえてくる。
音が気になったのか、妖精もバックヤードに入っていった。
それから直ぐに店に戻ってきたカイは、少しだけ髪型が乱れていた。
「ごめんごめん。あったよ。いやー焦ったわー」
まるで何もなかったかのように、いつもの調子だ
ルシナはハーブを受け取り、代金を支払い、すぐに店を出ようとしたところでカイに呼び止められる。
「ちょっと待ってー。俺もこれからルキの店に行く予定なんだ。途中まで一緒に行かない?」
そう言いながら、カイは店の鍵を探し始めた。
「あれ?……ない。どこだ?」
カウンター、棚の上、ポケット。
手当たり次第に確認していく。
「困ったなー。また妖精のイタズラかな?」
店の中をガサガサと探し回る。
ルシナがその様子を見守っていると、妖精が一体、カイの髪をぐいぐい引っ張っていた。
当の本人はまったく気づいていない。
ふと、何かに引かれるようにカイがそちらへ視線を向ける。
「あ……あった!あった!」
棚の陰から店の鍵を取り出し、ぱっと顔を明るくする。
「お待たせ!」
扉へ向かうカイの横で、妖精は腕を組み、やれやれと言いたげに何度も頷いていた。
その様子に、ルシナは思わずクスリと笑ってしまう。
「え? なに? なんか面白いことあった?」
「ううん! なんでもない! ……ぐふっ」
笑いを飲み込みきれず、変な声が漏れる。
カイは首をかしげたまま、理由が分からない様子で扉に鍵をかけ、店を後にした。




