3: 無表情な少女
「ひゃ……うぅ……ぶっ……!」
息苦しさと、むずかゆさ。
流美は顔を背けてながら目を覚ました。
顔の横には、胸毛がふわふわの小型犬がいた。
鼻。耳。口。
ぺろぺろと顔中を舐めてくる。
「ぶへっ…ちょ……待っ…やめて…」
黒目が大きく、白と茶色のもふもふの毛並。
羽根のような耳をした、可愛らしい小型犬。
目が合った瞬間、犬は「やっと起きたか」と言いたげに“ふすん”と鼻を鳴らすと、すっと離れていく。
「え……何?犬……?……痛っ」
可愛い犬に気を取られたせいで、意識していなかった痛みを思い出した。
「もう!一体なんなのよ!」
堪えきれない理不尽さに、思わず声を荒げた。
犬は突然の大声に、キューキューと鳴いている。
「あぁーごめんねごめんね……!」
「君に怒ってるんじゃないよ」
流美は息を整え、手で顔を抜くいながら、犬を見る。
「……ここ、どこなの?」
「君のお家?」
犬は様子を伺うようにベッドへ上がると、流美の隣にちょこんと背を向けて座った。
ふわふわな毛並の誘惑に負けて、そろそろと撫でる。
不安が少しだけ、和らいだ気がした。
ふわふわを堪能していると、小屋の奥の影が動いた気がして、身体が強張る。
「……だれ?」
影から女の子が、ぬっと出てきた。
「起きたね。あなたずっと寝てた。ここに来てからニ日」
か細く高い声が、見た目より幼く感じる。
柔らかそうな栗色の髪は、顎下できれいに切り揃えられている。
大きい眼の印象を受けるのは、猫のように丸い、くっきりとした黒い瞳と長いまつ毛の影響だろう。
小柄で痩せ細った腕は、カゴを抱えている。
中には野草のようなものと、赤い果実が入っており、水色のエプロンは少し汚れていた。
「えっと……あなたがこの子の飼い主さん?」
突然の出会いに、よく分からない質問をしてしまう。
「うん」
少女は言葉少なく答える。
互いに見つめ合い、無言が続いた。
「あの……ここにあなたは住んでるの?私、ここに連れてこられたんだけど……」
「うん……知ってる。見てた」
また無言が続く。可愛らしい外見や声と裏腹に、静かに話す少女に戸惑う。
「勝手に住んでただけ」
少女はポツリと答えた。
「そ、そうなんだ……えっと……あなたの名前を聞いてもいい?」
一拍置いてから、慌てて言い直す。
「あっ。こういうときは私からだよね。私は、ル……あれ?ル……」
口を動かしているのに、名前だけが出てこない。
息が浅くなる。
「私の名前……出てこない。なんで?えっと……」
パタパタと手で顔を仰ぎながら、思い出そうとするも分からない。
少女はこちらをじっと見て――
「私はコハナ」
そう言った。
「コハナ…」
名前を知っただけなのに、なぜか安心感が湧いてきた。
(コハナ…不思議な子)
そう思わずにはいられなかった。
「応急処置した。少し良くなった?」
突然の問いかけに足元をみると、確かに血で汚れた傷がきれいに洗われており清潔な状態になっていた。
「えっと…応急処置ってなに?」
コハナがベッドに近づいて足を見る。
「脚の腱切られてたから魔法かけた。完全に治す訳じゃないから……応急処置」
コハナが足に手をかざすと、淡い金色の光が包み込み、傷口が僅かばかり塞がっていく。
(魔法…魔法って……?)
「少しずつしかかけられないし、痛みがなくなる訳じゃない。だから痛みを和らげるハーブ…取ってきた」
そう言うと、コハナは小屋の奥にあるコンロに魔法で火をつけ、カゴから野草を取り出すとお茶を沸かし始めた。
「魔法…」
小さな呟きは、可愛らしい犬のくしゃみにかき消された。




