表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
崖上小屋で今日もハイヒールを眺めます  作者: 小原みん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/69

17: ボルドーのハイヒール

店内はやわらかな明るさに満ち、革の匂いがした。


青年はルシナを一人掛けのソファへ案内すると、ショーウィンドウに飾られていたボルドーのハイヒールを取り出す。


「見ていたの、これですよね」


よかったらどうぞ、と両手で差し出した。


受け取ったハイヒールは、想像よりも軽い。

インソールにはやわらかなクッションが入り、見た目より歩きやすそうだった。


店内の灯りの下では、また違う色に見える。


深く濃い赤。光沢を帯びて、いっそう美しい。

革のやわらかさと形の流れに、作り手のこだわりが伝わってくる。


「きれい……」


思わず漏れた声に、青年はわずかに表情を緩めた。


「ありがとうございます」


「靴って不思議ですよね。新しい靴とか、魅力的な靴を履くと、それだけで前向きな気持ちになると思うの」


ルシナの言葉に、青年の目がかすかに輝いた。


流美はどちらかといえばスニーカー派で、色や形にこだわって選んでいた。

パンプスや革靴は、就職活動のときくらいしか履いていない。


それでも今、こんなにもハイヒールに惹かれるのは――ルシナの魂だ。


どちらの魂も靴を大切にしていた。


「私が靴を作る上で、履く人が前向きになって欲しいという願いを込めています。もちろん、安全性と機能性も大切です」


落ち着いた声色で語る姿は、まさに職人だった。

靴作りに信念をもって向き合っている様子に、思わず憧れを抱く。


「ボルドーのハイヒールが気に入りましたか?」


そう問われて、ルシナは両手に持つハイヒールに目を向ける。


「はい……。この深い赤と靴の曲線がきれいで、これを履いたら自分を取り戻せるような気がするなって……」


少し迷ってから続ける。


「でも、支払いも出来ないし、今は眺めるだけでも幸せな気分になれそうです」


ハイヒールを見つめながらそう言うと、青年はどこか懐かしむような目でルシナを見ていた。


「……そう仰って頂けると、職人冥利につきます」


「靴をファッションの一部としてだけでなく、心を整えるものとして捉えてくれるのは嬉しいです」


そう言って、座っているルシナと目線を合わせる。


「先ほどの言葉、本気で言っているように聞こえました」


「このハイヒールは展示品です。同じものを、採寸を行ってから作成をしています」


視線がルシナの左足に向く。


「足、痛めていませんか? 少しかばっているように見えました」


「ちょっと怪我をしてしまって……治ったんですけど、たまに痛むんです……」


青年は静かに頷き、もう一度まっすぐルシナを見る。


「良かったら、これを持って行かれませんか? あくまで、お貸しするという形ですが」


ルシナは驚いて顔を上げた。


「そんな……受け取れません」


思わず首を横に振る。


青年は困ったように小さく笑う。


「先ほどの言葉が、心からのものだと思ったので」


ボルドーのハイヒールを、そっと差し出す。


「靴を“前を向くためのもの”として見てくれる方に、持っていてほしいんです」


少し間を置いて続ける。


「展示品でサイズも合っていませんし、今すぐ履けるものでもありません」


「だから――片方だけ、というのはどうでしょう」


「お支払いが出来るようになったら、その時は、貴女のサイズに合わせてお作りします」


「それまでは、時々、眺めてください」


その眼差しには、無理に勧める強さではなく、静かな願いが込められていた。


ルシナはしばらくハイヒールと青年の顔を見比べていた。


受け取りたい気持ちと、遠慮が胸の中で行ったり来たりする。


「……本当に、貸してくださるんですか?」


「ええ」


静かに頷く。


「いつか、きちんとした形でお返ししていただければ」


その言い方があまりにも自然で、押しつけがましさがなかった。


「ありがとうございます…大切にします」


両手で包み込むように抱きしめた


「こちらこそ」

青年は優しく微笑んだ


「そうだ。まだ名乗っていませんでしたね」

軽く一礼する。


「ルキと言います」


「ルシナです」


名前を交わしただけなのに、心が解れる気がした。




ーーーふと現実が頭をよぎる。


「私、仕事も探さないと……」


その言葉に、ルキは少し考える。


「でしたら、薬草屋のカイに声をかけてみてください。顔が広いので、何か知っているかもしれません」


そういうと、片方だけのボルドーのハイヒールを包んでルシナに手渡した。



ーーーーー


ふわふわした気持ちのまま、小屋へ戻ると、コハナとフーの姿はなかった。


手の中のハイヒールを、そっと見つめる。


(前向きに……)


胸の奥で、小さな灯りがともる。


働き口を探そう。

そして、コハナに町へ行っていることをちゃんと伝えよう。


ルシナは、静かにそう決めた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ