16: 町(2)
小屋に戻ると、コハナとフーはすでに帰ってきていた。
「おかえり」
「ただいま」
どこへ行っていたのか、互いに詮索はしない。
それでも気まずさはなく、静かで心地よい空気が流れていた。
コハナが入れたハーブティーを飲みながら、ルシナは町での出来事を思い返す。
パンの匂い。
町の人たちの表情。
カイの明るさ。
ボルドーのハイヒール。
どれも魅力的だった。
ずっとこの小屋にいなければならないのか。
あの場所で過ごすことはできないのか。
見えない不安が胸に広がり、左足がうずく。
そんなルシナの様子を、コハナは無表情のまま見つめていた。
ーーー
ルシナは、もう一度町へ行ってみようと、崖下までやってきた。
前回町へ行った翌日は雨が降り、結局シーツは洗えなかった。
今日は洗えた。
ひと仕事を終えた達成感に、気持ちは明るい。
そのまま足取り軽く、町の散策を続ける。
カイが話をしていたカフェの前に着くと、
女性店主らしき人が、郵便物を受け取っている。
「相変わらずファンレターがたくさんですね」
「ええ……人気者も大変だわ」
配達員の軽口に、嫌味を感じさせない調子でさらりと返し、可愛らしい色合いの封筒を受け取る。
カイが言っていた通りの美人だ。
ルシナが思わず見惚れていると、視線に気づいた女性店主が軽く会釈をした。
「中に入りますか?」
大きな声ではないのに、よく通る呼びかけに驚きながら、
「あ……いえ、また今度来ます」
そう言って、ルシナは足早にカフェの前を離れた。
(あの人がセイラさんかしら。美人だし、あの佇まい。どこかの令嬢って噂も立つわけだわ)
衣服店のショーウィンドウに映った自分の姿が目に入る。
服も欲しいな、と少しだけ惨めな気分になる。
小屋に運ばれてきた時に着ていた服は血で汚れてしまい、コハナが処分してくれたらしい。
今着ているのは、コハナが小屋の中から出してくれた服だ。
まるで、ルシナが来る前から用意されていたかのように整っていた。
(私が小屋に隔離されるのは、最初から計画されていたのね)
記憶が押し寄せ、足にじわりと痺れが走る。
歩幅を小さくしながら進み、靴屋の前で足が止まった。
ショーウィンドウには、ボルドーのハイヒール。
ワインのように深い赤。
濡れた果実のような艶がある。
靴底の曲線はなめらかで、ヒールの形も美しい。
目を逸らしたいのに、逸らせない。
(やっぱり、きれい……)
その靴を履いて踊る自分を想像した瞬間、足に鋭い痛みが走った。
(……こわい)
逃げることもできず、その場に立ち尽くしていると、後ろから声が落ちてきた。
「中に入って見てみますか?」
落ち着いた、少し低めの声。
振り返ると、やけに姿勢のいい青年がルシナを見下ろしていた。
「あ……でも、お金持ってないので……」
ためらいながら答えると、青年はやわらかく首を振った。
「買わなくてもいいですよ。見るだけでも」
それから足元へちらりと視線を落とす。
「それに足、痛めてませんか?少し座っていくといい」
そう言って、青年は先に立ち、店の扉を開けるとカランコロンと可愛らしい鈴の音がした




