14: 群生地
外は空気が澄んでいて、心地よい風が吹いていた。
コハナとフーの後を追って森へ入り移動する足取りは軽く、景色を見る余裕すらある。
湖の方向から少し外れた場所に、ぽっかりと開いた空間があり、そこには野草や木の実の群生地が広がっていた。
「ここ」
短く呟くと、コハナはカゴを置き、実を摘み始める。
ルシナも同じように手を伸ばした。
2人に会話はないが、鳥のさえずりや木々のざわめきが心地よく、この距離感が不思議と落ち着く。
フーは羽根のような耳と、長い尻尾の毛をなびかせながら、妖精たちを追いかけていた。
やがてコハナがぽつりと言う。
「ルシナ、好きなように過ごしていい」
突然の言葉に、ルシナは目を瞬かせた。
「ここも小屋も一緒に使う。でも、お互い無理しない」
作業を続けながら、淡々と話す。
「話したい時は話す。ひとりでいたい時は、そっとする」
無理して合わせなくていい。互いに気を遣わない…干渉しない…
そのやさしさが、コハナの人柄なのだろう
気を遣うのも、遣われるのも慣れてはいるけれど、その申し出に、ルシナは胸の奥がゆるむのを感じた。
(大人びてるな……まだ15歳なのに。一体何があったんだろう……)
小屋へ戻ると、自然とそれぞれの時間になった。
コハナは地下へ入り、フーはルシナの膝の上を占領する。
ーーー
夕暮れが近づいた頃、ルシナが簡易キッチンで夕食の食材を確認していると、コハナが地下から上がってきた。
「モーヴェ達が置いていった食材はこれ」
コハナが示した先には、野菜類、バゲット、水、干し肉が並んでいる。
「調味料は、わたしが持ってるやつ使って」
材料はあるのに、調味料はなし。
(やっぱり雑な扱いだな……)
「あれ?でも井戸があるよね?水?」
「モーヴェたち、井戸があるの気付いてなかった」
“ざつなのー”
“まわりみてないのー”
妖精たちが呆れたように光る。
水みたいに重いものを持って、あの悪路を長距離歩いてきたのかと思うと、少しだけ気が晴れた。
「ちょいざまぁ……」
ふふっと笑いながら呟くと、コハナがわずかに眉を動かしてルシナを見る。
「そういえば、ここって監禁とか隔離のために作られた小屋なのかな?その割には設備が整ってる気がするけど……」
運ばれていた時、見張り小屋とか幽霊小屋とか言っていた記憶がぼんやり浮かぶ。
「ここは隣国を見張るために作られた」
ルシナをまっすぐ見ながら、コハナは答える。
「けど和平条約が結ばれてから、数年は使われてなかったみたい」
「そこにコハナが来たってこと?」
コハナはこくりと頷き、サンドイッチを作り始めた。
ルシナも隣で手を動かす。
「モーヴ大国も落ち着いたし、都心部からも離れてる。隔離小屋っていうのも、間違いじゃないかも」
(ここに足の腱を切られて運ばれた私……。確かに余計なことをしたけど、そこまでだったんだろうか……)
記憶の奥に触れた途端――左足に鋭い痛みが走る。
がくりと膝が落ちた。
「大丈夫?」
フーも慌てて近づき、心配そうに足を舐める。
「ごめん……急に痛んで……」
「ルシナ、座ってて。ここまで一緒に準備してくれたから、すぐにご飯できる」
「うぅ……めんぼくない……」
フーを抱えて椅子に座り、毛並みに顔を埋める。
お日様のような匂いに、少しずつ気持ちが落ち着いていく。
するとフーは、ぺろりとルシナの唇を舐めた。
「ふふ……フーちゃん、くすぐったいよ。ありがとう……」
その小さな優しさに、胸の奥のざわめきがすうっと静まっていく。
フーは満足そうにフスンと鼻を鳴らし、もっと撫でろと言わんばかりに体を押し付けてきた。
「かわいいな〜」
耳の先の長い毛が、髪の毛のようにぴょこぴょこ揺れるたび、つい撫でてしまう。
ーーー
「落ち着いた?」
コハナがサンドイッチをテーブルに置きながら、わずかに眉を下げてルシナの様子を伺う。
「癒されました……」
すっかりもふもふを堪能したルシナは、満足そうに頷いた。
「これから、どうなるんだろうね」
何気ない問いかけに、コハナは答えず、ただ静かに見つめ返す。
「ここは安全だった」
その一言だけを残して、視線を落とした。
いつも以上に感情を見せない様子に、ルシナは少し首をかしげる。
「……まあ、先のこと考えても仕方ないか」
肩をすくめて、天井を見上げた。
「なんとかなるでしょ。今が安全なら、それでいいよね」
そう言って笑うと、コハナはほんのわずかに目を細めた。
それが笑顔だと気づいたのは、もう少し先の未来ーーー。




