9 ロジャーの記憶②
「……おいおい、おまえたちそんなところで突っ立っていて、邪魔になるぞ?」
次なる言葉に迷っていたアデルだったが、救いの手が差し伸べられた。
いつの間にかアデルの背後に立っていたザカライアが、出入り口に立ち塞がる状態のアデルとロジャーに呆れたような眼差しを向けていたのだ。
「てかロジャー、おまえ帰り早くない?」
「ただいま戻りました。いろいろあって早く戻ることにしたんですが……ああ、そうだ。ザカライアさんにも聞いてみますが、僕って隊長のことだけ忘れていません?」
「ロジャー……」
あまりにも急ピッチで物事を進めようとするロジャーに視線をやったアデルだが、ザカライアは何かに気づいた様子で目を丸くして、そしてわはは、と笑い始めた。
「いやいや、そんなことないだろ? 何言ってんだよ、いきなり」
「ですが僕、隊長の好きなものとかを覚えていなくて……」
「いや、俺だって一人一人の好みなんてすぐに言えるわけじゃないし? てかおまえちゃんと、アデルのことを覚えてるだろ? ほら、今年の夏にこいつが泥まみれになったときのこととか」
「ちょっ、ザカライア!」
「あっ……あれですか。はい、覚えています」
ロジャーもばっちり覚えていたようで、ほっと息を吐き出した。
「……よかった。僕、隊長のことだけ忘れてしまったのかと不安に思っていました」
「おまえは頭がいいけど、だからってなんでもかんでも覚えているわけじゃない。気にすんなよ」
ザカライアはひらひらと手を振ってから、アデルの腕を引っ張った。
「ってことで、俺はもうちょいアデルと立ち話するから。ロジャーは帰ってきたばかりだろ? 中に入ってろよ」
「そうします。では、隊長、またあとで」
「……ええ」
なんだかザカライアの勢いに呑まれた気もするが、正直かなり助かった。
すっきりした顔のロジャーを見送り、彼の足音が完全に遠ざかってから、アデルとザカライアは顔を見あわせてため息をついた。
「……ありがとう、助かったわ」
「どういたしまして。……どうやらあいつも、自分の記憶の穴に気づいたようだな」
「ええ。……ロジャーは、かなり不安に思っていたようね」
とするとやはり、彼を無理に刺激しなくて正解だったようだ。真面目なロジャーのことだから、自分がアデル関連のことだけ忘れていると知るとショックを受けそうだ。
「ま、そういうやつだからな。……だが、どうするかね」
「ロジャーの記憶のこと?」
「それもそうだが、おまえも大丈夫なのかと思って」
「私?」
「半年後、ロジャーの結婚式をちゃんと見届けられるかってことだよ」
ザカライアに指摘されて、ひゅうっとアデルの胸が冷えた。
「おまえ、プロポーズのことをずっと引きずりそうだと思って。そりゃおまえも若干アホだが馬鹿じゃないし、最低限取り繕うことはできるだろう」
「アホも結構よ」
「はいはい。……今のおまえの胸に、モヤモヤしたものとかはないか? それを、半年後にはすっぱり消せそうか?」
ザカライアの容赦ない追及に、アデルはぐっと言葉に詰まった。
……ロジャーのことは、頼りになる部下だと思っていた。あのプロポーズ事件さえなければ、彼とクリスティンの婚約も素直に受け入れられただろう。
……だが、モヤモヤはある。
プロポーズを忘れたこともだし……それ以上に。
(私とクリスティンさんが、そっくり……)
想像以上に自分とクリスティンの好みが似ていて……以前のロジャーは、クリスティンの下位互換としてアデルにプロポーズしたのでは、みたいなひねくれたことも考えてしまう。
自分が死ぬかもしれないときだから彼も混乱していて、見た目は似ていないが趣味が似ているクリスティンとアデルを混ぜこぜにしたのでは、と。
「……消せるように、努力するわ」
なんとか返事を絞り出したアデルに、ザカライアは「そっか」とうなずきかけた。
「その意志があるのなら、大丈夫だろう。……だがまあ、他にも荒療治だが方法はある」
「あるの? 一発頭を殴ってもらうとか?」
「なんでおまえもエリンも、解決策が脳筋気味なのかなぁ。そうじゃなくて、ほら、言うだろ。終わった恋を諦めるには新しい恋をするのがいいって」
ザカライアがウインクを飛ばして言うので、逆にアデルの目はすっと細くなった。
「……恋じゃないんですけど?」
「おまえはロジャーがクリスティンと結婚することに、モヤモヤを抱いている。それはもはや恋と言っていいはずだ」
「違うと思うけど……」
「まあいいから。それで、新しい恋の相手として俺を選んでみるとか?」
「ないわ」
ふんっと鼻で笑ってやると、ザカライアもまた「だよなぁ!」とわざとらしく額に手を当てた。
「ま、俺もおまえみたいな猛獣よりも優しい人のほうがいいし」
「だったらナンパしないでくれる?」
「悪い悪い。……ほら、ちょっとは気持ちが楽になったんじゃないか?」
ザカライアが笑いながら言うので、アデルはむっとしつつも……確かに先ほどよりは肩の力が抜けたと認めざるを得なかった。
「まあ、そうね。あなたの荒療治のおかげだわ」
「そりゃ光栄だね」
「……あなたって案外、自分でもわかっていないだけで脳筋解決策仲間なのかもしれないわよ?」
「ええっ……やめてくれよ、おまえと仲間とか。エリンとなら歓迎なんだけど」
「またそんなこと言ってる」
わはは、とアデルとザカライアは軽口を叩きながら立ち話をしていたのだが。
「……」
そんな二人を、宿舎の二階の窓からロジャーが眺めていた。




