6 小さな違和感①
ロジャーのお見舞いに行った翌日、アデルは実家から帰ってきたエリンにも報告をしたのだが。
「……は? なにそれ、嘘でしょう?」
「私も、嘘だと思いたいわ……」
「いくらなんでもあんまりだわ。……ロジャーの頭を叩いたら、記憶が戻らないかしら?」
「余計忘れそうだから、やめておこう」
食堂外のテラスにて、おっとりした顔でとんでもないことを言うエリンを、アデルのほうがどうどうとなだめる羽目になった。
ロジャーの見舞いに行くことはエリンにも伝えていたので今日最初に顔を合わせたときの彼女はほくほくの笑顔だったが、報告を聞くなり声が数段階低くなった。
アデル隊における最年長で優しいお姉さん的立ち位置のエリンだが、怒らせると非常に怖かった。
「アデルは、これでいいの?」
「いいもなにも、私にはどうしようもないわ」
昨日ザカライアとも話したことなので、アデルは淡々と答えられた。
「そもそも、あのプロポーズについて知っているのは私と、事前に話をしていたエリンとザカライアだけよ。……いや、あの場には他の人がいなかったから、あなたたちが私のことを信じる謂れだってないもの」
「さすがにアデルがそんな嘘をつくとは思えないわ。だってそれがもし嘘だったら、年下の部下にプロポーズされた妄想をしてそれを口にする痛い二十四歳女性ってことになるのよ」
エリンのご指摘は、まったくもってそのとおりだ。
とはいえ、事前にエリンとザカライアに教えていたから彼らにはこの異常事態を理解してもらえたが、そうでなければ「ロジャーおめでとう!」と言わざるを得ない状況だっただろう。
「でも、ロジャーは本当にあのご令嬢と愛しあっている様子だったわ。幼馴染みということだから、私よりよほど付き合いも長いのでしょうし。男爵家の皆様も、二人の婚約を心から祝っているようだったし……」
「複雑よね」
そう、エリンの言うとおり、複雑だ。
ロジャーからのプロポーズは、口約束――にすらなっていない程度のものだ。
ロジャーはそのときの記憶をなくしているようだし、「私にプロポーズしたじゃない!」と詰め寄って痴女扱いされるのはアデルのほうだ。
アデルは上司として、ロジャーの婚約を祝福しなければならない。
……あの戦場のでプロポーズさえなければ、祝福できたのに。
数日後、全快したロジャーが魔道士団に復帰した。
「このたびはご迷惑をおかけしました。今後は一層、職務に励みます!」
まぶしいばかりに真っ直ぐな眼差しでロジャーが言うので、アデルはなんとか微笑みを返すことができた。
「いいや、私こそおまえには助けられた。……家のことは、いいのか?」
「はい、僕は仕事に専念すればいいと、クリスティンも言ってくれました。あ、ちなみに結婚式は来年の春の予定です。隊長も是非来てくださいね!」
「……ああ、もちろんだよ」
いっそ憎らしいほど無邪気にロジャーが言うので、アデルの笑顔が引きつりそうになる。
(ロジャーには記憶がないのだから、仕方がない。それに四つも上の私じゃなくて、クリスティンさんのほうがお似合いに決まっているわ)
裏事情を知るのは、アデルとエリン、ザカライアだけだ。
二人にも「ロジャーを刺激しないでね」とお願いしている。ザカライアのほうはともかく、エリンは不満げだったが。
復帰したてのロジャーの体調や精神面が気にはなったが、彼はアデルの心配をよそにガンガン活躍してくれた。
最初の魔物との戦闘では念のために彼を後方に置いていると「僕も前に出ます!」と血気盛んに申し出られ、ならばとアデルの側に置くと迫り来る魔物を切り伏せ蹴り飛ばし立ててぶん殴りと、八面六臂の活躍をしてくれた。
昼食休憩中に同じ年頃の男性魔道士たちと話をしている姿を見たのだが、「結婚に向けて、お金を貯めたいんだ」と明るい笑顔で言っていた。
(……なるほど。以前以上に張り切っているのは怪我のことだけでなくて、クリスティンさんとの結婚生活のためなのね)
話を聞いてみたのだが、クリスティンは子爵令嬢でロジャーの実家とは古い付き合いらしく、ロジャーは格上の家柄であるクリスティンが苦労しないよう、今のうちにしっかり貯金したいと考えているそうだ。
アデルがロジャーくらいの年の頃はガンガン稼いでガンガン使っていたはずだから、彼の堅実で真面目な姿には舌を巻いてしまう。
(そりゃあ、子爵令嬢も惚れるわよね……)
顔がよくて穏やかで騎士としても優秀で、甲斐性のある性格。
むしろこんな素晴らしい青年が何をとち狂って、アデルのようながさつな女にプロポーズしたのだろうか。いっそ、「あれは事故だった」説さえ有力に思えてくる。
「……あっ、隊長!」
魔物退治を終えて近くの町で休憩していると、後ろから明るい声がかかった。振り返らずとも、それがロジャーであるとわかる。
一人ぶらぶら町歩きをしていたアデルに声をかけたロジャーは、小脇に小さな包みのようなものを抱えていた。
「お疲れ様です。隊長も買い物ですか?」
「いや、私はちょっと散歩をしていただけ。ロジャーは、何か買ったのか?」
「はい、クリスティンへのお土産です」
ロジャーがはにかんだように言うので……なぜかアデルの胸が、少しだけざわついた。
「クリスティンって、甘いものも好きですが苦いものも案外いけるみたいなんです。だからさっき見かけたチョコレートをと思って」
「へえ、ビターチョコレートね。いいじゃない、私も好きよ!」
「そうなんですね。……あ、そうだ。それじゃおひとつ、どうぞ」
何気なく同意を示したつもりなのに、ロジャーは抱えていた包みをがさごそ探って、中から個包装されたチョコレートを出した。
「いや、それは悪いよ。クリスティンさん用でしょ?」
「いえ、家族にもあげようと多めに買ったんです。だから、遠慮なくもらってください」
ロジャーがぐいぐい押してくるし……ちょうど甘いものを食べたい気分でもあったので、アデルはありがたくチョコレートの包みを受け取って早速開いた。
「あ、これってお酒が入っているな。ちょっとだけ匂う」
「はい、少量ですが入っています。隊長はお酒、平気でしたっけ?」
「仕事中は飲まないけれど、そこそこ好きだよ」
ありがとう、と礼を言ってからアデルはチョコレートを口に入れた。
じんわりとした苦みのあるチョコレートを噛むと、中からじゅわっと酒が出てきた。……少量というわりには、酒の風味が強い。
(クリスティンさん、あんまりお酒が好きそうな人には見えなかったけれど……まあ、これくらいなら酔っ払うことはないわよね)
一度見ただけのクリスティンの姿で、ザルか下戸かを判断するのは早いだろう。
「おいしいな、ありがとう。じゃ、私はもう少し歩いてみるよ」
「僕は宿舎に帰りますね。遅くなるまでに帰ってきてくださいね」
「おまえは私のナニーか!」
わはは、と道の真ん中で笑いあってから、二人は解散した。




