5 話が違う②
エリンの助言により、アデルはいくつかの可能性をあらかじめ考えてきた。
①プロポーズの返事を求められる
②プロポーズのことを忘れられている
③あれはその場の勢いで出てきた嘘だった
これらのいずれかのパターンで予習してきたので、まさか
④他の人と結婚する
という選択肢がにょきっと生えてくるとは思わなかった。
(ええと……幼馴染みって言っていた? で、彼女がロジャーの看病をした?)
心臓が、どきどきする。
だがそれがなんの理由でどきどきしているのかは、アデルにはわからない。
ロジャーに同じ年頃の幼馴染みの令嬢がいるのは、わかる。彼だって三男坊とはいえ男爵令息なのだから、貴族の少女の幼馴染みがいてもおかしくはない。
それをふまえると、クリスティンがロジャーの看病をしたというのも、まあわかる。
そういえば男爵家からの手紙にも「知り合いが看病をしてくれる」とあったし、それがクリスティンだったのだろう。
そうして看病をするうちに、元々面識のあった二人の間に恋が芽生えて……という経緯なのだろうが、ちょっと待ってほしい。
(私のことは、どうなっているの!?)
これではまるで「誰よその女狐は!」と怒り狂う悪役のようだが、むしろアデルは結婚詐欺に引っかかった被害者ではないか。
だが、ロジャーのあの表情からして彼が「アデルとのことはなかったことにして、なあなあでクリスティンとの仲を認めさせたい」と思っているとは感じられなかった。そもそも、ロジャーはそんな不誠実なことをする青年ではない。
(だとするとロジャーは、あのプロポーズのことを忘れてしまったのかも)
なんとか髪をまとめられたアデルは、鏡に映る自分の姿を眺めながら頭の中を整理させる。
ロジャーは怪我を負ったショックで記憶が一部飛んでおり、アデルへのプロポーズのことも忘れてしまった。
だからクリスティンに看病されるうちに彼女に恋をして、結婚の約束をしたのではないか。
(もしそうだとしたら……)
ガンガン痛み始めた頭をそっと撫でつつ、アデルは渋々ロジャーの部屋に戻った。
するとそこではお茶の仕度が進められており、ザカライアがこちらを見て片手を挙げた。
「おかえり。これからロジャーの服薬を兼ねたお茶会をするんだってよ」
「……そうなのね。でも、ごめんなさい。ちょっと、頭が痛くて」
「うわ、それってさっき俺が髪を引っ張ったせいじゃね?」
ザカライアがそう言うと、ロジャーの隣に座っていたクリスティンが心配そうにこちらを見てきた。
「まあ……アデル様、ご無理をなさらず。もしかして、お茶の匂いが体によくないのでは? このお茶、わたくしのお気に入りなのですが、少し匂いが独特で……」
「隊長、無理は言えません。今日はお会いできて十分だったので、また復帰したときにゆっくり話をしましょう」
ロジャーもそう言ったし、アデルとしてもいろいろと限界だった。
そこで二人はここでお暇することにして、庭で待っていた馬車に乗り込んだ。
「……ごめんなさい、ザカライア」
「いや、おまえをあの場から避難させるためとはいえ、髪を引っ張ったのは事実だからな。それに……おまえがいない間に、話は十分聞いておいた」
ザカライアが真剣な顔で言うので、アデルはどきっとしつつうなずいた。
「ありがとう。……ロジャーは、なんて?」
「……ロジャーの様子からして、おまえももうだいたい予想がついているかもしれないが」
そう前置きをしてザカライアが伝えてくれたのは、わりとアデルの予想どおりの展開だった。
ロジャーは先日の魔物退治に行く前後あたりの記憶が飛んでおり、気がついたら実家に戻っていた。
彼の看病のために幼馴染みであるクリスティンが駆けつけ、寝る間も惜しんで側にいてくれた。
そんな彼女の健気さにロジャーは心を打たれ、告白した。クリスティンも同じ気持ちだったらしいし双方の家族も歓迎してくれて、婚約届も提出したと。
「……きっついわぁ」
「うん、だろうな。だが俺も事前にプロポーズ事件についておまえから聞いていなかったら、そういうこともあるかなって納得していたな」
もはや泣けばいいのか怒ればいいのかさえわからないアデルがぐったりと伸びると、ザカライアも難しい表情で同意を示した。
「だがな、もう婚約は締結されたということだし、あいつらは両想い。俺たちが介入できることは、もうなにもない」
「……そうね」
「アデル、おまえはこの展開はどう思う?」
ザカライアに尋ねられたアデルは、「どうって」と体を起こした。
「部下の結婚なんだから、そりゃあおめでたいわよ」
「フられた、って気分にはならないのか?」
「……ならない、わよ」
容赦なく突っ込んでくるザカライアをじろっと睨みながらも、アデルの胸中はモヤモヤしていた。
ロジャーのことを、異性として好きだったわけではないはずだ。
ただ彼のことは好ましく思っていたし、そんな部下から「結婚してください」と言われたときに、驚きはあったが嫌悪感などはなかった。
好意的に捉えていた相手から、プロポーズされた。
それを嫌だとか迷惑だとか思わないくらいには、アデルもロジャーのことを好きだったのだろう。
そしてそんなことを言ってくるから、アデルはロジャーのことを意識した。
城で彼の手当てをしているときも無意識のうちに、この人のことを死なせたくない、と気持ちを募らせていたのだろう。
だからこそ……そんな彼が他の女性と結婚すると言って、ショックだった。
彼に記憶がないとわかっていても、弄ばれた、からかわれた、と思ってしまう。
「でも……ここ数日、気持ちがそわそわしていたのはなんだったんだろう、って思ってしまうわ。それに、復帰したロジャーにちゃんと笑顔でおめでとうと言えるかも……」
「それくらいには、おまえもロジャーのことを好いていたってことだな」
ザカライアはしみじみと言ってから、自分の胸を叩いた。
「……失恋を忘れるには、新しい恋をするのがいい。ってことで、アデル。俺と付き合ってみるか?」
「えー……むり」
「うっわ、地味に傷つく」
「ザカライアは思ったよりもいい人だとは思うけど、ちょっと違うのよ。それに、やっぱり同じ部隊で恋をするのはよくないわ。トラブルのもとだって、今回でわかったし?」
なんとか笑顔を貼り付けて、アデルは言ったのだが。
「……そうか」
ザカライアは何か考え込んでいたようだった。




