4 話が違う①
アデルとザカライアを、男爵夫妻や使用人たちは大歓迎してくれた。
「このたびは、私の力不足によりご子息の体に傷を負わせてしまったことをお詫びします」
「いいえ、そのようなことをおっしゃらないでください」
頭を下げるアデルに、ロジャーがそのまま年を取ったかのような雰囲気の男爵が首を横に振ってみせた。
「騎士になった以上、負傷は覚悟しておりました。今は回復したのですし、なにも問題はありません」
「それに息子は、あなたのもとで働けることを喜びとしていたようです。こちらこそ、息子が活躍できる場を与えてくださったことに、感謝しております」
髪の色がロジャーと同じ男爵夫人もそう言ってから、「それに」と手を打った。
「息子から、嬉しい報告もあるのです。是非とも、アデル様にお伝えしたいと」
「は、はあ……」
「さ、こちらです」
男爵夫人がそう言って、アデルたちを屋敷の中に案内してくれた。廊下に控える使用人たちが、恭しい所作で頭を下げている。
「……おい、アデル」
階段を上がっているときに、ザカライアが少し身を屈めてこっそり耳打ちしてきた。
「これはちょっと、事情が違いそうだ」
「えっ?」
「おまえ、さっきの男爵夫人の言葉を聞いていなかったのか? 例のアレについてにしちゃ、言い方がおかしかっただろ」
ザカライアに指摘されたアデルは、遠回しに馬鹿扱いされたことにむっとしつつも、先ほどの男爵夫人の台詞を思い返した。
『息子から、嬉しい報告もあるのです』
『是非とも、アデル様にお伝えしたいと』
(……えっ? た、確かにこれ、変だわ)
先ほどは少し緊張していたこともあり、彼女の台詞を適当に受け取ってしまったが……もしロジャーの『大事な話』というのがプロポーズ事件の続きなのだとしたら、当事者であるアデルについて「嬉しい報告」「お伝えしたい」という表現はしないはずだ。
(それじゃあ少なくとも、プロポーズの件ではないのね。なにかしら。他にめでたいこと?)
アデルはそう考えていたのだが、隣を歩くザカライアは険しい表情をしている。
そうしていると、男爵夫人がロジャーの部屋まで案内してくれた。ドアをノックし、「アデル様たちがいらっしゃったわ」と言うと――
「ごきげんよう。アデル様ですね?」
ドアが開き――見知らぬ女性が顔を覗かせた。
少し赤みがかった銀髪には緩い癖があり、まるで人形のように愛らしい顔立ちをしている。
アデルよりも小柄で若そうだが、ドレス越しでも胸の大きさがよくわかる。学生時代に「鉄壁ー!」と馬鹿にされたことのあるアデルからするとなんともうらやましい、絶世の美少女だった。
(どちら様!?)
ぎょっとするアデルよりもザカライアのほうが動きが速く、彼はさっとアデルの前に入って美少女の手を取り挨拶のキスをした。
「お初にお目にかかります。アデルの付き添いの、ザカライアと申します。ロジャーは、中に?」
「はい。どうぞお入りくださいな」
美少女はザカライアの慣れた手つきにも動じることなく、微笑んでドアを大きく開けた。
プレイボーイな雰囲気漂うザカライアだからちょっとはショックだったのだろうかと思いきや、彼は眉根を寄せて美少女の背中を見ていた。
室内はまず小さめのリビングがあり、もう一枚ドアを通った先の寝室に、ロジャーはいた。
「隊長! それにザカライアも、来てくれてありがとうございます」
ベッドに腰掛けていたロジャーが笑顔で言うので、ひとまずアデルはほっとできた。
室内着ではあるがその足運びには危なっかしいところがないし、物言いもはっきりしている。ほぼ快癒したと言ってよさそうだ。
「久しぶり、ロジャー。元気になったなら何よりよ。……ごめんなさい、私のせいで怪我を負わせてしまって」
「いいえ、僕がしたくてしたことです。隊長こそ元気そうで、よかったです」
アデルが差し出した手土産の焼き菓子詰め合わせを、ロジャーは笑顔で受け取り――すぐに、例の美少女に渡した。美少女は詰め合わせの籠を受け取り、幸せそうな笑顔をロジャーに向けている。
(……ええと。この人は、誰?)
医療従事者にしては豪華なドレス姿だし、指先には傷ひとつない。どう見ても薬師などではなさそうだし、この美貌からして貴族の令嬢な気がする。
アデルの疑問を読み取ったのか、ロジャーはひとつ咳払いをしてから令嬢の手を取った。
「そうだ、隊長たちにも報告したいのです」
「……」
「実は僕、結婚することにしたのです。……僕の看病をしてくれた幼馴染みの、クリスティンと」
「クリスティンでございます。このたび、ロジャーと結婚することになりました」
若い二人が寄り添いあい、指同士を搦めて幸せそうな顔で報告してくるので。
「……へ、え?」
アデルは間抜けな声を上げてしまった。
「この戦いが終わって自分が生き延びたら、結婚してください」と言ってきた部下が、知らない女性と結婚するらしい。
「……おーっと!?」
「……わっ?」
いきなり背後に衝撃が走ったと思ったら、アデルが髪をまとめていたピンがさっと引き抜かれた。おかげで髪がばらりとほどけてしまい、背後でザカライアが「悪い悪い」と頭を掻いていた。
「俺のボタンがピンに引っかかったようだ」
「え、わ、わっ……」
「すまない、アデル。髪、直してきてくれ。その間、ロジャーと話をしているから」
ばらばらと赤毛が崩れ落ちてきたアデルの背中をザカライアが押したことで、アデルははっとした。
(もしかして、気を遣われている……?)
ロジャーの爆弾発言にアデルは呆然としているし、「私と結婚するんじゃなかったの!?」と爆発しかねない。そのため、ザカライアが芝居を打ってアデルをこの場から撤退させようとしてくれたのだ。
彼の意図に気づいたアデルは、まごまごしつつもロジャーに向かった。
「ええと、ごめんなさい。ちょっとこれじゃあ見苦しすぎるから、お手洗いを借りてくるわ。さっきの話、またあとで聞かせてもらっていい?」
「ええ、もちろんです」
「化粧室の併設されたお手洗いは、この部屋を出て左側ですよ」
特に疑った様子のないロジャーに続き、美少女ことクリスティンがそう言った。……どうやら彼女は、この屋敷の間取りを把握しているらしい。
(いやいやいやいやいや。これってどういう状況なの!?)
ありがたく部屋から退散したアデルは化粧室に駆け込み、ザカライアに返してもらったピンで髪をまとめようとする……が、指先が震える。
生還したらアデルと結婚したいと言ったロジャーが、別の女性と結婚するという宣言をした。
「なんで!?」
なんとか声量は抑えたものの、疑問が口を衝いて飛び出してきた。




