3 お見舞いへ
ロジャーの容態は日に日によくなっていったようで、数日後にはベッドから起きて会話もできるようになった、と男爵家から手紙が届いた。
「ああ、よかったぁ……!」
「アデル、ずっとロジャーのことを気にしていたものね」
手紙を読んだアデルがへなりと椅子に倒れ込むと、隣に座っていた女性魔道士が穏やかな微笑みを向けてくれた。
「むしろ今は、アデルのほうが心配だわ。あなた、どうせずっと寝られていないのでしょう?」
「……やっぱりエリンにはばれちゃうわね」
手紙をテーブルに置いたアデルが苦笑すると、エリンは「そりゃそうよ」とくすくす笑って自分の黒髪を掻き上げた。
エリンもまた、アデル隊に所属する魔道士だった。だが彼女はアデルより年上で、魔道学院でも二学年上に所属していた。アデルが新入生のときに世話係になってくれたのが、最初の出会いだった。
エリンはおっとりとした優しい女性で、どちらかというと攻撃魔法が得意なので前線部隊に所属するものの、派手に魔法を使うより裏方で料理をしたり買い出しをしたりするのが得意だった。アデル隊の財政状況は、彼女の采配に任されていると言っていい。
すらりとしたアデルとは対照的に少しふっくらとした体型のエリンは、アデルの部下ではあるが上司部下の関係を越えた仲で結ばれている。
そんなエリンだから……。
(相談、できるかな……?)
ザカライアや他の部下には口が裂けても言えなかった、ロジャーからのプロポーズ問題。
ひとまず「忘れられているかも」ということで保留にしているのだが、ずっとアデルの胸の中でうずうずとしているこの悩みを、エリンなら聞いてくれそうだ。
そういうことでアデルはそれまでいた賑やかな食堂内からテラス席へとエリンを呼び、そこで話すことにした。
「……なにか、大切なお話?」
なにも言わなくてもエリンはだいたい察しているようで、穏やかだが気遣うような眼差しで見つめてくる。
アデルは苦笑し、ポケットに入れた男爵家からの手紙を布越しに撫でてから、ぽつぽつとプロポーズ事件について話した。
「……そういうことで、ロジャーが復帰したらどうしようかと思っていて」
「あら、まあ……! あなたたち、そんな仲だったの!?」
「いや、違うからね? そんな素振りは一切なかったから、混乱しているのよ?」
ぱあっと笑顔になったエリンに釘を刺すと、彼女はすんっと冷静になってから「それもそうね」とうなずいた。
「ロジャーはとても真面目な子という印象が強くて、アデルにプロポーズする姿が想像できないもの」
「でしょう?」
「うーん……確かに今のところは、下手に動かないほうがよさそうね。それこそロジャーはそんなつもりじゃなかったと言い出すかもしれないもの」
やはりエリンも同じ意見だったようだ。
「とはいえ、いろいろな可能性を考えて動く必要はあるわ。アデル、ロジャーが元気になったら男爵邸にお見舞いに行くでしょう?」
「ええ、ザカライアも行きたいって言っていたから、彼と一緒に」
「そのときにロジャーがどんなことを言うのか、シミュレーションしたほうがいいわ。それに……ザカライアも一緒に行くなら、彼にも報告しておいたら?」
エリンの指摘は、確かにそのとおりだと思えた。
なにも知らないザカライアの目の前で結婚するだのしないだのなんて話をするわけにはいかないし……ザカライアはお調子者だが、口が軽い男ではない。秘密は守ってくれるだろう。
「……そうするわ。あの人、そういう系の話は得意そうだし、助言もくれるかも」
アデルがうなずくと、エリンは微笑んで「私たちはいつでも、アデルの味方だからね」と言ってくれたのだった。
数日後、ロジャーの体調がすっかりよくなったので、是非顔を見に来てほしいという手紙が届いた。
しかも――
「『ロジャーから、大事な話があります』だと? ……おいおい、これがまさに例のアレなんじゃないのか?」
「あなたが言うと、なんだか一気にいやらしくなるわね」
「俺を変態扱いしないでくれる?」
男爵邸に向かう馬車の中で、アデルはエリンに相談されたとおりザカライアにプロポーズ事件について報告し、その上で男爵家から届いた手紙を見せた。
ザカライアはエリンと違って「え、それジョークじゃね?」と端から否定的な意見だったものの、手紙を読むと難しい顔になった。
「『大事な話』で、しかもこのタイミングでとなると……プロポーズの話の続きである可能性が莫大だな」
「でしょう? ……どうしよう。私、もっとちゃんとした格好で来るべきだった?」
あいにく、エリンは一昨日から実家の用事で家に帰っている。そのため秘密を共有する彼女に相談できなくて、ザカライアしか相手がいなかった。
部下の見舞いに行くのが目的なのだから、アデルは化粧こそしたがいつもの魔道士団のローブ姿だ。
だがアデルの悩みを聞いたザカライアはへっと笑った。
「いやいや、めかし込んでいくほうががっつきすぎて印象が悪いだろ? ロジャーとのサシならともかく、男爵夫妻とかもいる可能性のある場所でバチバチの戦闘着で行くのは怖いって」
「そ、それならよかったわ」
「……というかおまえ、もしロジャーが改めてプロポーズしてきたときの返事はちゃんと考えているのか?」
ザカライアにもっともなことを聞かれたが――その直後、馬車が停まった。
窓の外を見ると、これまでに数回だけ見たことのあるロジャーの実家――男爵家の屋敷が見えた。
「え、ええと、ひとまずは保留にしてもらうつもり」
「この期に及んで」
「わかってるわよ! ただ言い方にもよるし、『これからあなたのことを改めて、見させてほしい』みたいな方面にするつもりよ」
「……脳筋のアデルらしくない。さてはエリンあたりの入れ知恵だな?」
馬車のドアを開けながら、ザカライアが見事に言い当てる。
「……仕方ないじゃない」
「だろうと思った。エリンはおまえと違って、気遣い百点だからな」
「ごもっともだけどむかつくわ……」
「おっと、もう外だから私語禁止だ」
ザカライアにまたしてもごもっともなことを言われたのでぐっと口をつぐみ、アデルは馬車から降りた。




