2 爆弾発言問題
先日アデルたちの部隊は、王国西方で出没した魔物の討伐に赴いた。戦況を念入りに確認して準備も十分にして挑んだのだが、途中から魔物の増援があった。
隊長として皆を指揮していたアデルは腕に傷を負い、その痛みの不意を衝いて飛びかかってきた魔物に襲われそうになった――が、アデルは庇われた。
アデルを突き飛ばして代わりに魔物の爪を腹部に食らったのは、若い騎士であるロジャーだった。
魔道士団は剣や槍の心得のない者がほとんどで、それでは前線部隊として不安だろうということで一部隊に一人は騎士団員を据えることになっている。
アデルの部隊に所属するのが、先日二十歳になったばかりの騎士であるロジャーだった。
王国の下級貴族の三男坊だという彼は幼い頃から剣術を磨いており、国を守りたいという高潔な志を持って王国騎士団に入った。
当初、アデルの部隊に所属する騎士は中年の男性だった。若者が多い部隊員たちをよくまとめてくれた彼だが老いを感じたらしく、余生は子どもや孫たちと過ごしたいということで引退。
彼が紹介してくれた引き継ぎ相手が、ロジャーだった。
ロジャーは貴族の生まれだが傲ったところがなく、ほぼ全員が平民であるアデル隊の皆ともとてもうまくいっている。年少者からは兄のように慕われ、年長者からは弟のようにかわいがられるロジャーのことを、アデルも信頼していた。
魔物との戦闘中、ロジャーは主にアデルの側にいる。部隊長であり指揮官であるアデルが倒れてはならないからだ。
そして先日の戦いでも、ロジャーはアデルの側にいた。アデルを守るのが彼の使命であるため……アデルを庇って倒れた。
重傷を負った彼はアデルによってすぐに救護テントに運ばれ、そこにいた治癒担当の魔道士や薬師たちの治療を受けた。
アデルは攻撃魔法に特化している魔力脳筋で、繊細な治癒魔法とは相性が悪い。彼女が治癒魔法を使おうものなら下手すれば、臓器を爆破しかねなかった。
治療はなんとか間に合い、ロジャーは一命を取り留めた。王城に連れて帰ってからもアデルはロジャーの側で彼の看護をして、うなされる彼の手を握り汗を拭き汚れた包帯を替え清拭をした。
うなされながら一瞬我に返ったらしいロジャーは「恥ずかしいです」なんて言っていたが、恥ずかしいのはこっちもだった。当時医務室は忙しかったので他に担当者はいないのだからと説き伏せた。
ロジャーの容態が少し上向きになったので、彼のことを実家の男爵家に預けることにした。
それにザカライアが付き添ってくれたのだが、ロジャーの両親は三男がぼろぼろなことに恨み言は言わず、むしろなんとか生きていることに感謝していたそうだ。
「男爵家も、医者をばっちり手配していた。知り合いで看護してくれる人もいたらしいから、あいつのことは安心していいだろう」
「……そっか」
ザカライアの報告を最後まで聞いて、やっとアデルは息がつけた気がした。
後頭部で髪をまとめていた紐を外し、すっかり型のついた赤毛をわしわしと掻きながら天井を見上げる。
「……生きているなら、それでよかったわ」
「そうだな。おまえ、あいつのことをかわいがっていたもんな」
ザカライアがそう言ったのだが……そこでふと、戦場での出来事が思い出された。
このままだと生きることを諦めそうだったロジャーが、アデルに告げた言葉。
(……ロジャーは、戦いが終わって自分が生き延びたら……け、結婚してほしいって言っていた……)
看病中はそれどころではなくて忘れかけていたが、そういえばかなりインパクトのある台詞を吐かれたのだと思い出して、ついアデルはさっとうつむいてしまった。
「ん、どうした?」
「……なんでもない。ザカライア、夜遅くまでありがとう。もう戻っていいわ」
「おう、そうする。……おまえも、早く帰れよ。ずっと看病し続けてきたんだし明日は遅出なんだから、ゆっくり寝てろ」
「……そうするわ」
アデルが髪で顔を見せないようにしているのが気になったようだったが、ザカライアは特に突っ込まずに椅子から立って部屋を出ていった。お調子者でたまにいらっとくることも言うザカライアだが、こういう気遣いができるのは彼の強みだと思う。
……それはともかく。
(ど、どうしよう。戦いは終わって、ロジャーも生還した。……け、結婚するの!?)
詰め所に一人きりになったアデルは、うわーっと叫んで頭を抱えてしまった。
仕事中は男性のような言葉遣いをしてときには鉄拳制裁をすることもあるアデルだが、オフのときはごく普通の女性だった。というより、彼女のベースはこちらで仕事中に周りから甘く見られたり部下を心配させたりしないよう、少し強気に振る舞っているだけだ。
この世に生まれ落ちて、二十四年。
魔道士として活躍することだけを生き甲斐としてきたし、平凡な見た目のアデルは全くモテない。それゆえこれまで異性と交際したこともないし、当然結婚なんて言葉を提案されることもなかった。
(しかも、あのロジャーからよ!?)
そのままずるずるとテーブルに伸びてしまったアデルは、今は男爵邸にいるだろう部下のことを思う。
ロジャーは、穏やかで見目のよい青年だった。前任者によって引き合わされたときも、こんなに線の細い青年で大丈夫なのだろうかと心配になるくらいだった。
だが彼は貴公子然とした雰囲気のわりに武闘派で、なかなかに喧嘩っ早かった。
アデル隊の女性魔道士たちがちょっかいをかけられると飛んでいく正義感があり、また男性魔道士たちとは一緒に夕食を食べたりするというフットワークの軽さも持っている。
ロジャーが自分に信頼を寄せてくれているのは、知っていた。だからアデルも彼を騎士団から借りている以上、部隊長としてしっかり務めなければと思っていた。
そう、それだけだ。
まさかそんな彼にプロポーズされるとは思っていなかったし、自分が彼にとって「そういう」対象だったということさえ思い至らなかった。
(ど、どうしよう!? あのときは勢いで受け付けちゃったけど、本当に結婚しないといけないの!?)
魔道士団には、既婚者もいる。だが女性魔道士は結婚を機に退職して家庭に入ることが多く、既婚女性はほとんどいない。
だがアデルは、国王や魔道士団長から実力を認めてもらい一部隊を任せてもらえた立場だ。「部下の騎士と結婚するので引退しまーす」なんて、口が裂けても言えない。
(だとしたら、結婚しても魔道士団を続ける? いや、でもさすがにロジャーと一緒の部隊はだめよね……)
あまり多くはないが、同じ部隊に所属する騎士と女性魔道士が結婚したという事例はある。だがアデルの記憶にある限り、いずれの場合も女性側が退職していたはずだ。
(勢いだけじゃだめだわ。ロジャーが元気になったらそのへんの話も……)
「いや、案外忘れているかも?」
はた、とその可能性に思い至り、一人で突っ走っていたことが恥ずかしくなってきた。
ロジャーはたまに意識が戻るものの、会話はほとんどできていない。だから彼が全快したとき、「そんなことありましたっけ?」と言われるかもしれない。
……いや、むしろ彼が本気でなかった可能性もある。
(そりゃそうよ。これまでそういう気配を見せなかったロジャーがプロポーズすること自体、変じゃない)
痛みのあまり、思ってもいないことを口走ったのかもしれない。
もしそうだとしたら、「結婚するんでしょ?」とアデルが詰め寄ることでロジャーを追い詰めてしまうだろう。
「……まずは、ロジャーが元気にならないと」
医者の見立てでは、峠は越えたのであとは時間をかけて療養すれば大丈夫とのことだった。
男爵家も手厚く看護してくれるだろうし、問題ないはずだ。




