12 ここからもう一度
ロジャーに諭されたクリスティンは、自分が魔道士に依頼してロジャーの記憶を改ざんしたことを認め、皆にも報告した。
ロジャーは彼自身の希望もあってすぐに病院での検査を受け、その結果彼の記憶を魔法で意図的にいじった形跡が見つかった。すぐさまロジャーとクリスティンの婚約は破棄され、クリスティンの実家の子爵家がロジャーの治療費や慰謝料などを負担することになった。
子爵夫妻は娘の不始末を心から詫び、爵位を親戚に譲って引退することにした。クリスティンは最後まで嫌がっていたが最後には父親に叱られ、「娘を再教育します」と言う彼によって王都を離れていった。
ロジャーはしばらく病院通いをして、精神面でのケアを行いながら、魔法により改ざんされた記憶を治そうとしたが――
「……えっ、治療をやめるの?」
「はい。これ以上は僕の体を壊すかもしれないし、絶対に記憶が戻るとも限らないので」
通院を終えたロジャーが詰め所に来たので、彼と話していたアデルはその報告を聞いて驚いた。金銭面は全く問題ないのだから、完治するまで通うと思ったのだが。
(まあ、ロジャーがそれでいいというのならいいけれど)
「……そうね。治そうと思って逆に体を壊したら元も子もないものね。……今は、大丈夫?」
「はい、頭痛止めの薬を飲んでいるので、なんとか」
「こらっ、薬を飲まないといけないくらいなら、まだここに来るのは早いでしょ!」
てっきりもうすぐに戦場に行けるくらい元気になったと思ったのにそんなことを言われたので、アデルはロジャーを叱った。
「騎士は体が資本なのだから、もっと休みなさい」
「しかし休みが多ければ、隊長の部隊付になる騎士を別の者に変えられるかもしれないので」
「変えたりしないから、安心なさい。うちの担当騎士はずっと、あなたなのだから」
ふふっと笑って言うと、ロジャーは少し目を見開いてから目を伏せた。
「……記憶が戻らないの、本当はかなり不安です。部分的には戻っているのですが……その、僕ってあの魔物との戦闘の日に、あなたにプ、プロポーズしたんですって?」
「……あぁー」
アデルは、天を仰いだ。
そういえば、あのカフェでのやりとりをロジャーも聞いていたのだった。
ロジャーは顔を赤らめ、もじもじと指先をすり合わせている。
「そのことも、全然覚えていなくて。でも、隊長は絶対気にしているでしょうし……」
「いやまあ、うん、確かに少しは気にしているわよ」
……実際には「少し」どころか、エリンに泣きつくくらい混乱していたのだが、そこまでは言わなくていいだろう。
「だって、ほら、私はロジャーにそこまで好かれているって自覚はなかったし……あ、ごめん。覚えていないんだよね」
「いえ、断片的ですが覚えています」
そう言って、ロジャーはふわりと表情を和らげた。
「それに……胸の奥で、きらきらしたものが残っているんです。はっきりとはしないけれど、あなたを見ると胸の奥が温かくなって、もっと近くに行きたくなって……触れたくなる。きっとこの感覚が、僕が思い出せないあなたへの愛情なんだと思います」
「ロジャー……」
「ですから、そ、その。今の穴ぼこ状態の記憶しかない僕の言葉では、説得力がないでしょうが……これからあなたに僕のことを好きになってもらえるよう、頑張ります」
ぐっと拳を固めたロジャーがそんなことを言うので、アデルはつい噴き出してしまった。
「……ふふ、ありがとう。でもね。私も……あなたのこと、結構好きよ」
「えっ……」
「本当に嫌だったら、いくら死に際のプロポーズだとしても断るでしょ?」
……例えばそれを言ったのがザカライアだったら、「ふざけんな!」と一発お見舞いしていただろう。
それなのにロジャーに言われたときに……確かにアデルは、諾の返事をした。
するくらいには、あのときから彼のことが……好きだったのだろう。
「だから、ロジャーには私のことをもっと見てほしいし、私もロジャーのことをもっとよく見ていきたい。そ、それで……お互いにいいなぁって思ったタイミングで、また例の言葉を聞かせてもらえたら……」
「は、はい。そうします!」
なんだか二人してもじもじしてしまったが、そののちに顔を見あわせて同時に笑った。
「……好きです、アデル様」
「ええ、私も好きよ、ロジャー」
二人の距離感はきっと、これくらいでいいはずだ。
少なくとも、今は。
アデルとロジャーが立ち話をする、少し離れたところで。
「……あらあら、ちょっと心配したけれどいい感じに収まっているわ」
「だな。一年もせずにロジャーが再プロポーズするに、五ゴールド」
「人の恋路で賭けをするものではないわよ」
「ええー? んじゃ、俺が今からエリンに告ったらオッケーもらえるのに、五ゴールド」
「……はい、どうぞ」
「えっ? エリン、これって……」
「あら、そろそろお洗濯物を取り入れないといけないわ。じゃあね、ザカライア」
「え、ま、待ってくれよ、エリンー!」
五ゴールド硬貨を握りしめたザカライアが、軽い足取りのエリンのあとを慌てて追っていく姿があったのだった。
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