11 真実②
「わかっていますか、クリスティンさん。あなたが謝るべきなのは私ではなくてむしろ、ロジャーです。下手すればロジャーは魔法の影響で、一生苦しむかもしれないんですよ」
「そんなこと言われても……」
やけにクリスティンの言葉の切れが悪いので、アデルの口元がひくっと引きつった。てっきりロジャーの今後について相談しにきたと思ったのだが、妙にノリが悪い。
アデルの視線を受けたからか、クリスティンは怒ったように頬を膨らませた。
「……なんでそんな、怖い顔をするのですか。わたくし、こんなに謝っていますのに」
「ですから謝罪を受けるべきなのは、私ではなくてロジャーです」
「わたくしのこと、許してくれないのですか?」
クリスティンが濡れた瞳を向けてきたため……鈍いアデルにも、わかった。
(クリスティンさんは最初から、私に許してもらうためだけに来たのね)
ロジャーに対してどのように罪を償うのか、ロジャーの治療費をどうするのか、なんて建設的なことは考えていない。
アデルに謝り、許してもらう。それだけが彼女の目的なのだ。
「……許してほしいのですか?」
「ええ! いくらでも謝りますから……」
「じゃあ、許しません」
「えっ」
驚愕で目を見開くクリスティンに、アデルはため息をついた。
「……そもそもの前提が間違っているのは、もういいとして。あなたが謝りに来たのは、ロジャーからの愛を受けるのが自分ではないと気づき、その板挟みに苦しんだからなのですよね?」
「え、ええ、そうよ。わたくしは、しっかり反省しました」
「でもそれってつまり、魔法による記憶操作がうまくいかなかったから気づけたのですよね? もしロジャーの愛がきちんと自分に向けられていたなら、好きな人の記憶をいじるという罪を犯した自覚を持たないまま終わっていたってことでしょう?」
「えっ……」
「……うまくいかなかったから、反省する。うまくいっていたなら、反省しなかった。そんな謝罪に、意味があると思うのですか?」
アデルは、怒っている。
それは、クリスティンがロジャーのことを愛していると言いながら、彼の心をないがしろにしたからだ。
「私はそのような、薄っぺらい謝罪の言葉を受けるつもりはないし……当然、あなたのことを許すこともない。私に頭を下げる必要はないから、どのようにしてロジャーにこのことを教え、どうやって彼を救えるのか、そちらについて考えるべきでしょう」
アデルは怒りを堪え、クリスティンを窘めるつもりで言ったのだが。
「……によ」
「え?」
「……これだけ謝っているのに許さないとか、おかしいでしょ!?」
それまではしおらしい雰囲気だったクリスティンが、いきなり椅子を蹴って立ち上がった。
幸い飲み物などをなにも注文していないので水が零れたりすることはなかったが、テーブルに両手を突いて立ち上がったクリスティンは真っ赤な顔でアデルを睨んでいる。
「わたくしに説教だなんて、おまえは何様のつもりなの!? 罪を認めて謝る人を足蹴にして、あまつさえ説教するなんて、最低よ!」
「……いやだから、あなたの謝罪にそもそも意味がないのだから――」
「うるさい! わたくしに恥を掻かせるんじゃないわよ! このっ……不細工な年増のくせに!」
クリスティンが甲高い悲鳴を上げて、右手を振りかぶった。
ぶたれる――と思った、直後。
バンッと鈍い音を立てて、クリスティンの右手が何かにぶつかった。
アデルの目と鼻の先に立っていた見えない壁を全力でビンタすることになったクリスティンは悲鳴を上げて、右手を抱え込むような格好でよろめいた。
「な、なにするの!? ……ああ、わかったわ。魔法を使ったのね! 一般人を魔法で攻撃するなんて、通報してやるわ!」
「……攻撃ではなくて、防御ですけれど?」
涼しげな声がしてきたのは、壁一枚隔てた先。
ぎょっとしたクリスティンをよそに、二人の席の入り口に垂れるカーテンがふわりと広がり――エリンが姿を現した。
「念のために張った防護壁が、まさか本当に効果を現すとはね。……大丈夫だった、アデル?」
「ええ。ありがとう、エリン」
アデルは信頼できる友人の姿を見てほっとしたが、クリスティンは目を見開き歯をむき出しにした。
「お、おまえも魔道士!? さてはわたくしを謀ったわね!?」
「謀ったもなにも、この店にアデルを呼んだのはあんただろ?」
そう言いながらエリンに続いてカーテンの向こうから入ってきたのは、ザカライア。
彼もまたアデルを見て、「よう」と片手を挙げた。
「なんとか無事そうだな」
「あなたも来てくれてありがとう、ザカライア」
「どういたしまして。……席に着いたのに店員が来ない、水も運ばれないってところでおかしいと思わなかったのか?」
ザカライアは硬直するクリスティンを見て、やれやれと肩をすくめた。
「アデルは確かに『一人で来た』。俺たちはあらかじめ隣の部屋を予約しておいて、あんたやアデルが来るよりも前に入店し、周りに店員なども来ないようにしていた。……アデルはなにも間違っていないよな?」
「……やっぱり嵌めたんじゃないの!」
クリスティンは、アデルが最初から味方に相談していたのだと気づいたらしく、顔を真っ赤にして詰め寄ってきた――が、今度は顔面から防護壁に激突した。
彼女のほうからぶつかってきたので、防護壁を張ったエリンを暴行罪で訴えることはできない。
「痛いっ! 誰か、誰か! 魔道士たちから暴行を受けたわ!」
三対一で不利だと思ったらしいクリスティンが、悲鳴を上げた。
それが聞こえたのか、隣の席からガタンと椅子を動かす音がして足音が近づき、カーテンが捲られる気配にクリスティンは目を輝かせたが――
「……えっ?」
「……クリスティン。それが、君の本音なんだね」
エリンとザカライアの間に立ち、静かな眼差しを向けているのは……ロジャー。
彼は足を進め、青い顔で愕然とするクリスティンを見て悲しげに目尻を垂らした。
「全部、隣でザカライアたちと一緒に聞いていたよ。……変だとは思っていたんだ。贈り物をしても、君は全然喜ばない。いまいち、話も通じない。僕の記憶が……ところどころ、おかしいってことに」
「ち、違う。違うのよ、ロジャー! わたくしはその女に脅されて……そう! それこそ魔法を使って、思ってもいないことを言わされたのよぉ!」
「君は、隊長のことをなにも知らない。隊長は優れた魔道士だが、その能力は戦闘に特化されている。人の体や精神に作用する魔法は、使えないんだよ」
ロジャーが静かに言うと、わあわあわめいていたクリスティンはぎりっと唇を噛んだ。
……もうこの動作だけで、擁護の余地がないことは明らかだった。
「……なによ。ロジャーが悪いのよ!」
「僕が?」
「五歳のときから、ずっと一緒だったのに! さんざんわたくしに気を持たせておきながら、ぽいっと捨てるなんて! わたくしはもう、十九歳よ。今捨てられてもいい縁談が見つかりにくいこと、あなたなら知っているでしょう!」
「それはそうだが、僕は……」
「だったら責任を取ってよ! それに、わたくしたちはもう婚約届を出しているのよ! あなたがなんと言おうと、わたくしたちは夫婦になる。それはどうやっても、覆せないの!」
「……あー、でも、クリスティンさんが魔法でロジャーの記憶を改ざんしたということなら、婚約を撤回できますよ?」
はい、と挙手したアデルが教えてあげる。
「これ、魔道学院では基礎教養として習うんですけど。魔法は便利だけれどそれを悪用する人もいるから、法律でいろいろ細かく決められているんです。当然、結婚するために魔法で実力行使をする人も出てくるので……そういう形で結ばれた婚約や婚姻は、解消できるんです」
「……えっ?」
「そうそう。それに今回の場合、俺たち三人もあんたが告白するところを聞いていたから、証人になれる」
「あと、ロジャーが協力するなら魔法検査を受けられるわ。ロジャーの体に意図的に組み込まれた魔法の形跡があるのなら、彼が正常な判断で婚約を締結したわけではないと認めてもらえるわ」
ザカライアに続いてエリンも言い、そしてにっこり微笑んだ。
「さらにこういう場合、魔法を使って相手を精神的に縛った側が治療費全額負担で、前科もつくの。ロジャーは被害者になるからお咎めなしだし、なんなら国の法律だけでなく彼の所属する騎士団、そして私たちの魔道士団で庇護できるわ」
「え、あ、あ……」
「クリスティン」
ロジャーはへなへなと椅子に崩れ落ち――ようとしたが場所を誤りそのまま床に座り込んでしまったクリスティンの顔を、見下ろした。
「僕は君のことを、大切な友だちだと思っていた。それに君は子爵家のご令嬢なのだから、線引きもしてきたつもりだ」
「でもっ、でも、わたくし……」
「クリスティン。どうか君との思い出を、これ以上汚さないでほしい。僕は、君を選ぶことはできない。だが、君と一緒に遊んだ子どもの頃の思い出は、そのままでいてほしいんだ」
ロジャーがそう言った途端、クリスティンはわっと泣き崩れたのだった。




