1 魔道士団部隊長アデル
『隊長……申し訳、ございません。僕は、ここまでみたいです』
魔物の咆吼と爆発音、地響きがあちこちから湧き上がる戦場にて、息も絶え絶えにそう言うのは軍服を纏った青年。
きれいな金髪は血と泥で汚れ、王国騎士団員の誇りを示す軍服もあちこち裂けている。
秀麗な顔は頭部から流れる血にまみれており、地に伏した彼は目の前に跪く女性の手を握り、儚い笑みを浮かべた。
『隊長は、ご無事ですね? それなら、いいんです……』
『いいわけないだろうが、馬鹿者!』
勝手に死を受け入れている部下に一喝するのは、豊かな赤毛を持つ女性。
細かな刺繍の施されたローブを纏った彼女が青年の頬をひっぱたくと、彼はきょとんとしたのちに微笑んだ。
『……あはは。隊長のビンタ、やっぱりこたえるなぁ……』
『べらべらしゃべるんじゃない。すぐに救護テントに連れて行ってやる。いいか、死ぬなよ! 私を庇って死ぬなんて……だめだ……』
『隊長……』
女性は細身ではあるが自分より上背のある青年をずるりと引き上げると、背中に担いだ。
成人男性の全体重がのしかかってくるし、彼女は平均的な体力と膂力しか持たないので、ぐっと膝が痛みを訴える。
『隊長、僕のことなんて置いていってください』
『ぶちのめすぞ!』
『相変わらず、物騒だなぁ』
『おまえをここで死なせたりはしない! 絶対に、生きろ。生きたらなんでも褒美をやるから!』
自分を庇って魔物の攻撃を受け、重傷を負った部下を死なせるまいと、女性はぜえぜえ息をつきながら必死に言う。
その言葉を聞いて、担がれている青年がぴくりと動いた。
『……なんでも?』
『ああ! おまえは、私の命の恩人だ。おまえのためなら給料何ヶ月分だって惜しくない!』
『……じゃあ、結婚してください』
『えっ?』
ずるり、と背中から青年が落ちてしまう。
だが中途半端な格好で地面に座り込む彼は、きょとんと振り返った女性と視線を合わせると幸せそうに微笑んだ。
『この戦いが終わって、僕が無事に生き延びたら……結婚してください、隊長……いえ、アデル様』
真剣な眼差しで言われた女性は、ぐっと言葉に詰まった……が、ここは戦場。自分の背後にいるのは、かける言葉をひとつ間違えばそのまま生きることを放棄しそうな重傷者。
『……わかった。結婚でもなんでもしてやるから、死ぬんじゃないぞ!』
『は、はは……やった。約束ですからね、アデル様』
『しばくぞ!』
今にも意識を失いそうな部下をどなりつけ、女性は『くそったれー!』と叫びながら部下を引きずっていった。
アデルは、フィーラント王国在住の魔道士だ。
生まれは平民だが魔道士をよく輩出する家柄で、アデルも例に漏れず幼い頃から優秀な魔道士としての素質を見せていた。
十二歳で入学した魔道学院をそこそこ優秀な成績で卒業し、十六歳で王国魔道士団に入団。
アデルは補助魔法や生活魔法より攻撃魔法の才能に秀でていたため、三年間の下積み時代を経て前線部隊に入った。
前線部隊とはいうが、アデルたちが対峙するのは敵国の人間などではなくて魔物だ。
魔力の残りカスから生まれるという魔物の被害にはどの国も悩まされており、魔道士団や騎士団の応戦、科学の研究が進んだ国だと兵器を使うなどそれぞれの国で工夫し協力しあい、魔物の脅威と戦っている。
一昔前だと、フィーラント王国をはじめとした諸国は戦争を繰り広げており、魔道士が人殺しを命じられることもあった。
だが魔物が凶悪化し、「人間同士が殺しあっている場合じゃないよね?」ということで多くの国が協定を結び、魔物と戦っている。
アデルが生まれた頃には人間同士での戦争はほぼ起きなくなっていたので、アデルも喜んで前線部隊に入ったし家族も応援してくれた。
アデルとしても、いくら敵とは言え人を殺すのは怖いが、魔物だと容赦なく魔法をぶっ放して木っ端微塵にできる。魔物は総じて見た目が気持ち悪く、倒すことになんのためらいも生じないのがありがたかった。
フィーラント王国魔道士団にはいくつかの所属、さらにその下に部隊と、細かく分けられている。
十九歳で前線部隊に入ったときはいち隊員だったアデルも、戦場で魔物をちぎっては投げちぎっては投げする姿を評価され、二十二歳のときに一部隊を任される部隊長になれた。
どうしても腕力や体力の点で男性優位になる騎士団と違い、魔道士団は実力とやる気さえあれば非力な女性でも昇格できる。部隊長になったアデルをやっかむ同僚などもいたが、物理(魔法)で黙らせてきた。
かくして現在二十四歳のアデルには、十二人の部下がいる。
男女比は半々ほどで、どちらかというと年齢層も若めだ。アデルより年長なのは一人だけで、あとは同い年か年下だった。
明るくてさっぱりしており隊員同士の仲がよく、そのためアデルの部隊は遠征先の農村や地方都市でも早く溶け込むことができて歓迎される。
またアデルの教育のもと、赴任先で横暴な振る舞いをするとか女性を引っかけるとかする者もおらず、評判がいい。特に女性ばかりの町の防衛依頼などでは、「人柄としても安心できるから」ということでよくお呼びがかかった。
そういうことで、実力としても人柄としても高評価を得ているアデルの部隊だが――
「……ザカライア、おかえり」
「おう、アデル。起きていたのか」
王国魔道士団の詰め所にて。
灯りの乏しい夜中、一人部屋に残っていたアデルが今し方入室してきた男性に声をかけると、彼は少し驚いた様子を見せた。
赤茶色の髪を今時な雰囲気にまとめた彼の名は、ザカライア。彼もまた王国魔道士団員で、アデルの部下だった。
どちらかというと細身な男性の多い魔道士団だが、ザカライアは趣味で鍛えているらしくそこそこがっしりした体を持っている。とはいえ剣術などはそこまで得意ではなく、最低限の護身のための武術を学んだ程度らしい。
アデルと同い年で、魔道学院時代からの仲であるザカライアはアデルの向かいの椅子に後ろ向きに座り、背もたれにあごを乗せる格好になった。
「そんなにあいつのこと、気にしていたんだな」
「当たり前でしょう。……ロジャーは、どうだった?」
「途中、何度か目を覚ましたようだったけれどすぐに気を失っていた。死ぬことはないだろうが、まだ療養は必要だろうな」
ザカライアの言葉に、アデルはひとまずほっとしてから左の二の腕をさすった。ローブのその袖部分の下には、先日の戦いで負った傷跡がある。




