第九十三段 あふなあふな思ひはすべし
【本文】
むかし、男、身はいやしくて、いとになき人を思ひかけたりけり。すこし頼みぬべきさまにやありけむ、臥して思ひ、起きて思ひ、思ひわびてよめる。
あふなあふな思ひはすべしなぞへなく
高きいやしき苦しかりけり
むかしもかかることは、世のことわりにやありけむ。
【現代語訳】
昔、ある男が、自分の身分は低かったけれども、比類なく高貴な人に恋をしていたのでした。すこしばかり期待できそうな様子だったのでしょうか、寝てはその人のことを想い、起きてはその人のことを想い、想いわびて次のような歌を詠んだのでした。
身分相応にお互いを並べ比べることのないような恋をするのがいいのでしょう。相手の身分が高すぎても低くても心は苦しいものになってしまうものだから。
昔もこのように(身分違いの恋が苦しいということは)、世の中の道理だったのでしょう。
【解釈・論考】
この段の歌の解釈としては、「あふなあふな」という初句の言葉がキーポイントです。辞書を引くと「めいめいの力量に応じて」「それぞれの分相応に」「身の程に相応しく」という意味が載っています。次いで二句目「思ひはすべし」はそのまま「恋をするのがいいでしょう」というくらいの意味でとれます。三句目の「なぞへなく」はちょっと耳慣れない言葉でしょうか。これは「なぞへ」と「なく」という言葉に分けられます。「なぞへ」は「なぞふ」という言葉の連用形で、これは「比較する」「区別する」といった意味の言葉です。つまり「なぞへなく」で「区別することもせず」といった意味になります。文脈に沿っていえば上の句全体で、「身分相応に、お互いを区別することのないような恋をするのが良い」とこうなる訳です。ちなみに「なぞふ」の派生と考えられていることばで「なずらへる」という言葉があり、こちらは現代にも生き残っている言葉ですね。違いを比べ、良いほうのものに似せていくといった意味合いが含まれています。
相手との身分と言いますか、社会的な立場が違いすぎると恋は成就しにくいものですが、難しいと分かっていても止められないのが恋というもの。この歌も上の句全体が、長い溜め息と共に吐き出されるような憂いを帯びています。下の句もアの母音とイの母音との組合せが繰り返されるようにして、歌全体の憂いの気持ちが結句の「苦しかりけり」に集約されていくような響きを持っていますね。
物語の末文に「むかしもかかることは…」とありますが、この文が後世に付け足されたものか、この段自体が後の時期に創作されて伊勢物語の中に収められることになったのか、どちらであるのかは判断がつきません。ただ、(先週の分を含めて恐縮ですが)第八十八段、八十九段、九十段の三つのお話と、第九十一段、九十二段、九十三段の三つのお話はそれぞれ背景設定に似通ったところがあり、後者の話のグループは前者のグループの変奏であると考えられる、とする研究者もいます。




