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第五十六段 露の宿り
【本文】
むかし、男、臥して思ひ、起きて思ひ、思ひあまりて、
わが袖は草の庵にあらねども
暮るれば露の宿りなりけり
【現代語訳】
昔、ある男が、好きな女のことを寝ても想い、起きているときも想い、想いの気持ちが高ぶって次のような歌を詠みました。
私の袖は草葺きの庵ではないけれど、夕暮れになると露で濡れるように私の涙でびっしょり濡れてしまっています。
【解釈・論考】
現代でも「寝ても覚めても…」という言い方があります。後には大体「思い悩む」とか「あの人のことを思う」といった言葉が続くわけですが、この段の「臥して思ひ、起きて思ひ…」はまさしくこの表現と同じであるとみていいでしょう。
この歌は「草」「露」が縁語です。「夕暮れになると露が私の袖に宿ってきますよ」という擬人法表現が、「私は朝も夕べもずっと貴女を想って泣き暮らしていますよ」という詠嘆になっています。




