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第五十五段 え得まじうなる女
【本文】
むかし、男、思ひかけたる女のえ得まじうなりての世に、
思はずはありもすらめど言の葉の
をりふしごとにたのまるるかな
【現代語訳】
昔、ある男が想いを寄せていた女がいましたが恋人になることができなくて、次のような歌を詠みました。
貴女は私のことなど想ってはくださらないでしょうけど、貴女の言葉が折にふれて思い出され、それを支えに私は過ごしているのです。
【解釈・論考】
ついには結ばれなかった恋を悲しく振り返る歌です。この話の男と女の関係性を業平と二条后(藤原高子)であると見る解釈もあるようです。ただ、この段に関しては物語文も短く端的ですので、二条后との恋にあてはめずに普遍的な失恋の歌とみてもいいでしょう。
この歌は、恋というものを経験した大人ならば誰しもある程度は共感できるものではないでしょうか。この歌の感傷を多くの読者が自分の物として共感できるように、あえて背景となる状況描写を描かなかったものと僕は推測します。




